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新人来报到,送上小小礼物

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回复:新人来报到,送上小小礼物

自己翻译的吗?很不错啊
我爱小黑
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厉害,多谢楼主。

可惜one的字是画上去的,可恶.
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太厉害了,强烈支持ING..........
在春樱与夏萤的光芒下,秋叶与冬雪也温柔的飘荡.
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游戏的一部分的原文:
…… ……そしてたどり着いた場所。浩平「……」決して意識したわけではなかった。だけど、オレは吸い寄せられるようにこの場所に立っていた。浩平「……」いや、本当は自分の意志でこの場所に来たのかも知れないな…。最後の希望にすがって…。最後に、あいつに逢いたくて。もう…他人同士だと分かっているはずなのに。それなのに、オレはこの場所に立っていた。茜「……」そして、茜も…。茜「……」冷たくさめた悲しい瞳で、オレの方を見る。浩平「……」茜「……」視線だけが交錯する。浩平「…よお」確かめたかった…。浩平「…何やってんだこんな所で」茜「……」茜「…誰?」横を向いたまま、震える声で呟く茜は……泣いていた。浩平「クラスメートの名前くらい覚えとけ」オレはできるだけ優しい声で、ただ穏やかにささやいた。浩平「同じクラスの…」茜「知らないっ!」自分の元に歩み寄るオレの存在を押し返すように、声を上げる。震える声で、何かをこらえるような悲しい声で。茜「私に…何か用ですか…」浩平「茜…」茜「用が…ないのなら……」茜の小さな肩は微かに震えていた。雨に震える小動物のように、けなげにオレを見つめていた。傘をぎゅっと握りしめて…。感情を押し込めて…。あくまでも他人を装って…。オレを拒絶して…。あふれる涙を必死でこらえて…。浩平「……」涙が流れ出ると共に、押し込めていた感情が流れ出ることを恐れて。吐露した感情は、いつか自分を傷つけるものだから。浩平「……」オレは…茜のそんな姿を見ることが辛かった。そして、好きな人を苦しめている存在が、オレ自身であることにどうしようもない憤りを感じていた。浩平「分かった…」何でだろうな…。どうしてこんなことになったんだろうな…。浩平「…また人違いだったみたいだ」茜「……」流れ出る涙はもはや隠しようのないくらい溢れ出ていた。頬を伝い、降りしきる雨と共にむき出しの地面に吸い込まれる。浩平「たまたま知ってる奴と似てたんだ」茜「……」浩平「…じゃあな」茜「……」後ろを向いて、茜に背を向けて、そして歩き出す。茜「……」茜「…待って」立ち去り際、雨に濡れた背中に声がかけられる。浩平「……」オレはその場で立ち止まる。振り返ることもなく、返事を返すこともない。茜「……」数秒間の沈黙。聞こえるのは、地面を叩く強い雨音だけ。その雨音が、心なしか激しさを増したような気がした。茜「…話…しませんか…」沈黙に幕を引いたのは茜の声。表情は分からない。浩平「…話…?」振り向かず、ぽそりと聞き返す。茜「…はい」茜「もし、時間があるのなら…」茜「ほんの少しでも時間があるのなら…」浩平「……」茜「私の話につきあっていただけませんか…?」浩平「……」浩平「見ず知らずのオレでいいのか…?」茜「…はい」浩平「…いつ、居なくなるか分からないけど…」茜「…はい」浩平「……」茜「……」浩平「…それでも、いいのなら…」茜「…はい」浩平「分かった」振り返り、茜の元へと歩み寄る。茜「……」そのオレにそっと傘をさしだして迎えてくれる。浩平「…オレが持とうか」茜「…はい」ピンクの傘を受け取り、空き地の真ん中に立つ。背中越しに、冷たく濡れた服越しに、お互いの存在を感じる。空き地の真ん中で、オレと茜が出会った場所で、未だ雨の降り続ける悲しい場所で、最後の瞬間まで…。最後の、本当に最後の一瞬まで…。オレと茜は一緒にいる道を選んだ…。余計に悲しくなることを知りながら…。茜に悲しみを背負わせることを知っていながら…。オレは…やっぱり最低の男だ…。茜「…ありがとうございます」すぐ側で、茜の声。浩平「……」茜「私のわがままにつきあっていただいて」浩平「…それで、何の話をしようか?」茜「…クラスメートの話です」浩平「クラスメート?」茜「…大嫌いなクラスメートです」浩平「そうか…」茜「…はい」茜「わがままで…」茜「嘘つきで…」茜「自分勝手で…」茜「子供っぽくて…」茜「人の気持ちなんか何も考えなくて…」浩平「……」茜「それなのに…」茜「どうして…」茜「好きになっちゃったんでしょうね」浩平「……」茜「でも、もうその人は居ません」浩平「……」茜「二度と…会えません」茜「…分かっているのに」茜「理解しているはずなのに…」茜「もう、その人には会えないって分かっているはずなのに」茜「それでも…大好きで…」茜「どうしようもなく好きで…」茜「それで、こんな所に立ってて…」浩平「……」茜「…余計に悲しくなって…」茜「……」浩平「……」茜「渡したい物もあったんですけど…」浩平「渡したい物?」茜「今日、そいつの誕生日なんです」浩平「…そうか」そんなことすっかり忘れてたな…。茜「ちゃんと、プレゼントも用意したんです」浩平「…それはそいつもきっと喜ぶな…」茜「…はい」頷いて、微かに声が落ちる。茜「…でも、渡せなかった」浩平「気持ちだけでも嬉しいもんだ」茜「…でも、せっかく買ったのにもったいないです…」浩平「…確かにそうだな…」茜「…だから」茜「…これは、あなたにあげます」浩平「…いいのか、オレで」茜「…はい」茜「話を聴いて貰ったお礼です」浩平「…そうか」横から、そっと差し出された茜の手。その上に乗った小さな箱。かわいらしい包装紙に包まれて。ピンク色のリボンを丁寧に結んで。雨の滴を浴びて、ぐしゃぐしゃになってたけど…。浩平「そういうことなら、遠慮なく貰うよ」茜「…はい」ピンク色の箱を、傘を持っていない方の手で受け取る。傘の端に溜まった水滴が降り続ける雨と共に流れ落ち、ぬかるんだ地面や土色に濁った水たまりに吸い込まれる。浩平「…悪い、濡れなかったか?」茜「大丈夫です…」浩平「…そうか…」茜「…はい」浩平「…今、開けてもいいのか?」茜「…はい」オレは傘を肩にもたれさせ、両手でピンクのリボンをほどいた。雨を吸い込んでふやけた包装紙を破らないように剥がして、中の箱を取り出す。浩平「できれば、食い物がいいな」茜「…食べ物?」浩平「ああ、実はここ数日ろくに食ってないんだ」浩平「だから、食べられる物だと嬉しいな」茜「…食べられないこともないです」浩平「そうか?」茜「…ちょっと固いですけど」浩平「まあ、歯は丈夫な方だと思うけど」がさごそと、白いボール紙の箱を開け、中身を取り出す。浩平「…確かに、これはちょっと固いかも知れないな…」茜「…はい」浩平「…これ…本当に食べられるのか…?」茜「…無理をすれば」浩平「相当無理しないと駄目だな…」茜「…はい」浩平「食べていいのか?」茜「できれば、食べないでください」浩平「そうだよなぁ…」茜「…はい」浩平「そうだ、せっかくこんないい物貰ったんだから、何かお返しをしないとな」茜「…お返しなんかいいです」浩平「そうか…?」茜「…でも、どうしてもというのなら受け取ります」浩平「分かった、それなら君の誕生日に何かプレゼントする」茜「…はい」浩平「…誕生日…いつだ?」茜「私の…誕生日は…」それは幸せだった日々のかけら毎日通う学校退屈で同じことの繰り返しでも横を向くといつもその人がいた見上げるようにオレの方を向いて微かに微笑んでくれる他愛のない話くだらない冗談好きな人好きだと言える人冷たい雨の中で出会って暖かな日溜まりの中を一緒に並んで歩いたゆっくりと穏やかにそれが当たり前のようにだから失って初めて気づく雨上がりの小径(こみち)を歩くこと夕陽に照らされた商店街を歩くことそんな日常がどれだけ大切なものなのかそしてその人のことを本当に好きだったってだから最後にごめんな、茜茜「……浩平…?」背中から温もりが消えて… 茜「…嫌だよ…」支えを失った傘が、風にあおられ舞い落ちて… 茜「…嫌だよっ……浩平…っ!」誕生日プレゼントも、雨にさらされて… 茜「…どうして…」浩平の姿は、消えていた… 茜「…どうして…私を置いていくんですか…」茜「どうして…ひとりぼっちに…するんですか…」 …あのときと同じ… …あの時と、あの遠い日の… …同じ場所… …どうすることもできずに… …大切な人を失って… …最後の温もりさえも、降りしきる冷たい雨に流されて… …また同じ… ……… …でも… …あの時と一緒でもないか… …だって… …あの時よりも…  …涙が…止まらないもの 雨が降っていた。そのことを知ったのは、家を出てからだった。家に引き返し、傘立てから傘を取り、再び表にでる。行き先は決まっていた。あの場所へ。浩平と別れたあの場所へ。去年のことだった。雨が降ると、私はあの人を待っていた。微かな希望にすがって、裏切られて、絶望して、それでも、今度こそはって…。その繰り返しだった。無意味に繰り返される非日常。そんなときあの空き地に現れたのが浩平だった。希望なんてないって、とっくに気づいていたはずなのに…。それでも私にはそれしかなかったから…。だけど、本当は…。誰かに止めてほしかった。もう、あの人は絶対に帰って来ないって言って欲しかった。お前のしていることは無意味だって、なじって欲しかった。だから…。   『お前は…ふられたんだ』嬉しかった…。その一言で、私は救われたんだから。そして、浩平との新しい日常。もうこの日常が壊れることはないって信じてた。だけど…。だけど私は…。またこの場所に立っている。今度は浩平を待つために。私をこの場所から引き離してくれた人の帰りを待つために。またこの場所に立っている。やっぱり私にできることはこれだけだから…。 …でも…。作業員「…悪いけど、作業の邪魔だからどっかに行ってくれないか?」作業員「ここにはな、家が建つんだよ」作業員「勿体ないだろ、これだけの土地を遊ばせて置くのも」作業員「周りの土地だって立派な家が建ってるだろ?」作業員「あれにも負けないくらいの家が建つぞ」 …私は…。 …待ち続けるための場所さえ奪われた…。今の私にできること。それはただ、静かにあいつの帰りを待つだけ…。あいつの居ない日常に再び身を投じて…。あいつの言葉を信じて…。春桜の花びらが雨にうたれて舞い落ちる。濁った空は春の訪れを拒むように、ただ冷たい雨を降り積もらせていた。夏祭り太鼓を打つ雨の滴。大勢の足跡が残る地面に、雨だけが落ちる。秋銀杏並木の回廊を、しとしとと細い線が流れる。無惨に踏みつけられた銀杏の葉を、雨が覆う。冬最初は雪。そして雨。白い地面を貫く、冷たい雫。そして…。季節は再び春。詩子「ふぁ~、いい天気だね」茜「…もうすぐ春ですから」詩子「そうだよね、もうすぐあたしたちも卒業だし」茜「…はい」詩子「これでまた新しい学校だね」茜「…はい」詩子「クラスの人たちと別れるのは寂しいけど…」詩子「でも、またどこかで逢えるからいいよね」茜「……」詩子「そうだ、瑞佳さんとか澪ちゃんとか元気にしてる?」茜「…はい」詩子「よかった…。最近会ってなかったからね」茜「みんな寂しがってました」詩子「嘘でもそう言ってくれると嬉しいなぁ」茜「…本当です」詩子「ありがとう」詩子「そういえば、瑞佳さんとは3年にあがってもまた同じクラスだったんだよね」茜「…私の学校は3年にあがるときにクラス替えないから」詩子「ないの?」茜「…ないです」詩子「そっか、何か変な学校ね」茜「…そう?」詩子「だって、新しい人がいたほうが絶対に面白いよ」茜「…はい」詩子「…でもさぁ」詩子「クラス替えがないってことは…またあいつと同じクラスだったの?」茜「……え」   …忘れたはずの名前… 詩子「…そういえばさ、ずいぶん長いことあいつの顔見ないよね」茜「…あいつ…」   …出るはずのない言葉… 詩子「そう。賑やかで、自分勝手で…」茜「……」詩子「いつも顔合わせたら私に文句ばっかり言ってたけど…」   …一緒にいたい人… 茜「…いないと…寂しい…?」   …本当に好きな人… 詩子「ううん、あたしは全然寂しくない」茜「…私は…」茜「…私は…寂しいです」詩子「…茜…?」茜「……」詩子「…茜、泣いてるの…?」茜「…はい」詩子「ど、どうしたの?」茜「…嬉しいから」茜「…約束守ってくれたから」茜「…帰ってきてくれたから」詩子「ああっ!」詩子が私の後ろを指さしながら、驚いた声を上げる。詩子「やっぱりねぇ」詩子「あいつは噂をすれば現れるようなタイプだと思ってたのよ」振り返ると、そこにあいつが立っていた。そして、ばつが悪そうに照れ笑いを浮かべながら、私に言ってくれた。「ただいま」って…。だから私も、精一杯の笑顔で…。   お帰りなさい…浩平茜「…雨、止んだみたいですね」真っ青な空から差し込む眩しい光に、嬉しそうに瞳を細める。さっきの通り雨が嘘のように澄み渡った空。浩平「虹の一つも見えればいいのにな…」飛行機雲さえない青空を見上げる。茜「それは、贅沢です」そういって彼女が微笑む。茜「雨が止んでくれただけでも嬉しいです」浩平「…そうだなぁ」茜「せっかくのお休みですから」限りある日常。だからこそ、その移り変わりは早くて…。退屈な生活は、その時々によって様々な姿を見せる…。限りあるからこそ見えるもの…。限りあるからこそ気づくもの…。そんな日常に囲まれて…。過ぎ去っていく時間の中で…。ただ精一杯…。その時々の幸せを感じながら…。茜「…確か、誕生日にお返し貰えるんですよね」一緒に歩みたい人と…。浩平「なにっ、まだ覚えてたのか…」茜「はい」浩平「そう言えばいつなんだ、茜の誕生日?」茜「今日です」浩平「なにっ、マジか」茜「はい」浩平「嘘ついてないか?」茜「ついてないです」浩平「本当か?」茜「本当です」浩平「本当に本当か?」茜「本当に本当です」浩平「うわ~、なんも用意してないぞ」茜「大丈夫です」茜「これから二人で買いに行くんですから」茜「欲しい物も決まってます」浩平「ま、まさか『あれ』か…?」茜「あれです」浩平「あれだけは勘弁してくれ~」見上げれば、どこまでも澄み渡った青空。本当に、さっきまでの大雨が嘘のように…。二人でこの小径を歩いて行く。浩平「なあ、茜。折角だから手でも繋いでみようかと思うんだが…」茜「…嫌です」どこまでも、一緒に…。茜「恥ずかしいから、嫌です」本当に好きな人と一緒に。
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浩平「今日は走らないでも大丈夫そうだね」長森「……」浩平「……どうした?」長森「…浩平、今の誰…」本物の長森が、横で心底嫌そうな顔をする。浩平「どうだ似てただろ?」我ながら見事なまでに長森を演じきったと思う。長森「ぜんっぜん似てないよっ!」浩平「そんなことないぞ、テレビの物まね番組で長森瑞佳を披露すれば大賞間違いなしだ」長森「わたしの物まねしたって誰も分からないよっ」浩平「うーむ、確かにな…」長森「そうだよっ」浩平「だったら、その前に長森には有名になって貰わないとな」長森「どうしてそうなるのよっ」浩平「まあ、冗談だが…」詩子「こんにちは。お二人さん」校門にさしかかった時、にこやかにオレたちを呼び止める声が聞こえた。長森「えっと、詩子さんこんにちは」先週オレたちを呼び止めた他校の生徒(たしか柚木とか言ってたな)が、また校門の前に立っていた。詩子「また来たよ」長森「そう言えばわたしたちの自己紹介がまだだったね」長森「こっちが折原浩平。わたしが長森瑞佳です」詩子「ご丁寧にどうも」大勢の生徒が通り過ぎる中で、のんびりと挨拶を交わす様子は、このうえなく滑稽だった。浩平「で、この学校に何のようなんだ?」このまま放っておくと、世間話の一つでも始めてしまいそうだったので、強引に話を本題に戻す。詩子「人を捜してるのよ」浩平「人捜しか? それだったらオレらなんかよりちゃんと警察に届けた方がいいぞ」詩子「別に行方不明の家族を捜してる訳じゃないから」長森「誰を捜してるの? この学校の生徒?」詩子「うん。幼なじみなんだ。高校で別れちゃったけどね」浩平「で、その幼なじみに会うためにわざわざ来たのか?」詩子「そうだよ」詩子「でも、どのクラスか分からないから、知ってそうな人に声をかけてたの」浩平「あのなぁ! どうしてそんな無意味にまわりくどいことをしてるんだっ」詩子「まわりくどいかな?」浩平「だいいち、その『知ってそうな人』ってなんなんだっ!」詩子「言葉どおりだけど」浩平「是非その選考基準を教えてくれ!」詩子「折原君っておかしなこと言うね」長森「うん。たまにね」納得顔で頷く長森。オレかっ? オレがおかしいのかっ?詩子「運が良ければ、その友達のクラスメートに当たるかもしれないでしょ」浩平「そんな偶然あるわけないだろっ」長森「でも、分からないよ。1学年7クラスだから全部で21クラスでしょ?」長森「21分の1なら有り得るよ」詩子「そうだよね」またまた頷く長森。浩平「…だったら今すぐに判断してやろう」オレはさっさと話を打ち切りたかった。オレたちが知らないとなれば素直に引き下がるだろう。浩平「誰を捜してるんだ?」詩子「えっとね、里村茜って子なんだけど」浩平「残念、オレらのクラスにそんな生徒は存在しない」浩平「行くぞ長森」長森「え……ちょっと、浩平。里村さんって…」詩子「知ってるの?」長森「う、うん。多分同じクラスの里村さんだと思う」どうして正直に答える…長森。浩平「…いや、絶対に違うとオレは思うぞ」長森「でも、私たちのクラスの里村さんも、名前は茜さんだよね?」浩平「そ、そうだったかな…」長森「だって、浩平が里村さんのこと『茜』って呼んでたんだよ?」浩平「…いや、どうだったかな」長森「すごく長いおさげだよね」詩子「そうそう」浩平「……」長森「ほら、間違いないよ」浩平「…そうかっ、そうだったのか、これは偶然だな」もう開き直るしかなかった。浩平「というわけで、さっさと行くぞ長森」詩子「茜のところに案内してくれるの?」浩平「そんなわけないだろっ」詩子「どうして?」浩平「おまえなぁ、今から授業が始まるのに他校の生徒が校舎内を歩けるわけないだろ?」浩平「放課後にまた来い」詩子「大丈夫だって」浩平「その根拠は?」詩子「根拠はないけど」浩平「だったらあきらめてくれ」浩平「行くぞ長森」長森「え? う、うん。ごめんね…」オレたちはまだ何事か言いたげな女の子を無視して学校の敷地内に逃げ込んだ。今日も退屈な時間が過ぎていく…。浩平「うーっ、やっと終わった」教科書やノートを机に押し込んで席を立つ。今日の昼は学食でいいか…。そんなことを考えながら教室を出る。詩子「やっと見つけた」廊下に出たところで誰かに発見される。詩子「ずいぶん探したのよ」 …柚木だった。浩平「お前なぁ、なんでこんな所にいるんだ?」しかも、その制服は目立ちすぎるぞ。廊下を歩く生徒が全員柚木の方を振り返っている。もっとも、その本人は全然気にしていないようだけど…。浩平「頼むから、その格好で不法侵入はしないでくれ」オレの言葉に、柚木が意外そうに答える。詩子「でも、さっき他校の制服着てる子見たけど?」 …七瀬。浩平「そいつは例外だ」詩子「あと、ちょっと前に私服を着た女の子が校舎の中を走り回ってたって情報があるんだけど」 …椎名か。 …だいいち、どこでそんなレアな情報を入手したんだ。詩子「うーん…」浩平「とにかく、先生に見つかる前にさっさと出ていけ」詩子「…残念」浩平「それにお前、自分の学校はどうした」詩子「創立記念日」浩平「うそつけ」詩子「ほんとだって」 …まあ、オレにはどっちだっていいけど。詩子「それで、茜のクラスはどこ?」浩平「…ここだ」たった今オレが出てきた教室を指さす。詩子「分かったわ。ありがとう」言って、教室の中に入っていこうとする。浩平「ちょっと待て!」詩子「ん?」浩平「お前な…教室にまで入るつもりか?」詩子「だめ?」浩平「あたりまえだ」詩子「わかった。それなら出てくるまで待ってる」 ……はぁ。思わず溜息が出る。浩平「…分かったよ」浩平「オレが呼んできてやるから、話したらすぐに帰れよ」詩子「うん。ありがとう」教室に入ってすぐさま茜の席に向かう。浩平「よお、茜」茜「…はい」可愛い模様の財布をもって、茜が席を立った。ちょうど、学食に行くところだったのだろう。しかし、ふと思ったけどクラスの中で茜のことを『茜』と呼んでるのはオレだけなんだよな。考えてみたら、ものすごく意味深なことだ…。まあ、成り行きでこうなっただけで、特に他意はないけど。浩平「これから学食か?」茜「…はい」浩平「悪いけど、その前にちょっとつきあってくれ」茜「…嫌です」浩平「どうして…」茜「…お腹空いてるから嫌です」浩平「気持ちは分かるけど、ちょっとだけだから」浩平「茜の知り合いが訪ねてきてるんだ」茜「……?」浩平「いま、廊下で待ってるから」茜「…分かりました」頷いて、廊下に出ていく。詩子「あ、茜っ! 久しぶりだね」茜「詩子…」意外そうな表情で柚木を見る。詩子「相変わらず髪の毛伸ばしてたんだっ」茜「…はい」詩子「最近電話もかけてくれないから心配してたんだよ。よかったぁ、元気そうで」茜「…はい」 …元気そう…か?茜「…詩子、今日はどうしたの?」詩子「最近茜がずっと元気なかったみたいだから、心配して来てみたんだよ」茜「……」詩子「でも、すこし元気になったみたいだね。良かったっ」浩平「前に会ったのってどれくらい前だ?」茜「…1ヶ月です」詩子「うん、それくらいだねぇ」二人で頷き合う。 …なるほど、確かに柚木と話しをしている時の茜は、普段より少しだけ楽しそうに見えた。浩平(…これが幼なじみってヤツなのかもな) …と、周りを見回すと、廊下を通り過ぎる生徒が奇異の目で見ていた。無茶苦茶目立ってる。浩平「…さて、じゃあそろそろ出ていってくれな」詩子「出てけって言われてるよ茜っ」浩平「茜じゃない、お前だっ」詩子「ええっ、どうしてよっ」浩平「ここはお前の学校じゃないだろ? 先生に見つかったら大変だぞ」詩子「そんなの、黙ってたら分からないよ」浩平「絶対に分かるっ!」詩子「どうしてよぉ」浩平「それはオレの台詞だっ!」茜「…余計に目立ってますけど」浩平「…あ…」冷静に周りを見ると、いつの間にか人だかりになっていた。浩平「ぐあっ、しまった!」 …とりあえず場所を移動しよう。茜「…食堂」詩子「あ、そうしよう。あたしもちょうどお腹空いてたんだ」一人ですたすたと学食に向かう茜。そして、その後ろを当然のようについていく柚木。浩平「……はぁ」溜息をつきながら、仕方なくオレもその後ろを追った。浩平(…今日はたまたま生徒全員が弁当持参だったとか)浩平(…もしくは日替わりランチのメニューがゲテモノで、誰も学食に寄りつかないとか)浩平(…いっそのこと、学食自体が異次元の彼方に飛ばされたとか)そんな希望にすがりながら、学食へ。浩平「ぐあっ…人がいっぱいいる」そんな願いもむなしく、今日も食堂は大盛況だった。詩子「大きい学食だね」そして、当然のようにこいつは目立っていた。浩平「…もうどうでもよくなってきた」考えてみれば、こいつが先生に見つかって追い出されようが、オレには関係ない。 …逃げよう。オレは他人のフリをしながら、後ずさった。 …ぐいぐい。と、上着の裾を引っ張られる。澪「……」 …にこにこ。振り向くと、案の定澪が笑顔で見上げていた。浩平「…これから食べるのか?」澪「……」 …うんっ。浩平「そうか、オレはこれから逃げるところだ」澪「……?」不思議そうに小首を傾げている。浩平「というわけで、また今度な」詩子「あぁっ、かわいいっ!」後ろから声がした。振り向きたくなかったが、そんなわけにもいかなかった。恐る恐る後ろを見る…。詩子「わぁっ、可愛い子だね」柚木が澪の頭をなでていた。澪「……」えとえと…。澪は恥ずかしそうに戸惑っている。浩平「おい、柚木。澪が死ぬほど嫌だから止めてくれっていってるぞ」澪「……」ふるふる…。詩子「言ってないじゃない」浩平「いや、口には出してないが、心の中ではそう思ってるはずだ」澪「……」ぶんぶん…。詩子「ほら、そんなことないって」浩平「澪、嫌だったら遠慮なくスケッチブックで叩いてやれ」澪「……」 …えとえと。茜「…困ってます」見かねたように、茜が間に入ってきた。澪「……」茜の姿を見つけて、澪が嬉しそうに駆け寄っていく。そして、おさげにぶら下がっていた。詩子「茜、この子知ってるの?」茜「…はい」詩子「そうなんだ…。あたしは柚木詩子よ」詩子「そうだ、折角だから自己紹介しようよ」詩子「あたしは柚木詩子よ」茜「…里村茜です」澪「……」えっとぉ……とスケッチブックを取り出す。『上月澪』詩子「澪ちゃんね。よろしく」澪「……」うんっ。詩子「でも、ほんと可愛い子だね」そう言って、澪の頭をなでる。浩平「いい加減に離してやれって。澪は昼飯食べにきたんだから」詩子「そう言えば、あたしたちも昼食食べに来たんだよね」茜「…お腹空きました」詩子「だったら、みんなで食べようよ」澪「……」わーーいっ! と、無邪気に喜ぶ澪。茜「…はい」浩平「……はぁ…」もう、溜息をつくしかなかった…。結局オレもつきあわされて、食堂中の注目を浴びながら昼飯を食べた。味なんて分からなかった…。詩子「じゃあ、私そろそろ帰るね」浩平「もう2度と来るな…」詩子「また近いうちに遊びに来るからね」澪「……」うんっ。詩子「じゃあね」手を振って帰っていく。茜「……詩子」詩子「…ん?」茜の声に、立ち止まって振り返る。茜「……」詩子「どうしたの?」茜「…いえ、なんでもないです」詩子「…よくわからないけど、じゃあ帰るね」茜「…はい」もう一度手を振って、そして昇降口を出ていく。茜「……」その姿を、茜は複雑な表情で見送っていた。茜「…教室に戻りましょう」その言葉と同時に、昼休み終了を知らせるチャイムが鳴った。退屈な午後の授業。いや、退屈じゃない授業なんてないけど…。チャイムが鳴り、6時間目終了。浩平(…今日はもう帰るか…)ぺしゃんこの鞄を持って廊下に出る。そして、そのまま何事もなく家路についた…。
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回复:新人来报到,送上小小礼物

カシャアッ!いつものようにカーテンの引かれる音。長森「ほら、起きなさいよーっ!」浩平「うーん…あと3寸だけ寝させて…」長森「単位がおかしいよっ!」浩平「ぐー…」長森「ほら、3寸経ったよっ」浩平「経ってたまるか、ばかっ」長森「もーっ、授業は今日で最後だから頑張って起きようよーっ」浩平「最後…?」そうか、明日は休みで、明後日がもう終業式だったか…。浩平「なら起きてやるか…」オレは体を起こす。そして窓の外にやった目に飛び込んできたのは雨雲に包まれた空だった。浩平「雨か…。古傷が痛むな」長森「なに、古傷って」浩平「知らなくても当然だろうな。おまえはあの頃小さかったからな」長森「同い年だよっ」浩平「激流に流されてゆくおまえを見つけて、果敢にも川に飛び込み、そしてその手をとって、助けがくるまで岩にしがみついていたんだ」浩平「流れはきついし、水は冷いしで、よく助かったものだと今でも神に感謝するよ」長森「怪我なんてしてないじゃない」浩平「いや、おまえを冗談で川にはめてやろうと押したときに手首をくじいた」長森「浩平のせいで流されてたんじゃないっ!」浩平「そのときの傷がじんじんと痛むんだよ…」長森「美談でもなんでもないよ、それって!」浩平「そうか…?」長森「そんなばかな話ししてないで、早く支度してよぉーっ」浩平「へいへい…」浩平「雨だな、長森」長森「…知ってるよ。今、目の前で降ってるんだから」浩平「……」長森「…どうしたの?」浩平「悪いけど、先に行っててくれないか?」長森「…分かったよ」オレの言葉から何かを感じ取ったのか、長森が素直に頷く。長森「それじゃあ、教室で…」雨の音だけが聞こえていた。一人になると、急に雨の音が耳について不快だった。オレは長森と別れた後、あの場所に向かった。アスファルトの上に泥の足跡を残しながら、雨の街を走る。浩平「……」その場所の前で立ち止まる。傘の水滴が、サーーーーっと流れ落ちる。寂しい場所。その中心に…。茜が立ち尽くしていた。浩平「よお、茜。今日も元気なさそうだな」茜「……」浩平「…茜?」少し様子がおかしかった。うつろな瞳でオレの方を見る。茜「…浩平」いつにも増して小さな声だった。浩平「もしかして、本当に体調悪いんじゃないか?」茜「…そんなこと…ないです」囁くと同時に、糸が切れるようにふっと茜の身体が傾く。浩平「おいっ…!」慌てて駆け寄る。しかし、柔らかな泥がオレの進行を阻む。茜「……」それでも何とか側まで辿り着き、茜の身体を支える。浩平「…いわんこっちゃない」茜「…離してください」浩平「離すと倒れるぞ」茜「…構いません」浩平「倒れると制服が汚れるぞ」茜「……」浩平「それでもいいのなら」茜「…嫌です」視線をそらして呟く。そのままの体勢で、時間が流れる。茜「…本当に大丈夫です」浩平「そうか…」そっと茜の身体を離す。茜「……」まだ少し足下が危なっかしいものの、とりあえず大丈夫そうだった。浩平「そろそろ学校行こうか?」茜「……」浩平「さすがに今日は走るわけにもいかないだろ?」茜「……」浩平「今からだとゆっくり歩いてちょうどくらいだからな」茜「…はい」ゆっくりと頷く。そして、二人で空き地を抜ける。茜と並んで雨の街を歩く。真横で揺れるピンク色の傘を見つめながら…。クラスメイトが立ち尽くしていた。浩平「……」オレはどうしてこの場所に立っているのか…。茜「……」何度となく里村に声をかけようとする…。しかし、冷たい雨に遮られて…。どうすることもできずに…。オレはその場所を立ち去った。チャイムと同時に席について、そして今日も授業が始まった。 ………。 ……。 ………。4時間目が終わり、そして昼休み。校舎の中に居る限り雨は関係ないのだが、それでもこんな日はできるだけ怠惰な時間を過ごしたかった。鞄の中の菓子パンで簡単に食事を済ませる。そして、残りの時間を眠って過ごすことにする。声「ねぇ、瑞佳、去年みたくウチでクリスマスパーティーやろうと思うんだけどっ」昼休み、自分の机の上で寝伏していると、そんなやりとりが雑音に混じって聞こえてくる。声「え? あ、そうなのっ」声「瑞佳はもちろんオッケーよね?」声「うん、もちろん、いくよっ」声「よし、これで去年のメンバーが揃った」声「佐織のウチだよねぇ?」声「うん。たぶん、夕方からだと思う」声「また何か作って持ってゆくよ」声「楽しみにしてるわよ。瑞佳、いっつもびっくりするほど凝ったもの作ってくるから」声「そんなプレッシャーかけないでよぉっ」声「うんうん、これでよし」声「はぁっ…いじわるっ」 ……。そしてチャイムが鳴り、いつものように午後の授業が始まる。 ………。 ……。 ………。結局この日は何もやる気が起きなくて、当初の予定通りの怠惰な1日を過ごすことになりそうだった。
カシャアッ!いつものようにカーテンの引かれる音と、そして目の奥を貫く陽光。長森「ほら、起きなさいよーっ!」浩平「……ばか、今日から冬休みだろがっ…」長森「ばかは浩平だよっ! 冬休みは明日からっ!」浩平「…なにぃ…すると、今日も授業がてんこもりなのかぁ…」長森「てんこもりじゃないよ! 終業式だけだよっ」浩平「…なに…? そうか…そうだったな…」オレは上体だけを起こして、ぼりぼりとへその下を掻く。浩平「それぐらいなら、出てやってもいいな」長森「なに大学生みたいなこと言ってるんだよっ…みんな出るの!」浩平「そういえば、おまえさ…」長森「なに?」浩平「昔あだ名で、『だよだよ星人』って呼ばれてたことあったよな」長森「それって浩平だけだよっ!」浩平「ほら、おまえって必要以上に語尾に『だよ』つけるからな。思いだしたから、しばらくそう呼んでやろう」長森「はぁっ…ばかなこと言ってないで、早く用意してよ」浩平「鞄と制服をとってくれ、だよだよ星人」長森「とってやんないもん」浩平「ばかっ、それぐらいで拗ねるなっ」仕方なくベッドから抜けだし、自分で鞄と制服を椅子から取りあげる。長森「だったら、浩平は『ばかばか星人』だよ。いっつも、人のことばかばか言うもん」浩平「ばかっ、それじゃまるでオレがバカみたいじゃないか。おまえがバカだから、オレはバカバカ言ってるんだぞっ!?」長森「ほら、連発」浩平「美男子っ、うー、美男子、美男子、美男子、はぁーっ美男子っ、まったく美男子だ」浩平「これでオレは『美男子星人』だっ」長森「でも美男子星出身ってだけで、浩平自身は美男子じゃないかもしれないよ」浩平「ばかっ、美男子星出身だったら、誰もが美男子なんだよっ」長森「そんなことないもん。長寿村って言って、みんなが長寿なわけじゃないもん」浩平「今度は『もんもん星人』に変身しやがったなっ」長森「『もん』だって、そんなに使わないもん。たまたま浩平がよく聞いてるだけだよっ」浩平「両方とも今、使ってるじゃないか。ふたつ合わせて『だよもん星人』と命名してやる」長森「ばかばか星人の言うことなんて誰も聞かないもん」浩平「うっさいぞ、だよもん星人! 黙れ、ばかっ」長森「うーっ」浩平「ふかーっ!」長森「うーーっ」長森「…って、時間!!」浩平「おっと、牽制し合っている場合じゃなかった!」長森「ほらっ、もう、急がないと遅刻だよっ!」結局何をやってんだか、いつも通りに慌ただしい朝になってしまう。いつもの通学路を通って、いつものように学校に向かう。長森「あんなに余裕あったのに、どうしてわたしたち走ってるのっ?」浩平「もちろん、遅刻しそうだからだ」長森「…今日は浩平も早く起きたのに…」浩平「不思議だな」長森「浩平がなかなか家から出てきてくれないからだよっ」長森「すぐに行くから外で待ってろって言ったのに…」浩平「いや、突然天気予報が気になってな。放送が始まるのを待ってたんだ」長森「天気予報なんて見なくても、絶対にいい天気だよ」走りながら、空を見上げる。なるほど確かに、長森の言うとおり雨なんて降りそうもないくらいの晴天だった。長森「天気予報は何て言ってたの?」浩平「それがなぁ…時間帯が悪かったのか、どの局も天気予報やってなかった」長森「…電話は?」浩平「ぐあっ、その手があったな」長森「…はぁ…私たちどうして走ってるんだろうね…」溜息混じりに吐き出す。長森「結局最後までこれだったね」浩平「まあな」長森「来年は歩いて登校しようね」浩平「努力はしてみるよ」同じように遅刻寸前の生徒に紛れて、校門をくぐる。慌ただしく靴を履き替えて、教室へと急ぐ。浩平「やれやれ、間に合ったな」長森「くつろいでる場合じゃないよ。すぐに体育館行かないと」浩平「うー、そうだったな…」ゆっくりと落ち着く暇もなく、終業式の行われる体育館へと移動する。体育館へと通じる渡り廊下は、人で溢れていた。一カ所しかない入口に全校生徒が集まったんだから当然だ。長森「だから、早く来たかったのに…」しばらくここで待たされそうな気配だった。学年やクラスを越えて、いろんな生徒がごちゃ混ぜになっている。と、その中に偶然クラスメートの姿を見つけた。茜「……」人混みから一歩離れたところで、途方に暮れている。 ■声をかける ■放っておく 浩平「おーいっ、茜」茜「…はい」オレの声に振り向いて頷く。浩平「大変そうだなぁ」茜「…はい」浩平「まぁ、そのうち空くだろうけど」茜「…はい」同じ返事。でも少しずつ微妙な変化があって、それが分かってきたのが嬉しかった。浩平「ところで、茜は今日の予定なにかあるのか?」茜「…今日の予定…?」浩平「長森なんかは女友達で集まっでパーティーやるらしいけどな」茜「…私は、なにもないです」浩平「柚木とかとパーティーしないのか? あいつそういうお祭りごと好きそうだけどな」茜「……」浩平「まあ、オレだって何も予定はないんだけどな」茜「…空きました」そういって体育館の入口の方を見つめる。いつの間にか、ほとんどの生徒が体育館の中に入っていた。茜「…行きましょう」茜に促されて、オレたちも体育館の中へと移動した。浩平(…そうだな…別に用があるわけでもないし)なにより、この人混みの中で話しかけられても困るだけだろうしな。しばらくすると、ほとんどの生徒が体育館に飲み込まれて、オレたちも中に移動した。校長が話し、生活指導部の教師が話し、学年主任が話し、そしてまた誰かが壇上に立つと一斉に生徒たちが溜め息をつく。そんなふうな退屈な終業式。しかし誰もが今年最後の我慢だと考えながら、耐えている。それに話を真剣に聞いている奴など、誰ひとりとしていなかっただろう。明日からの休みにみんな思いを馳せていたのだ。浩平「しかし、毎度のことだが退屈だよな…」詩子「ほんとだねぇ」浩平「明日から休みじゃなかったら、やってられないぞ」詩子「うんうん。分かるよその気持ち」浩平「そうだろ? どうせ誰もまじめに話を聞いてないんだから……って、何故ここにいるっ!」詩子「どうしたの? 何かあったの?」浩平「…それは、本気で訊いてるのか? それともわざとか…」詩子「なにが?」にこやかに応じる柚木。どうやら天然らしい。浩平「どうしてお前がここにいるんだ…」詩子「どうしても何も、今一緒に体育館を出てきたでしょ?」浩平「だ、か、ら、どうしてお前が体育館に居るんだっ」詩子「さっきね、校舎の中をうろうろしてたら、校内放送が入ったのよ」浩平「…それで?」詩子「全校生徒は今すぐ体育館に集まれって…。だからあたし慌てて体育館探したんだよ」浩平「お前は生徒じゃないだろっ!」詩子「一応ね」浩平「一応じゃないっ! 100%間違いなく他校の生徒だっ!」詩子「折原君って朝から元気いっぱいだね」浩平「…こ、こいつは…」はたから見ると、まるで第三者のような落ち着きぶりだった。浩平「第一、校舎の中にいる段階で不法侵入だろ!」詩子「大丈夫」浩平「…その根拠は?」詩子「もう慣れたから」浩平「慣れればいいってもんでもないだろ」詩子「…え? そうなの?」浩平「…とにかく出ていけ。どうせ何も用はないんだろ…」詩子「今日は、ちょっと折原君に用があったんだけど」浩平「……」詩子「相談したいことがあるから」浩平「…相談?」柚木が相談したいこと…。こいつとオレの共通の知識といえば、茜のことくらいだ。茜についての相談だろうか…?でも、オレなんかより幼なじみの柚木の方がよっぽど詳しいと思うけど…。 ■相談を受ける ■断る 浩平「…分かった」詩子「わーい。ありがとう折原君」浩平「ただし、後でな」詩子「うー、分かった。じゃあ、放課後に昇降口で待ってるからね」それだけを言い残して去っていく。浩平「…あいつ、授業日数足りなくて留年するんじゃないか…?」柚木の背中を見送って、オレもさっさと教室に向かった。浩平「駄目だ」詩子「…ダメなの…?」浩平「どうせくだらないことだろ?」詩子「そんなことないけど…」浩平「とにかく駄目だ!」詩子「…うー」不満顔の柚木を一人残して、オレはさっさと教室に戻った。担任の手から通知表が返却され、ついでに冬休みの課題が大量に出される。その量の多さに、生徒の中から一斉に不満の声が挙がる。でも、そんな生徒の頭の中は、目先の宿題よりも、今日の午後、そして明日からをどう遊ぶかで一杯だった。担任が教室を出て、いつもより遙かに早い放課後だった。早速、クラスのあちこちでは今日の午後の計画が話し合われていた。オレはそんな中、一人で昇降口に向かった。一応は約束だからな。そんな中、とくに予定のないオレは、同じように予定のない連中(住井とその他)を引き連れ、商店街に繰り出すことになった。日が暮れるまで思う存分馬鹿騒ぎをして、そしてクリスマスの夜は更けていった。浩平「…もう来てるかな」詩子「来てるよ」浩平「というより、ずっとここに居たんじゃないか?」詩子「他に行くところもないからね」浩平「…まあいい。それで何の相談なんだ?」詩子「今日、みんなでパーティーをしようと思うんだよ」浩平「…は?」詩子「大丈夫だって、折原君もちゃんと『みんな』の中に入ってるから」オレの問いかけをきっぱりと無視して、自分のペースで話を進める。浩平「待てっ! 分かるように説明しろっ」詩子「…分かりにくかった?」浩平「というより、話が見えてこない。順を追って説明しろ」詩子「今日ね、クリスマスパーティーを開くのよ」浩平「それとオレへの相談と何の関係があるんだ?」詩子「場所がね、折原君の家しか空いてないのよ」浩平「…ちょ、ちょっと待て」詩子「だから、今日のパーティーは折原君の家でね」浩平「…ま、待てっ」詩子「それで時間なんだけど」浩平「…人の話聞けっ!」詩子「時間は6時でどうかな?」浩平「勝手に決めるなっ! それにオレは参加するとは言ってないぞ」詩子「やっぱり、3時くらいからの方がいい?」浩平「…おーい」詩子「そうよね、せっかく午前で学校終わるんだから早いほうがいいね」浩平「…だから、勝手に決めるなって」詩子「え? 参加しないの?」浩平「オレにだって色々と都合というものがあるだろ」詩子「そうなんだ…残念」わざとらしくがっかりと息をついてうつむく。しかし、それも一瞬のこと。詩子「…でも、場所は提供してね」すぐさま顔を上げていつもの調子でにこやかに言い切る。浩平「…お前…本当にマイペースだよな…」ここまでくると、あきれるを通り越して感心する。詩子「で、本当にどうするの、折原君?」浩平「…クリスマスか…」長森も友達の家でパーティーとか言ってたな。詩子「そう、やっぱりこういう国民行事はみんなで賑やかに楽しまないとね」浩平「そういや、みんなって誰なんだ?」詩子「もちろん、あたしと茜」浩平「茜がか…?」思いっきり疑いの眼差しで柚木を見てやる。詩子「毎年恒例だからね。茜とクリスマス会開くのは」浩平「茜とお前と毎年2人でか?」詩子「そう2人で……って、あれ?」突然考え込むような仕草。詩子「……2人……?」浩平「どうした? そんな表情したって可愛くないぞ」詩子「ん…いや、ちょっとね」詩子「…あ。茜っ!」態度一変、いつもの脳天気な顔に戻ってオレの背後に声をかける。それでなくても目立つのに、これ以上自分をアピールするのはやめてくれ…頼むから。詩子の視線の方に目を向けると、ちょうど通りかかったらしい茜が鞄を持って歩いて来るところだった。詩子「あかねっ! こっちこっち!」オレの切実な思いにも気づくことなく、片手をぶんぶん振って茜に呼びかける。茜「……」詩子「今年のパーティーのことなんだけどね」茜「…はい」詩子「折原君の家ですることになったから」 …だから、誰もいいとは言ってないって。詩子「もちろん、茜も来るよね?」茜「…私は行かないから」そのまま、横を通り過ぎてロッカーに向かう。詩子「え…どうしたのよ、茜」詩子「毎年楽しそうにはしゃいでたじゃない」茜が楽しそうに…?しかも、はしゃぐ…? ……駄目だ、オレの想像力の限界をこえている。茜「楽しそうにはしゃいでたのは詩子です」詩子「まあ、そうだけど…」詩子「でも、毎年楽しみにしてたのは本当でしょ?」茜「……」詩子「…どうしたの、茜」茜「……」詩子「……」押し黙る茜を、じっと見つめる柚木。詩子「…何かあったんだ」茜「……」その表情から何かを感じたのだろう。詩子が心配げに応じる。茜「…ごめんなさい」茜「…もう、クリスマス会は参加しないことにしたから」詩子「それなら、無理にとは言わないけどね」さすがに幼なじみだけあって、柚木は茜のことをよく理解している。無言の茜からでも、たくさんの複雑な感情を読みとっているのだろう。浩平(…オレには、無理だな)そう思うと、何となく柚木に対して嫉妬のような感情を覚える。茜「…ごめんなさい」申し訳なさそうにもう一度呟く。詩子「うん。いいよいいよ」わざと明るく(これが地だという噂もあるが)頷く。と、その時。くいくいと制服の上着を引っ張られる感触。澪「……」いつから居たのか、澪がにっこりとオレを見上げていた。『あのね』浩平「なんだ澪」『参加したいの』スケッチブックにそう書き込んで、オレの方に向ける。浩平「クリスマス会のことか?」澪「……」うんっ。浩平「お前も暇な奴だなぁ。他に予定とかないのか」澪「……」うんっ。浩平「…まあいいけどな」浩平「おーい、脇役その1」詩子「誰が脇役その1よ…」浩平「お前だ」詩子「…で、何の用?」浩平「澪が参加したいらしいぞ」澪「……」うん。うん。柚木の方を見て、笑顔で頷く。詩子「もちろんいいよ」こっちも笑顔で頷く。茜「…帰ります」靴を履き替え、さようならと呟いて背中を向ける。詩子「ねぇ、茜。ほんとに参加しないの?」茜「…はい」詩子「何があったのかは分からないけど。でもね、そんな時こそ嫌なこと忘れて楽しむのもいいと思うんだけど」茜「……」浩平「…そうだな」澪「……」うん、うん。茜「……」詩子「どう?」茜「……」後ろを向いていた体が、ゆっくりと振り返る。茜「…わかりました」楽しそう、とはいかないまでも、それでも多少は穏やかに応じる。詩子「よし、決定」満足げに笑顔を覗かせる柚木と、わーいわーいと元気にはしゃぐ澪。その姿を見て、茜も少しは表情をほころばせてるような気がした。詩子「じゃあ、4人そろって3時に折原君の家に集合ね」 …しまった。いつの間にかオレも完璧に参加することになっている。しかもオレの家らしい。茜「…場所が分かりません」詩子「そういえばそうだね」腕を組んで考えこむふりをする。詩子「それなら、ちょっと早いけど今からみんなで押しかけよう」詩子「いいよね、茜」茜「…はい」澪「……」うんっ!浩平(……)浩平(…まあ、別に構わないか…)何となく、そう思えるのだ。詩子「あれ?」一番先に出た柚木が、空を見上げて怪訝な顔をする。詩子「ねえ、今、空からなんか落ちてきたよ」浩平「スズメの糞だろ?」詩子「うー、嫌だなー」情けない表情でハンカチを取り出す。詩子「あ、また、何か落ちたよ」浩平「カラスの糞だろ?」詩子「うわ、まただよ。いっぱい落ちて来たよ」浩平「柚木、ずいぶん好かれてるな」詩子「人徳かもね」浩平「…以外と余裕あるな」茜「…雨じゃないですか?」慌てふためく詩子をよそに、冷静に言う。詩子「…雨? でも晴れてるよ」空を見上げると、確かに太陽は出ている。でも、地面に落ちる水滴は確かに雨のようだった。詩子「珍しいね」浩平「確かにな…」突然のお天気雨だった。でも、太陽が出ていたのも一瞬のことで、見る見る間に空は薄暗い雲に覆われていった。浩平「…本格的に降ってきたな」茜「…濡れますよ」茜は、いつの間にか傘をさしていた。澪「……」その横では、澪がちゃっかり同じ傘に潜り込んでいた。浩平「ずるいぞお前らっ!」詩子「そうだよっ」茜「…入りますか?」詩子「入るっ」それでなくても窮屈な傘に柚木も潜り込む。浩平「…オレは…?」詩子「定員オーバー」浩平「くそー、オレの家だぞ」詩子「早速案内してね」浩平「走って帰るからちゃんとついてこいよっ」さっきより雨足は強くなっていた。ほんの少し前までは顔を覗かせていた太陽も、今では流れてきた雲にすっかり覆われている。茜「雪ならよかったのに…」窮屈そうにピンクの傘を開いた茜が、独り言のように呟く。詩子「ほんと、もったいないなぁ」柚木もつられるように黒く染まった空を見上げる。詩子「…雪だったら喜ぶ人きっといるのにね」空から降り注ぐ雨は一層その勢いを増していた。浩平「ここがオレの家だ」と、いっても本当はおばさんの家なんだけどな。由起子さんは今日も帰りが遅いだろうから、それまでは誰もいない。茜「…はい」玄関で濡れた傘をしまいながら頷く。浩平「……」茜「……」浩平「残りの二人は…?」茜「…中です」玄関から、廊下を指さす。詩子「あーっ! こっちがリビングなんだ!」澪「……」うん、うん。詩子「あっ、こっちの扉は何かな」澪「……?」詩子「よし、開けてみよっか」浩平「開けるなぁっ!」詩子「…どうしたの…?」浩平「人の家に勝手に入るなっ」詩子「勝手にじゃないよ。ちゃんと断って入ったよ」浩平「…断ってもいいと言うまで入るな…」詩子「残念…」わざとらしくがっかりと肩を落として、玄関に戻ってくる詩子と澪。浩平「わざわざ戻ってこなくてもいいって…」律儀に戻ってくる二人を制止して、後ろの茜も促す。茜「…おじゃまします」詩子「さぁ茜、こっちこっち。ここがリビングだよ」茜「…はい」浩平「お前が仕切るなっ」詩子「浩平が茜にあんなこと言ってるよ」浩平「お前にだっ」詩子「どうして?」はぁ…。浩平「…もういい、さっさと全員でリビングに行ってくれ」詩子「もうみんな来てるよ。あとは折原君だけ」茜「…はい」浩平「…頭が痛くなってきた」先が思いやられる…。澪「……」澪が駆け寄り、背伸びしてオレの頭をなでる。浩平「…もういい…ありがとう…」澪「……」良かったね、と言わんばかりの笑顔で応じる。詩子「どっちがお兄ちゃんか分からないね」浩平「…どっちもお兄ちゃんじゃないって…」茜「…浩平」浩平「今度はなんだぁ」茜「…止めなくていいんですか?」キッチンの方を指さす茜。その先では、いつの間にか詩子が冷蔵庫を開けていた。浩平「勝手に開けるなっ」詩子「勝手にじゃないよ。ちゃんと断ったよ」浩平「それで、オレは開けてもいいと言ったのか?」詩子「多分言ってないと思うけど」浩平「だったら開けるなよ…」詩子「でも、万が一ってこともあるから」浩平「絶対にない」詩子「…残念」そういいながら冷蔵庫をぱたんと閉める。茜「…浩平」浩平「…今度はどうした…?」茜「…止めなくていいんですか?」その視線の先。澪がキッチンで包丁を握りしめていた。浩平「何をやってんだ澪っ」澪「……」ほえ…? とオレの方を向く…。包丁を握りしめたまま。浩平「…包丁なんか持ってきて何をするつもりだ」茜「…料理つくるそうです」澪「……」うんうん。茜の言葉に澪が頷く。浩平「料理?」澪「……」うんっ!浩平「…いきなりそんなこと言われてもな」詩子「ねぇねぇ、それならケーキ作ろうよ」いつの間にか側にいた柚木がそんなことを言い出す。詩子「やっぱり、クリスマスと言えばケーキだよ」『けーき作るの』澪も元気よくスケッチブックを掲げる。やる気充分だった。詩子「頑張ってね、澪ちゃん、折原君」澪「……」うんっ。浩平「うんっ…じゃない!」浩平「勝手に決めるなっ」詩子「勝手にじゃないよ、澪ちゃんの希望だよ」澪「……」柚木の言葉を肯定するように、オレの腕にしがみついてにこにこしていた。詩子「ほら、澪ちゃんも折原君と一緒にケーキを作りたいって言ってるよ」澪「……」うんっ。極めて状況がオレに不利だった。詩子「頑張ってね」茜「…頑張ってください」 ■分かった… ■嫌だっ 浩平「…はぁ、分かったよ作ればいいんだろ」もう、殆どやけだった。浩平「いっとくけど、オレに作らせたら中に何入れるか分からないぞ」浩平「海苔の佃煮とか入ってるかもな」茜「…嫌です」心底嫌そうだった。澪「……」うー…。浩平「…分かったよ、一応努力はしてみる」そして…。浩平「嫌だっ!」どう考えてもできるわけがない。浩平「ここはやっぱり、公平にくじ引きで決めよう」詩子「…うーん、まあいっか」詩子「おもしろそうだしね」茜「…はい」 …そして、ティッシュをこよりにした即席のくじが用意される。先端を赤く塗られたこよりをひいた人が当たり……すなわち澪と二人でケーキを作らなければならない。澪がくじを持って回る。詩子「まずはあたしね」柚木が真っ先にひく。詩子「…はずれ」柚木の引いたこよりは真っ白だった。そして、次はオレの番。 ■向かって右のこより ■向かって左のこより 浩平「…こっちだ」オレは運を天に任せて右のこよりを引いた。 ……。詩子「当たりだね、折原君」 …そのこよりの先は、無情にも赤かった。浩平「ま、待て早まるなっ」浩平「よ、よく考えたらケーキの作り方なんて知らないぞ…」詩子「料理の本か何かあるでしょ?」詩子「それを見ながらだったら折原君でも作れるって」浩平「作り方が分かっても材料がないだろ」茜「…あります」冷蔵庫の中身をのぞき込んでいた茜が呟く。茜「…これだけ揃っていれば作れます」浩平「だったら、茜が作ってくれ」茜「…嫌です」冷蔵庫の中から材料を取り出す茜。それをテーブルの上に並べる。浩平「おっ、やる気充分じゃないか?」茜「…材料を出しただけです」浩平「そこまでやったんだったら、最後まで作ってくれ」茜「…嫌です」今度は食器棚から調理器具を選んでいた。ボールや泡立て器などを選別し、テーブルの上に並べる。茜「…これで必要なものは全部です」浩平「…茜…実はすごく詳しいんじゃないか?」茜「…そんなことないです」浩平「茜、かわってやろうか?」茜「…嫌です」詩子「往生際が悪いよ、折原君」詩子「澪ちゃんなんてほら…」台所では、澪が包丁を持ってニコニコしていた。詩子「やる気十分だよ」浩平「ケーキ作るのに包丁は要らないんじゃないか…?」詩子「この場合は、細かいことよりもそのやる気を買ってあげようよ」浩平「…マジかぁ」茜「…はい」詩子「さ、がんばって」浩平「絶対にケーキにはならないぞ」いや、それどころか食べ物ができる自信もない。それでも、仕方なく台所向かう。そして…。浩平「…こっちに違いない」オレは勢いよく左のこよりを引いた。そのこよりの先は…。真っ白だった。浩平「よし、はずれだな」茜「……」詩子「と言うことは、茜?」最後の1本を引くまでもなく、自動的に茜が当たりということになる。茜「…分かりました」仕方なさそうに頷く茜。『がんばるの』と、スケッチブックを見せる澪。その二人が台所に消えた。 …柚木と二人でしばらく待つ。 ……。 ………。茜「…できました」台所から茜の嬉しそうな声が聞こえる。そして、そのケーキを囲んでのクリスマスパーティーが始まった。浩平「こんなことになってしまった…」いつの間にか台所に立たされていた。手にはボールと泡立て器。そして、テーブルの上には小麦粉、卵、パター、生クリーム、チョコレート、その他調味料各種…。『がんばるの』浩平「ああ、がんばろうな…」相変わらず包丁を持っている澪に励まされて、力無い返事を返す。浩平「…じゃあ、始めるか」澪「……」うんっ。浩平「…えーっと、まずはボールに卵と砂糖を入れて泡だてる」料理の本を片手に一つ一つ進めていく。浩平「…それから、大さじ2杯の…ってダメだっ、小さじしかないっ」茜「…小さじ3杯で大さじ1杯です」リビングの茜から声がかかる。浩平「そ、そうか…」茜「…はい」 ……。浩平「…えっと、それからグラニュー糖100gを…ってグラニュー糖なんかないぞっ」茜「…砂糖で大丈夫です」浩平「どっちが砂糖でどっちが塩かわからんっ」茜「…なめて辛い方が塩です」浩平「うわっ!しょっぱいっ!」茜「…そっちが塩です」バタバタしながらも、何とか行程をこなしていく。ちょんちょん。浩平「…ん? どうした、澪」制服の裾を引っ張る澪。スケッチブックを持って、文字を書く。『あのね』浩平「どうした?」さらに書く。『変なにおいがするの』浩平「…変なにおい…って、おわっ! 焦げてるぞっ!」もくもくと白い煙を立ち上らせる鍋。いつの間にか、チョコレートを溶かしていた鍋が煙を吐いていた。浩平「な、なぜだっ!」茜「湯煎…しましたか?」リビングの方から、茜が問いかける。浩平「ゆせんってなんだ?」そんなもの訊いたことも見たこともないぞ。茜「チョコレートを溶かすときは、鍋を直接火にかけずに、お湯を張った器の上にボールを浮かせて加熱するんです」茜「…それが湯煎」浩平「なんでそんな面倒なことをしないといけないんだっ」茜「…コンロの火だと熱が均等に伝わらないから、焦げるんです」いつの間にか、煙は白から黒に変わっていた。大慌てで澪が駆け寄り、ぱちんとコンロの火を止める。そして、けほけほと咳き込みながら、換気扇をオンにした。『焦げてるの』澪がスケッチブックと黒くなった鍋を両手で掲げながら、泣きそうな顔をする。でも、本当に泣きそうなのはオレの方だ。後で由起子さんになんて説明すればいいんだよ…。浩平「くそー、まさか最後の最後でこんな落とし穴が待ちかまえていようとはっ」茜「…まだ途中の行程です」詩子「あーん、こっちにまで変なにおいが来たよ~」浩平「こっちは必死なんだから、外野は黙ってろっ」詩子「そんな言い方ないよっ。こっちだって一生懸命応援してるんだからっ」 …してないだろ…。『とれないの』澪が黒くなった鍋と、洗剤のついたタワシを両手で持って情けない顔をする。浩平「ああ…もうボロボロ…」茜「…手伝いましょうか?」台所で途方に暮れるオレを見かねたのか、茜がそう申し出てくれた。浩平「…悪いけど、助けてくれ」茜「…はい」茜「…エプロン、お借りします」茜を戦力に加えて、再び最初からケーキ作りが再開される。カシャカシャカシャ…。規則正しい音が台所に響いていた。茜「……」茜が見事な手際で卵と小麦粉を泡立てていた。カシャカシャカシャ…。引き出しの奥に入っていたピンクのエプロンを身につけて、ケーキを作る姿が似合っていた。茜「…次、バターです」浩平「あ、ああ…」あらかじめ茜の指示で溶かしておいたバターをポールの中にそそぐ。茜「…ゆっくりと」丁寧にバターと生地を混ぜ合わせる。茜「…バニラエッセンスです」澪「……」はいっ、と澪が茜にバニラエッセンスの小瓶を手渡す。やがて、あっという間に生地が完成した。茜「…後は、焼くだけです」予想以上の手際のよさだった。浩平「もしかして、最初から茜が作ってたほうが良かったんじゃないか…?」茜「…そんなことないです」エプロンをたたみながら茜が呟く。茜「…みんなで作る方が楽しいですから」そう言いながら、オーブンに火をつけた茜は、どこか嬉しそうだった。やがてケーキも無事完成して、クリスマスパーティーが始まった。詩子「…ねぇ折原君、お酒とかないのかな?」ケーキも一通り食べ終わったこと、柚木がそんな提案をする。浩平「ビールくらいなら冷蔵庫にあると思うけど」もちろん、由起子さんのストックだ。詩子「みんなで飲もうよ」嬉しそうに目を細める。浩平「そうだなぁ、やっぱりアルコールくらい入らないと盛り上がらないよな」茜と澪からも不満の声があがらなかったので、オレは台所に移動した。そして冷蔵庫を開ける。浩平「…おっ、結構たくさんあるぞ」詩子「だったら、全部持ってきてよ」浩平「よし、分かった」10本前後の缶ビールがテーブルの上に並ぶ。浩平「おし、飲むぞっ」まずオレが最初の一缶を開ける。詩子「いただきます」嬉しそうにビールを開ける詩子。茜と澪もそれにならう。 …そして、再びパーティーが再開される。 ………。 ……。浩平「…う~」視界が回っていた。頭がふらふらする。空になった空き缶があちこちに転がっていた。ぐいぐい…。澪「……」澪がオレの服を引っ張る。見ると、顔を真っ赤にした澪がふらふらしながらオレの腕にしがみついていた。浩平「…な、なんだ澪」澪「……」はう~、とおぼつかない手つきでスケッチブックを取り出す。そして、何かを書き込んでオレに見せる。『~~~~』字がふにゃふにゃだった…。浩平「わ、悪い。さすがにそれは読めない」茜「眠たい」茜「…そう書いてます」浩平「よ、読めるのか!」茜「…はい」 …なぜ…?澪「……」茜の言葉を肯定するように『うんうん』と2度頷く。そして、ふらふら~と倒れるようにソファーに埋もれる澪。かなり酔いが回っているようだった。浩平「…だ、大丈夫か澪」澪「……」 ………。返事がない。澪「……」すーーーーすーーーー。詩子「…澪ちゃん寝ちゃったのぉ?」澪「……」すーーーーすーーーー。浩平「寝てるみたいだな」安らかな寝息が聞こえる。詩子「鼻つまんでみよっか」浩平「よし、やってみよう」澪「……」すーーーーすーー…。 …けほっ、けほっ。当然のように澪が咳き込む。だけど、起きる気配はなかった。詩子「…澪ちゃん、あたしと遊ぶの嫌なのかなぁ」浩平「お前がやたらと澪の頭を撫でるからな」詩子「だって、可愛いんだもん」澪「……」すーーーーすーーーー。詩子「そうだ、サインペンで顔に落書きしちゃおう」浩平「おし、オレも手伝うぞ」茜「…可哀想です」詩子「大丈夫大丈夫」嬉しそうに澪の顔に落書きをしていた。浩平「ところで茜、ちゃんと飲んでるか?」茜「…飲んでます」その言葉を肯定するように、机の上のビールを手にとって口をつける。茜「…おいしいです」浩平「お前、酒強いな…」茜「…そうですか」茜の周りにはかなりの数の空き缶が並んでいるのだが、全く酔った気配を見せない。酔った茜というのを見てみたかったのだが、どうやらそれは無理そうだった…。そして、賑やかなパーティーも終わりの時間となった。ふらふらとした足取りで玄関に向かう4人。ただし、茜だけはいつも通りだった。浩平「…じゃあな」詩子「今日は楽しかったよぉ…」澪「……」ぺこっ。茜「…ありがとうございました」そして、3人そろって玄関を後にする。雨はまだ降り続いているようだった…。浩平「…ふう…」ため息をつきながら、ソファーにもたれるように腰掛ける。しかし、あいつら(特に柚木)騒ぐだけ騒いでったな。浩平「…あとでおばさんに小言を言われるのはオレなんだぞ」散らかったままの部屋を眺めながら溜息をつく。 …でも、まあ。浩平「楽しかったからいいか…」ケーキもうまかったしな。テーブルの上に残ったケーキをひょいとつまみ口に運ぶ。ピンポーーーーーーン浩平「…ん?」ピンポーーーーーーンまずいな…おばさんもう帰ってきたのか…。ってそんな訳はないか。おばさんだったら、わざわざチャイムを鳴らしたりはしないしな。しかし誰だこんな時間に…。まあ、きっと長森だろうな。あいつ友達の家でクリスマス会やるって言ってたからな。なんか戦利品(食い物)を持ってきてくれたに違いない。浩平(ついでに片づけを手伝わせよう…)そう心に決め、オレはまだ酔いの抜けない体を起こして、ふらふらしながら玄関に向かった。浩平「開いてるぞ~」扉越しに呼びかける。 ……。かちゃ…。玄関のドアが開いて、案の定見知った顔が姿を現した。茜「……」浩平「よく来たな長森。まあ、あがってくれ」茜「……」浩平「どうした長森。今日はやけに無口だな」茜「……」茜の口から、ため息ともとれる白い吐息が漏れる。浩平「相変わらず冗談の通じない奴だな…」折り畳んだ傘からは、水滴がしたたり落ち玄関に小さな水たまりを作っていた。その後ろからは、強い雨の音が絶え間なく響いている。浩平(途中で引き返してきたのか…)茜「…あがってもいいですか」浩平「ああ、構わないけどな」傘立てにピンク色の傘をさし、濡れた靴を玄関に脱ぐ。茜「少し濡れてますけど、いいですか…」浩平「気にするな」茜「おじゃまします…」玄関にあがる茜。浩平「いったいどうしたんだ?」オレの問いに、振り向いて答える。茜「…後かたづけを忘れました」それだけ呟いて、台所の方に向かった。カシャカシャカシャ…。台所から伝わる食器を片づける音。すでにリビングは見違えるように綺麗になっていた。浩平「…一人で大丈夫か?」茜「…はい」一言だけ、返ってくる。浩平「…手伝おうか?」茜「…いいえ」素っ気ない返事。浩平「…でも、大変だろ?」茜「…もうすぐで終わりますから」やがて、水道の音が消え、茜が姿を現した。茜「…終わりました」浩平「ありがとう。助かったよ」茜「…いえ」軽く目を伏せる。茜「…楽しかったですから」そう言った茜は、少しだけ笑顔だった。茜「…お邪魔しました」傘を持って、扉を開ける。浩平「…そうだ、家まで送っていくよ」その後を追うようにオレも玄関を出る。茜「……」静かにオレを見る茜に、拒絶の意志はなかった。雨に濡れる通学路。車のライトを浴びて、真っ黒なアスファルトが鮮やかな銀色に輝いていた。茜「……」特に言葉を交わすわけでもなく、茜と並んで歩く。まばらに立つ街灯の明かりをたどりながら、オレは雨の街を眺めていた。そこで、ふと茜が立ち止まる。浩平「…どうした?」茜「……」無言でゆっくりと歩む。茜が立ち止まった場所。その目前に広がる空き地に向かって…。茜「……」雨の降る空き地。その中心に向かって茜は歩いていた。浩平「……」水分をたたえた雑草が身体にまとわりつくのを払いのけながら、オレも茜の後を追う。茜「……」やがて、茜の歩みが止まる。そして、何もない虚空をじっと見つめる。浩平「……」その先に何を見ているのか…。オレには分からなかった。浩平「…ここで何をしてるんだ?」茜からの答えは期待していなかった。それでも、オレは訊ねずにはいられなかった。悲しみを背負い、寂しい場所に佇む茜。オレは茜を助けたかった。 …そして、茜もそれを望んでいるような気がした。茜「………です」茜の口が微かに動いていた。ゆっくりとオレの方を向いて、そして今度ははっきりと言葉を紡ぎ出す。茜「…待ってるんです」浩平「待ってる?」茜「…はい」浩平「…待ってるって、誰を?」茜「私の幼なじみ」茜「…この場所で別れた幼なじみを待ってるんです」冷たい雨が降り続いていた。傘の先を伝って水滴が流れ落ち、地面に浮かんだ水たまりに波紋を作る。茜「ここが最後にその人と別れた場所だから…」茜「私が好きだった人だから…」茜「だから、私はこの場所で待ち続ける…」得体の知れない焦燥感が沸き上がるのを感じていた。こみ上げる悲しみの感情。浩平「ここで再会の約束でもしてるのか?」茜「…してません」浩平「だったら、待ってても意味ないじゃないか」茜「…そうかもしれません」浩平「…それでも待ってるのか…」茜「…はい」浩平「…そんなに、その幼なじみの事を…」出かかった言葉を飲み込む。茜「……」辛かった。心を焦燥感が苛んでいた。何より、悲しかった…。そして、そんな自分の感情に戸惑っていた。浩平「…それにしても、今日はずいぶんと話をしてくれたな」茜「……」オレから視線を逸らすように、暗闇の雨を見る。茜「…たぶん」茜「…酔ってるんです」一際大きくなる雨の音を聞きながら、オレと茜のクリスマスは過ぎていった…。大きな悲しみを残したまま…。
因为宅而去日本,工作压力却让我基本脱宅。。。
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回复:新人来报到,送上小小礼物

目が覚めたとき、時間はすでに昼を大きく過ぎていた。そのことに気づいたのは、枕元の時計を見たときだった。薄暗い部屋。そして、窓を叩く雨の音。浩平(雨か…。道理で暗いはずだ)寝過ぎでふらふらする頭を静かに揺すりながら、ベッドから這い出る。そのまま、とぼとぼと窓際に寄りカーテンを引く。カシャーーー草色のカーテンを引くと、外の風景は案の定だった。濁った雲に覆われて、昼間だというのに、町の風景は夕暮れかそれとも早朝かという佇まいを見せていた。浩平(今年最初の雨だな…)去年最後の雨は、はっきりと憶えている。12月24日。クリスマスの日だ。4人で散々馬鹿騒ぎしたよな…。もっとも、実際に騒いでたのはその中の3人だけど。ほんの10日ほど前のことなのに、ずいぶん昔のことの様に思える。一応、去年の話だからなぁ…。ぱたんと窓を閉めると、雨音が遠ざかる。浩平(今日は、どうするかな…)これだけ寝ていたんだ、腹も空いてるはずなのに全く食欲がない。得体の知れない虚脱感に包まれながら、さっきまで横になっていたベッドに再び身体を預けた。視線だけを動かしてカレンダーを見る。1999年。由起子さんが、職場から貰ってきてくれた真新しいカレンダーだ。1月から3月まで、3ヶ月分を1枚にまとめた壁掛けのカレンダー。これ以上、このカレンダーをめくることはあるのだろうか…。そんな考えが、重くけだるい脳裏をよぎる。本当に、去年の喧噪が偽りの出来事のように思える。何が違うのか…。去年と何が違うのか…。ただ、今は冬休みで、クラスの奴らと馬鹿騒ぎすることもないだけだ。違うのはただそれだけだ。新学期が始まれば、また学校だ。そして、またお祭り騒ぎのような日常が始まる。去年と何も変わらない。くだらなくて、退屈で…。でも、楽しかった日常。 …そうなるはずだった。 …… 浩平「…だった?」オレは何を言ってるんだ…。 ……… 浩平「……ふぅ」雨音にかき消されないように、わざと大げさにため息をつく。やめよう。部屋に閉じこもってるから、よけい気分が重くなるんだ。こんな時こそ、外に出て思いっきり遊ばないとな。そう思いたち、怠い体を一気に起こす。まずは腹ごしらえだ。それから…。 ■長森でも誘う ■一人で出かける 長森を誘ってゲーセンにでも行くか…。服を着替えながら何となく目的を固めて、そのまま部屋を出た。受話器を取り、短縮ダイヤルのボタンを押す。プルルルル…… 遠くで鳴る呼び出し音。 ……プルルル…… …………ルルル… …カチャ浩平「あ、折原です。あの、長森は…?」浩平「……」浩平「…そうですか、1時間くらいで…」浩平「……」浩平「……いえそれなら結構です」通話ボタンをオフにして、台に戻す。浩平(…出かけてるのか) ■一人で出かける ■出かけるのを止める 仕方ない、一人で行くか…。小さな街だ、商店街のゲーセンにでも行けば一人や二人見知った奴に会うだろう。正月休みでまだ寝ているであろう由起子さんを起こさないように、静かに身支度を整え家を出た。一人で出てもつまらないしな…。今日はやめとくか。オレは台所で食い物を調達して、自分の部屋に戻った。そうだな、一人でゲーセンにでも行くか…。目的を固めつつ服を着替えて、オレは部屋を後にした。正月休みでまだ寝ている由起子さんを起こさないように、静かにドアを開ける。まだ雨が止みそうもないことを確認して、傘立てから傘を掴んで表に出た。部屋から眺めていたときよりも実際の雨足は強かった。身支度を整えている間に強まったのかも知れないけど…。とりあえず、当初の目的通り商店街に足を向ける。浩平(まずは、腹ごしらえでもするか)浩平(ゲーセンはその後だな…)小降りになる気配すらない厚い雲を、傘の合間から見上げる。浩平(寒いな…)浩平(今日は特に…) ……… ファーストフードで朝食兼昼食を済ませて、その足でゲーセンへ。しかし、正月のテレビに飽きた連中でにぎわう場所にも、見知った顔はなかった。 ……… そのまま財布の中身が底をつくまで待ったが、結局知り合いに会うことはなかった。ゲーセンで時間をつぶした後、もやもやした気持ちを引きずりながら帰路につく。未だに消えることのない焦燥感に苛まれながら、重たい足を引きずる。雨を浴びて冷たくなった靴が、より一層不快感を煽っていた。もやもやした気持ちの正体にも気づかないまま、オレは傘を深くかぶって住宅街を抜ける。ふと顔を上げると、そこはあの空き地の前だった。 …雨に打たれるむき出しの地面。 …無意味にうち捨てられたコンクリートの固まり。 …そして。茜「……」浩平「…茜」ピンク色の傘を斜めに差し、降りしきる雨に包まれる少女。茜「……」浩平「どうしたんだ…」こんな所で?そう言いかけた口をつぐむ。人を待っている。この場所で別れた幼なじみを待っている。 …あのクリスマスの日。茜は確かにそう言った。茜「浩平」オレの声に気づいた茜が、オレの方へと視線を向ける。茜「…どうしたの?」浩平「…いや、ただ通りがかっただけだ」茜「ゲームセンターの帰りですか?」浩平「どうして分かったんだ」茜「…何となくです」浩平「そうか…」茜「…あけましておめでとうございます」浩平「今年初めてだったな、茜と合うのも」茜「…はい」浩平「じゃあ、オレも…おめでとう」茜「…はい」 …そのまま、お互い視線だけを交錯させて佇む。浩平「…茜、寒くないか…?」茜「…寒いです」浩平「…風邪引くぞ」茜「…はい」オレの眼を見て、小さく頷く。浩平「だったら、帰ろう」茜「……」視線はそのまま、しかし返事はなかった。   待っている   この場所で別れた幼なじみを待っている浩平「その幼なじみと会いたいんだったら、方法なんていくらでもあるだろ…」浩平「無意味にこんな場所で待ってなくても…」茜「…これだけなんです」冷えきった唇を震えるように動かす。茜「私ができることはこれだけなんです」浩平「…どうして…」冬の冷たい雨。白い空気と共に声を吐き出して。悲しくて。浩平「そんな、帰ってくるのかも分からない奴を…」茜「……」ゆるりと首を横に振る。したたり落ちる雫が、茶色に濁った水たまりに落ちて、波紋を形作った。茜「あいつ、傘持ってなかったから…」茜「濡れると風邪ひくから…」浩平「……」茜「…それだけです」浩平「……」その言葉で、オレはすべてが分かったような気がした。去年のあの雨の日から、オレの中に降り続ける焦燥感。   「待ってるんです」朝、窓を開けたときに初めて気づく、知らない間につもっていた雪のように…。   「人を待ってるんです」オレは、ただ悲しかった。 …そう、オレはあのクリスマスの日…。悲しかったんだ。でも、その時はどうして悲しいのかも分からなかった。自分の感情さえも分からなかった。浩平(…オレは)オレは…茜がどうしようもなく好きだったんだ。だから悲しかった。ただ、それだけだった…。茜「…ごめんなさい」立ち去り際、雨に混じって聞こえたのはそんな言葉だった。それが、誰に対しての謝罪なのか、オレには分からなかった…。結局この日の雨は夜になっても止むことはなかった。長森「早くっ早くっ!」浩平「そう急ぐなよ。これだけ濡れたんだから、急いだって一緒だろ」長森「そんなことないよっ! 急いだら濡れないよっ!」浩平「オレはこう見えてもあきらめがいい方なんだ」長森「浩平がよくっても、わたしが嫌だよっ」浩平「しょうがない奴だな…」姿勢を低く、そして、一気に走り出す。長森との距離をあっという間に埋めて、そのまま追い越して行く。長森「速いよぉっ!」浩平「濡れるの嫌なら走れっ」後ろから聞こえる長森の悲鳴を振り向かずに返して、学校に向けて一直線に走る。長森「……浩平っ」後ろから必死でついてくる声。でも、それも少しずつ遠ざかる。浩平「ふぅ…ここまで来れば安心だな」パタパタパタ…。後ろから足音が聞こえる。みさき「…ふえーん」振り返ると、みさき先輩が昇降口に駆け込んできた。浩平「先輩も傘忘れたのか?」みさき「…あ、浩平君?」制服についた滴をぱたぱたと払い落としながら、オレの方に向き直る。みさき「おはよう。浩平君」浩平「ああ、おはよう…」みさき「雨、嫌だよね」みさき「いっぱい濡れちゃったよ」鞄についた水滴を、ハンカチでぱたぱたとふき取りながら、困り顔で呟く。浩平「本当参ったよ。急に降り出すんだからな」浩平「天気予報ではそんなこと言ってなかったのにな…」みさき「うん」浩平「少しでも降るって訊いてたら、折りたたみの一つも持って来るんだけどなぁ…」みさき「ほんとだね」浩平「…って、よく考えたら、先輩の家すぐ前だろ」みさき「そうだよ」浩平「家出るとき、もう雨降ってたんじゃないか?」みさき「朝ごはん食べてる時から降ってたよ」浩平「だったら、傘差してくればいいのに…」みさき「走ったら健康にいいかなって思ったんだよ」浩平「走るのはともかく、濡れるのは身体に良くないと思うけどな…」みさき「そうだね」浩平「相変わらず、行動原理が変だな…先輩は」みさき「そんなことないよ」浩平「じゃあ訊くけど、今日の朝飯なんだった?」みさき「食パン、1斤」浩平「…1斤って普通はこういうときに使う単位じゃないぞ」みさき「それで、おなかいっぱい」浩平「…倒れるって、普通は」みさき「あ、でも走るのは健康にいいよ」浩平「その前に風邪ひくって」みさき「うーん、それもそうだね」とても残念そうだった。みさき「あ、じゃあ、そろそろ行くね」浩平「ああ、またな先輩」みさき「うん。ばいばい、浩平君」手を振って廊下を歩いていく先輩。その姿が消えたところで、後ろから、荒い息が聞こえる。長森「ひどいよぉ…浩平」浩平「遅いぞっ、長森」長森「浩平が速いんだよ」浩平「さ、オレたちも行くぞ」長森「靴履き替えるから、待ってよ」浩平「…じゃあな、長森、先いってるから」長森「浩平っ」 ■待ってやる ■さっさと教室に向かう 浩平「…ああ、分かった分かった。待っててやるから早く履き替えろ」長森「う、うん」浩平「…はぁ…やれやれ」結局こうなる。これが幼なじみの腐れ縁って奴だな。 …幼なじみか。   「待ってるんです」 ……。長森「もういいよ」浩平「……」長森「浩平?」浩平「…ああ、訊いてる」浩平「じゃあ行こうか…」教室へと向かうオレ。その後ろをついてくる長森。所々雨の滴の浮かぶ廊下を、教室に向かって歩く。浩平「先に行ってるぞ」長森「…ちょちょっと待ってよ」浩平「ゆっくり行ってるから、すぐに追いつくだろ」長森「…う、うん」靴と格闘する長森を残して、廊下を歩く。やがて長森も追いついて、ふたりで教室に入った。オレたちが後ろのドアから入るとほぼ同時に、前のドアから担任の髭がのっそりと教室に現れた。担任「んあー、早く席に着けっ」その声が響くと、教室のあちこちに散らばっていた生徒が、一斉に自分の席へと向かう。オレたちもその集団に紛れて自分の席へ。担任「んあー、ごほん!」全員が席に着いたところを見計らって、髭がわざとらしく咳払いをする。担任「では、出席をとるぞ」そしていつものように、出席簿をめくりクラスを見回す。太い指で、出席簿に張り付けられた座席表を差しながら、開いている席を探す。担任「…ん? 里村は休みか?」視線と指が同時に止まる。その視線の先。確かに、茜の席には誰もいなかった。担任「…連絡はなかったしなぁ…遅刻か…」独り言のように(実際独り言なんだろうけど)ぼそぼそと呟き、出席簿になにやら書き込む。担当「じゃあ、ホームルームは以上。1時間目担当の先生がこられるまで、教室から出ないように」ぱたん、と出席簿を閉じて教室を出ていく。担任「…一応電話してみるか…」最後にもう一度独り言を囁いて、廊下に出ていった。長森「…里村さん、どうしたんだろ」髭が教室を出ると同時に、再び生徒達が席を立って思い思いの場所に散る。それに紛れて、長森もオレの席にやってくる。浩平「どうしたも何もただの遅刻だろ?」長森「でも、里村さんが遅刻なんて珍しいよね」浩平「…言われて見ればそうだな」長森「里村さん、休みなのかな」浩平「どうだろうな…」本当に風邪でもひいたんじゃないか…。そんな気もしてきた。詩子「でも、茜が休むってのも滅多にないけど」浩平「確かにな」浩平「…って、何やってんだっ、柚木!」詩子「そんなの当然じゃない」詩子「親友として茜を心配してるのよ」浩平「そうじゃなくて、どうしてお前がここにいる!」詩子「居たらいけないの?」浩平「あ、た、り、ま、え、だ」詩子「暇だったのよ」浩平「暇でも来るなっ。…いったいいつの間に忍び込んだんだ」詩子「ホームルーム始まる前からいたけど、あの担任何も言わなかったよ」髭の眼は本当に節穴か…。長森「気づかなかったんだね。きっと」浩平「…普通絶対に気づくだろ…こんな格好の奴が混じってたら…」詩子「不思議よね」浩平「お前が言うなって…」詩子「折角だから、授業受けていこうかな」浩平「今すぐ出て行け」びしっ、と廊下を指さす。詩子「でも、1時間目の先生が来るまで外に出るなって…」浩平「安心しろ、誰もお前には言ってない」詩子「ひどいよ…」浩平「しおらしくしても駄目だ、出て行け」詩子「…うー」浩平「すねても駄目だ」詩子「……あれ?」オレ前の席を見て、素っ頓狂な声を上げる。浩平「…どうした…?」詩子「あ、ほらっ! この人、この人っ」柚木が、(関わりたくないので無視を決め込んでいた)七瀬を指さしながら騒ぎ立てる。浩平「…何が…」詩子「ほら、前に言ったでしょ。他校の生徒が歩いてたって」七瀬「……」詩子「この人よ、絶対に」七瀬「……はぁ」背中を向けたままため息。その気持ちは分かるぞ。浩平「こいつはこの学校の生徒だ」詩子「そうなの?」浩平「転校して来たんだよ。だから、これは前の学校の制服だ」詩子「そうなんだ……あたしも転校しようかなぁ」浩平「やめてくれ、縁起でもない」詩子「どういう意味よ…」浩平「言葉通りだ」詩子「…うー」浩平「とにかく、1時間目の担当が来る前にさっさと出て行け」詩子「…うー。わかったよ…」詩子「それにしても、茜もひどいよね」詩子「折角、幼なじみが久しぶりに訊ねてきたのに休みなんて…」浩平「全然久しぶりじゃないだろお前はっ!」ちなみに、こいつが現れるのはここのところ毎日だ。詩子「じゃあ、またね」渋々、といった感じで、廊下に出て行こうとする。 …が、途中名残惜しそうに何度も振り返る。オレがわざと目を合わさないようにしていると、やがて悲しそうに教室を出ていった。そして、入れ替わるように1時間目の担任が現れて、教室は再び静寂に包まれた。その時、ふと柚木の言葉が引っかかった。   『幼なじみ』そうだ、こいつは茜の幼なじみだったんだよな…。 ■呼び止める ■放っておく …やっぱり止めておこう。すんなり帰ると言ってるんだ、このまま平和に見送ろう。やがて1時間目の担任が姿を見せ、教室は再び静寂に包まれた。浩平「待て、柚木」ふと思い立って、(本当は嫌だけど)柚木を引き留める。詩子「ここに居ていいの?」浩平「場合によっては考えてやらないこともない」詩子「…?」浩平「ちょっと、お前に訊きたいことがあるんだが」詩子「なに?」浩平「…ここだとなんだから、廊下に行こう」長森「もうすぐ、1時間目が始まるよ」浩平「すぐ戻る」長森「すぐって言っても、あと1分もないと思うよ」浩平「もし間に合わなかったら、代返頼む」長森「そんなの無理だよっ」浩平「じゃあな」柚木を連れて、そのまま廊下にでる。詩子「…ちょちょちょっと、引っ張らないでっ」柚木を廊下に連れ出す。こいつに尋ねたいことがあったからだ。茜にとって幼なじみということは、柚木にとっても幼なじみということだよな…。詩子「…それで、何の相談? お金の都合意外なら訊くよ」浩平「茜のことだ」詩子「茜?」浩平「お前、茜の幼なじみなんだよな」詩子「自慢じゃないけどね」そりゃ確かに自慢じゃないだろう…。浩平「いつ頃からのつきあいなんだ?」詩子「幼稚園くらいかな」浩平「だったら、訊くけど……茜の幼なじみにもう一人心当たりがあるだろ」詩子「…もう一人?」小首を傾げて、思案している様にも見える。浩平「名前は訊いてないけど、茜の幼なじみだったら、お前にとっても幼なじみだろ?」詩子「……」浩平「……」詩子「…だれ?」浩平「誰って……だからお前と茜の幼なじみだろ?」詩子「知らないよ。他に幼なじみなんて」 ……え?浩平「嘘だろ…」詩子「あたしは正直者で通ってるんだけど」 …どうしてだ…?詩子「うー、無視しないでよー」浩平「本当に心当たりがないのか…?」詩子「本当にないよ」 …どういう…ことなんだ…。詩子「でもね、茜の幼なじみだからって、あたしが絶対に知ってるとは限らないでしょ?」浩平「そうなのか…?」詩子「それは確かにあたしと茜は幼稚園、小学校、中学校と同じ学校だったけど」詩子「でも、クラスが一緒のことってあんまりなかったから。お互いのクラスメートとかはほとんど知らないよ」確かに……言われてみればそうなのかもな……。浩平「そうか…分かった」詩子「それがどうかしたの?」浩平「いや、別になんでもない」詩子「…これであたしは教室にいてもいいの?」 ■分かった、好きにしろ ■ダメだ出ていけ 浩平「分かった、好きにしろ」詩子「わーい」素直に喜んで、教室に入っていく。詩子「折原の席借りるねっ」浩平「やめろっ!」詩子「あの席だったら、違う制服が並んでカラフルだと思ったのに…。浩平「…カラフルにしてどうなる」詩子「仕方ない、茜の席に座ってよっと」元気に教室に戻る柚木。浩平「…なんなんだあいつは」呆れながらオレも教室に戻ろうとしたとき…。浩平「駄目だ、出て行け」詩子「嘘つきー」浩平「場合によってはって言っただろ」詩子「詐欺師ー」浩平「お前だって不法侵入だろ」詩子「折角貴重な情報を提供したのに…」浩平「何も提供してないだろ!」詩子「…じゃあ、あたしはもう帰るね」浩平「おっ、今日はやけに素直だな」詩子「茜が来てないのなら、あんまり楽しくないしね」浩平「帰れ。今すぐ帰れ」詩子「またねー」浩平「二度と来るなっ」詩子「あ、そうだ」なぜか戻ってくる詩子。詩子「ごめん、教室に傘忘れちゃった」詩子「取りに行ってもいいかな?」 ■ダメだ! ■分かった… 浩平「ダメだ、今すぐ帰れ」詩子「…そんなのひどいよ」浩平「お前は教室に入ったら、そのまま居着くだろ」詩子「そんなことしないよ…」浩平「そにかくダメだ! 今すぐにでていけ」詩子「…うー」仕方なさそうに、すごすごと昇降口に向かう。浩平「…ちょっと言い過ぎたかな」さすがに少し反省しながら、教室に戻ろうとした時。浩平「分かったから、さっさと取ってこい」詩子「ありがとう」そういって、教室に戻り傘を掴んで出てくる。詩子「じゃあ、今度こそ帰るね」笑顔で手を降る柚木を無視して、さっさと教室へ戻ろうとした時。先生「…家は出たんですか?」担任「あー、それは間違いないそうです」廊下の端で、1時間目の担当と、髭が話し込んでいた。その声の雰囲気から、何か深刻な話のようにも思えた。思わず足を止めて、聞き耳を立ててしまう。先生「それは、いつのことですか?」担任「8時過ぎだそうです」先生「里村さんは徒歩ですよね。だったら、とっくに登校しているはずですけど」茜のことか…? …それにしても、ちゃんと家を出たって…。先生「ただの遅刻ならいいんですけど」担当「じゃあ、そういうことでお願いします」先生「はい」話が終わったようだ。こっちに向かってくる髭から隠れるために、あわてて廊下の隅の柱に身を置く。窓のすぐ近く。その窓を叩くように降る、雨。雨…?まさか…な。 ……。 ■茜を探しに出る ■教室に戻る …そろそろ戻るか。廊下に立ってても仕方ない。教室に入ると、茜の席に人だかりができている。いつの間にかすっかりクラスに溶け込んでいる柚木だった。やがて1時間目の先生が入ってきて、いつものように授業が始まった。浩平(…なぜ柚木に気づかないんだ)窓ガラスにぶつかる横殴りの雨を眺めながら、溜息混じりに時間は過ぎていった。教室に入るオレを、何故か住井が出迎える。住井「おい、折原。柚木さんはどうした?」浩平「どうしたって…もちろん帰ったぞ」住井「…そうか…」浩平「がっかりしているように見えるぞ」住井「がっかりしてるんだ」浩平「どうしてがっかりすることがある」住井「お前はこういうことに疎いから、知らないかも知れないけど柚木さんは人気があるんだぞ」浩平「………は?」住井「一緒に授業を受けることができないとは残念だ…」 …オレは急にこのクラスがとても嫌になった。住井「次の人気投票では前回チャンピオンを脅かすかもな」縁起でもない台詞を残して住井は自分の席に座った。と、同時に1時間目の担任が姿を現して、いつものように授業が始まった。嫌な予感がしていた。いや、予感ではなく確信だったのかもしれない。浩平「先生、今日早退します」担任「おいっ、折原っ!」柱の影から飛び出て、髭の横を素通りして走り出す。廊下を走り抜けて、3段抜かしで階段を駆け下りる。その時、踊り場の窓から一瞬だけ外の景色が目に入った。中庭の木々が左右に大きく揺らぐくらいの強風。轟音と共に窓にたたきつけられる大雨。季節はずれの嵐だった。雨と泥で汚れた昇降口を抜けて、そのまま外へ。その時になって、自分が傘さえも持っていないことに気づいたが、今さらそんなことに構っているわけにもいかなかった。詩子「…あれ? 折原君も帰るの?」昇降口にさしかかったところで、ばったり柚木とであった。浩平「茜を探しに行って来る」詩子「…え?」雨と泥にまみれた昇降口を走り抜け、柚木を残してそのまま外に出る。詩子「そんな格好で外に出るの…?」心配げにオレを呼び止める柚木。浩平「時間がないんだっ」詩子「だったら、これ持っていっていいよ」そういって傘を差し出す。詩子「傘くらいはないとね」浩平「…でも、いいのか?」詩子「事情はよくわからないけど、茜の為なんでしょ?」浩平「……」詩子「だったら、遠慮なく持っていって」浩平「…助かる」オレは差し出された傘を無造作に掴んで、昇降口を走り出た。後ろからは、柚木の声援が聞こえたような気がした。 …はぁ…はぁ。傘も差さずに、制服姿で街中を走り抜けるオレを、傘を差した通行人が奇異の表情で振り返る。1分でも、1秒でも早く。 ……… 風が吹いていた。びゅうびゅうと不快な音を引きずりながら、その勢いは確実に強くなってる。横殴りにも近い雨。一歩が重い。歩道を塞ぐように広がる水たまりを避けることなく駆け抜ける。靴に染み込んだ冷たい雨が、足を踏み込む度にからみついて、さらに焦燥感を煽る。視界は、薄いもやのようなスクリーンに覆われて、白く、濁っている。通い慣れたはずの通学路が、全く別の姿でオレの進路を阻んでいた。浩平(…くそっ!)自分がどうしようもなく無駄なことをしているのではないか?ただ惨めなだけじゃないか?頭の中で疼く考えをふりほどき、ただ、今は全力で走る。しかし、遮る物のないオレの身体に、横殴りの雨が容赦なく降り注ぎ確実に進路を阻んでいた。思うように身体が進まない。まるで水中でもがいているように、一歩が重かった。 ……。 ……そして。水しぶきの舞う住宅街。その中で、いつもと変わらない佇まいを見せる場所。オレと茜が初めて出会った場所。オレは躊躇せずその場所に足を踏み入れた。ぐにゃっ、と地面が大きく沈み込む。泥に足をとられながらも、かろうじてこの空間の中心に辿り着く。浩平「…居ない…のか?」その場所に人の姿はなかった。だけど…。オレの足下。そこには、見覚えのある色の傘が、泥と雨にまみれて無惨な姿をさらしていた。浩平「……」それは無力感だった…。どうすることもできなかった…。雨に体温を奪われながら、その場で佇む。微かに見上げた空は、黒く、そして冷たかった…。 …はぁ…はぁ。柚木から受け取った傘で視界にかかる雨を避けながら、街中をただ走る。そのただならぬ様子に振り返る通行人の姿を視界におさめながら、ペースを落とすことなく走り続ける。1分でも、1秒でも早く。 ……… 風が吹いていた。びゅうびゅうと不快な音を引きずりながら、その勢いは確実に強くなってる。横殴りにも近い雨。一歩が重い。歩道を塞ぐように広がる水たまりを避けることなく駆け抜ける。靴に染み込んだ冷たい雨が、足を踏み込む度にからみついて、さらに焦燥感を煽る。視界は、薄いもやのようなスクリーンに覆われて、白く、濁っている。通い慣れたはずの通学路が、全く別の姿でオレの進路を阻んでいた。それでもまだ、傘があるおかげで幾らかはましだった。浩平(……)自分がどうしようもなく無駄なことをしているのではないか?ただ惨めなだけじゃないか?頭の中で疼く考えをふりほどき、ただ、今は全力で走る。そして…。水しぶきの舞う住宅街。その中で、いつもと変わらない佇まいを見せる場所。オレと茜が初めて出会った場所。居るのか…。ここに居るのか…。視界が濁ってよく見えない。居ないのなら、それでいい。 …… …だけど。 …その場所に。茜「……」 …茜は立っていた。傘も差さずに、両手をぶらんと力無く下げて。浩平「…茜っ!」上空から頭を押さえつけられるような大粒の雨に遮られて、その表情までは伺うことができない。浩平「…あかねっっ!」声が届いているのかさえ分からない。それでも懸命に、ぬかるんだ地面を蹴って、茜の元に駆け寄る。茜「……」ばしゃばしゃと沼地の様な地面を蹴り上げ、少しでも茜との距離を詰める。茜「……」微かに、本当に微かに茜の唇が言葉を紡いだ様な気がした。浩平「…あかねっ! こんな所で何やってんだっっ」手を伸ばせば触れることができるくらい間近で、茜の名前を叫ぶ。茜「………よ…かった」浩平「茜…っ!」茜「…よかった……帰ってきてくれた……」浩平「おいっ! 茜っ! しっかりしろっ!」茜「……もう…どこにもいかない…」焦点の合わないうつろな瞳でオレを見上げる。浩平「あかねっ…!」ぷつっと糸が切れた人形のように、茜の身体がオレの方に寄りかかる。浩平「あかねっ! あかねっっ!」薄れ行く茜の意識に呼びかけるように、強く、強く、名前を呼ぶ。茜「……」返事は、なかった。力無く預けた身体は、折からの冷たい雨にさらされて、氷のように冷たくなっていた。微かな脈動さえも感じない身体を抱きしめて、茜の名前を呼び続けた。茜の意識が完全に閉ざされるまで…。 … …… ……… … …… ……… コンコン…。 …… コンコン…。 …… できるだけ小さく、自分の部屋をノックする。コンコン…。 …… 返事はなかった。浩平「…入るぞ」オレは、少し躊躇した後ノブを回して、ゆっくりと扉を開けた。茜「……」浩平「…目、覚めてたのか?」それとも今のノックで覚めたのか…。茜「……」茜はうんともいいえとも言わずに、入り口に立つオレの姿をただ見つめていた。茜「……」状況が理解できていないようでもあった。浩平「倒れたんだよ。あの空き地でな」できるだけ穏やかに、言い諭すように話をする。茜「……」それでも微動だにすることなく、じっとオレの顔を見上げる。感情のない瞳で。浩平「…ここはオレの部屋だ」浩平「本当はお前の家に連れていってやりたかったんだけど、場所知らないからな」茜「……」浩平「汚い部屋だけど、それは我慢してくれな」茜「……」ここでやっと茜が首を動かす。オレから視線を離して、見慣れない部屋を眺める。茜「……」そして、その視線が自分の来ている服を見て止まる。浩平「言っとくが、服を着替えさせたのはオレじゃないからな」茜「……」浩平「前に一度話しただろ? おばさんと一緒に住んでるって」茜「……」浩平「その人に頼んで着替えさせて貰ったんだ」浩平「さすがにあの格好のまま放っておくわけには行かないからな」茜「……」浩平「パジャマもその人のだ」茜「……」浩平「…制服、ここに置いておくから」オレは手に持っていた茜の制服を、椅子の上に置く。乾燥機で由起子さんが渇かしてくれた物だ。茜「……」浩平「…じゃあ、オレは出て行くから」浩平「あ、そうだ。茜、寒くないか?」茜「……」ふるふるとゆっくり首を横に動かす。浩平「よかった。オレは下の階に居るから、何かあったら呼んでくれていいから」茜「……」こくん、と頷く。浩平「気分が良くなるまで、ベッド使ってていいぞ」浩平「じゃあな」背中を向け、再び扉を開ける。 ……。立ち去り際…。浩平「…それからな、茜」茜がゆっくりとオレの方に視線を戻す。浩平「お前は…ふられたんだ」茜「……」浩平「……」茜「……」茜「…は…い」か細い声。ちょっとの音にもかき消されそうな心細い声。浩平「……」オレはそのまま茜を一人残して、部屋を出た。閉ざされた扉の向こうから、今にも泣き声が聞こえてきそうで…。それが嫌で……オレは扉の前を離れた。 ……… …… … 誰もいないリビングで、ソファーに深く腰かけ何気なく天井を眺めている。考えることはいくらでもあった。でも、今はとりあえず茜が元気になってくれればそれでいい。 ……… …… … ぱたん、と音がして不意にリビングの扉が開いた。茜「……」いつもの制服を着込んだ茜が、そこに立っていた。浩平「茜…もういいのか?」茜「…はい」力なく、それでもさっきよりははっきりと頷く。茜「…大丈夫です」浩平「どうせこんな時間だ、もっと寝ててもいいのに」時計を見ると、3時を少し回っていた。ちょうど6時間目の授業が終わったところだな。浩平「学校と家には、おばさんが連絡してたから」茜「……」浩平「大丈夫。ちょっと気分が悪くなっただけって言ってあるから」女性からの電話だったので、茜の親も安心したんだろう。茜「…迷惑でしたよね」浩平「今度倒れるときは、家の近くで雨の降ってない時にしてくれると嬉しい」茜「…はい」浩平「お前を運ぶのは大変だったんだからな」茜「…どうやって運んだんですか?」浩平「それは、もちろんオレが抱きかかえて…」茜「……」浩平「いや…実は、由起子さんに車で来て貰ったんだ」茜「…ゆきこさん?」浩平「ああ、おばさんのことだ」浩平「会社に行くところだったのを捕まえてな」茜「…今は?」浩平「服を着替えさせて、制服を乾燥機に放り込んだらすぐに出ていった」茜「……」浩平「もし、今度会うことがあったら、ちゃんと礼を言っとけよ」茜「……」茜「…ありがとう」顔を伏せ、ぽつりと呟く。浩平「オレに言ってどうする…」茜「…ありがとう」顔を上げ、まっすぐにオレの向き直る。そして、茜はオレの目をじっと見ていた。涙を浮かべながら…。浩平「…茜?」茜「…本当に、ありがとう…」頬まで伝う涙を拭うことなく…。まっすぐにオレを見つめて…。茜は穏やかに微笑んでくれた。いつも通りの授業。茜一人欠けても、決まりきった日常が彩りを変えることはなかった。やがて授業が終わり、担任の口から茜が風邪で欠席だと告げられる。窓の方を見ると、朝からの雨は未だに弱まることなく降り続いていた。4時間目の終了。そして今日は土曜日。つまり、これで今日の授業はすべて滞りなく終わったと言うことだ。昼からは自由な時間。クラスの奴らも、それぞれ思い思いに約束を交わしている。そんな中、オレもある決意を秘めて席を立った。浩平「ちょっと待った茜」昇降口にて、下校途中の茜を捕まえ、声をかける。茜「…なんですか?」ロッカーに伸ばす手を止めて、オレの方に向き直り返事を返す。浩平「これから、デートしないか?」茜「…デート?」?の表情でオレの言葉を繰り返す。浩平「せっかくの土曜日だし」茜「…嫌です」速答だった。浩平「…せめてもう少し話を聴いてから答えてくれ」茜「……」 ■待ち合わせ場所の説明 ■デートコースの説明 浩平「待ち合わせ場所は、あの公園でどうだ?」茜「…どうだ、と言われても困ります」浩平「嫌か…?」茜「…嫌です」浩平「それならどこならいいんだ?」茜「どこでも嫌です」浩平「いつからそんな冷たい奴になったんだ」茜「……」浩平「とりあえず、オレは待ってるから」茜「…行かないです」浩平「その時は、目的をデートから散歩に切り替えて、一人で公園でも歩くからいいけどな」茜「…はい」浩平「…でも、できれば来てくれると嬉しいけど」茜「…嫌です」 …はぁ。心の中でため息をつく。予想していた答えとはいえ、こうはっきり言われるとやっぱり悲しい。浩平「一応待ち合わせ時間だけど…」茜「…嫌です」浩平「できれば最後まで喋らせてくれ」茜「…嫌です」浩平「……」茜「……」浩平「……」茜「…分かりました。どうぞ」浩平「…時間は2時」茜「…はい」頷く。茜「…でも行きません」浩平「その時はさっき言った通り、散歩でもするつもりだ」茜「…はい」浩平「じゃあ、オレは着替えてから行くから」浩平「デートといっても、商店街をうろついて、映画見て、うまい物を食って…」浩平「…と、何のひねりもないコースなんだけど」茜「……」浩平「どうだ…?」茜「…嫌です」浩平「そんなにはっきりと言わなくても…」茜「…嫌です」もう一度繰り返す。浩平「とりあえず、オレは待ってるから」茜「…行かないです」浩平「その時は、目的をデートから散歩に切り替えて、一人で公園でも歩くからいいけどな」茜「…はい」浩平「…でも、できれば来てくれると嬉しいけど」茜「…嫌です」 …はぁ。心の中でため息をつく。予想していた答えとはいえ、こうはっきり言われるとやっぱり悲しい。浩平「場所は、この前の公園」浩平「時間は…そうだな…」浩平「2時でどうだ?」茜「…分かりました」茜「でも、行かないです」浩平「…その時はさっき言ったとおりだ」茜「……」浩平「じゃあな茜。オレは着替えてから行くから」茜「…さようなら」手を振るオレに、同じように軽く手を振る茜。オレはそのままロッカーで上履きを履き替えて外に出た。オレはそのまま、ロッカーで上履きを履き替えて外に出ようとする。茜「…待って」後ろから、オレを呼び止める。浩平「…どうした?」とんとんと、靴のつま先で床を叩きながら振り返る。茜「…どうして、私を誘ったんですか…」ためらいがちにそう訊ねる。浩平「茜のことが好きだから……だと思う」茜「……」茜「…行きませんよ」浩平「その時は…」茜「…散歩ですか?」浩平「ああ」靴の踵を指で直して、オレはもう一度きびすを返した。茜「……」そのまま外に出る。浩平「いい天気だ…」空を仰ぐと、雲一つない晴天。浩平(久しぶりに青空を見たような気がするな…)ぐうっと深呼吸のように伸びをする。そして、鞄を背負い直して家路についた。鞄をベッドの上に放り投げ、制服を脱ぎ捨てる。ハンガーから少し薄手の服を取り出し、それを羽織る。ズボンのポケットに財布を突っ込んで準備完了。念のためにポケットをぱんぱん叩いて財布があることを確認する。浩平(…これでいいか)扉を開けて、廊下へ。そして一階へ降りる。 …茜とデートか。 …でも。浩平「絶対に来ないな」自信を持ってそういえるところが悲しい。 …本人も嫌だって言ってるしな。浩平(…でも)それでも確かめたかったんだ…。茜の気持ちを。浩平「……」台所の戸棚から菓子パンを一つ取り出して、それを腹におさめる。パンの包み紙をゴミ箱に放り込んで、オレは家を出た。公園のベンチに腰かけ時計を見る。1時30分。まだまだ時間はあった。青空を見上げて、ぐうっと背伸びをする。 … …… ……… … …… ……… 浩平「……ふぅ」今日何度目かの溜息をつきながら天井を仰ぎ見ると、大きく開いた屋根の隙間から雲が駆け足で流れていた。風が出てきたのか…。さっきまでは雲一つなかったのにな。もう一度溜息をつき、腕時計を見る。2時30分…。浩平「…案の上だよなぁ」思わず声が出てしまう。 ■待つ ■諦める 茜と二人で見つけたこの公園のベンチに座り込み人を待つ。身体を切るような冷たい風が、いつしか湿気を含んだなま暖かい風に変わっていた。空を覆う雲はさらに厚みを増しているようだった。浩平「……」視線を空から公園に移す。最初は土曜日の午後を楽しんでいたたくさんの学生も、怪しい雲行きを感じ取ったのか、さっさと屋根のある所へ非難していった。浩平「…つきあい悪いな」 … …… ………ぽつ… 膝の上で組んだ手に、一粒の指摘が落ちる。 ……ぽつ… 思わず見上げると、その顔にもう一滴。浩平「…最悪だな」ぽつぽつと、降り始めた雨は、見る見る間にその粒の大きさを増していった。やがて、点が線に変わる。空から落ちる水滴が、公園の地面を、ベンチを、瞬く間に覆ってゆく。浩平「……」一瞬で様変わりした公園の風景を、同じ場所から眺める。僅かに残っていた人も、雨宿りできる場所を求めて公園を出ていった。 …… 残されているのはオレ一人。 ■待つ ■諦める 頭からバケツの水をかぶった様な情けない風貌で、この場所に座り続ける。浩平「…なにやってんだろな…オレ」時間を確認しようとして腕時計を見る。しかし、その文字盤も雨に打たれて滲んでいた。浩平「せめて屋根くらいあればよかったのにな…」嘆きながら時計についた水滴を服の裾でふき取る。2時50分…。一瞬だけ表示された時間も、すぐに降りしきる雨の滴に閉ざされる。髪の毛を伝う雨が、コンクリートで舗装された地面にボタボタと流れ落ちていた。 ■待つ ■諦める 雨の降る場所で、冷たく打たれながら、来てくれるのかさえ分からない人を待つ。もし、今、誰かに『どうして待ち続けているのか』と問われたら、オレはなんて答えるんだろうな…。浩平「……」オレも人のこと言えないな…。無意味に待ち続ける、滑稽な姿。誰もいない場所で…。雨に打たれて…。来るはずのない人を…。 …… 来るはずのない人…。 …… だから…。雨の向こうにその姿を見たときは、見間違いだと思った…。居るはずなんてないと思っていたから…。オレの所に来るはずないって…。そう思ってたから。浩平「…来る場所間違ってないか…?」茜「…あってます」あのピンク色の傘を差して、オレの元に来てくれた茜。浩平「…どうして、来てくれたんだ?」浩平「来ないって言ってたのに…」すぐ隣に立ち、オレの身体を覆うように傘を差す茜。茜「…傘、持ってないと思ったから」茜「風邪…ひくと思ったから」茜「……」茜「それだけです…」浩平「…そうか」オレの側に居てくれた人。雨のフィルター越しに、その姿を見る。浩平「…傘さしてた割にはずいぶん濡れてるな」茜「…走ったから」オレの方を見ることなく、落ち続ける水滴を眺める。茜「走ってきたから」浩平「まったく…それだけ濡れてたら傘持ってる意味ないな」茜「…そうですね」少し微笑んだような気がした。浩平「そんなことやってると、また倒れるぞ」茜「…その時は、浩平がまた助けてくれます」浩平「オレまで倒れたらどうするんだ」茜「そうですね」浩平「そうですね…じゃないだろ」濡れたベンチからすっと立ち上がり、茜の正面に立つ。浩平「まったくお前は…」それでも下を向き続ける茜。茜「…私は、馬鹿ですから」浩平「ほんとにそうだ」茜「はい」頷き、そして顔をあげる。浩平「…茜」茜「…はい」浩平「ありがとうな」茜「……」オレの元に来てくれたことに…。オレを選んでくれたことに…。茜「いいんです」茜「私は……ふられたんですから」はじめて見る満面の笑顔と共にささやいて、茜はオレの側で傘をさしてくれた。浩平「…ありがとう」もう一度だけ、感謝の言葉。オレの正直な気持ちだった。浩平「…今日はもう帰ろうか」浩平「さすがにこの姿で映画もないだろう」茜「はい」浩平「じゃあ、家まで送っていくよ」茜「……」浩平「どうした、茜?」茜「こんな時、普通は傘を持ってくれるものです」浩平「ああ、そう言えばそうか」オレに雨がかからないように、窮屈そうに傘を支える茜。どうしても身長差がある分、辛い体制ではある。浩平「悪かったな」茜の側により、傘を受け取る。茜「……」オレの顔をじっと見つめる茜。浩平「…どうした」雨に打たれて、べったりと張り付いた髪。流れる雫が全身をぬらし、儚げに立ちすくむ。そして、潤んだ瞳で健気にオレを見上げる。オレはそんな茜が愛おしいと思った。心の底から…。茜「こんな時…」茜「…普通はうつむいてくれるものです…」浩平「はは、そう言えばそうだよな」茜「…はい」オレは傘を持ったまま、茜の凍えそうな唇に顔を寄せる。茜も精一杯背伸びをするように顔を近づけ…。そして…。初めて交わすキス。冷たい雨に濡れたその唇は、想像していた以上に冷たかった。茜の唇から熱い吐息が漏れ、何かの言葉を紡ぐ。『…どこにも行かないですよね』 ……。 …頷きたかった。 …ほんの少しでも、首を縦に振りたかった。 …茜を、大好きな人を安心させたかった。 …だけど。   あるよ …その時のオレは。   えいえんはあるよ …固まったように、頷くことさえできなかった…。 …… 見上げると、雨で張りついた前髪から滴がしたたり落ちた。冷たい雫。急速に失われて行く体温。浩平「……馬鹿みたいだよな」自虐的に呟く。見上げた空は暗く重く冷たく…。そして、どこか懐かしかった。見ていると、どんどん天井が近づいて見えて…。手を伸ばせば届きそうで…。気がついたとき、オレは雨を拭うこともなく天井を見上げていた。そして、時間が過ぎていく…。冷たい雨にうたれながら…。最後までたった一人で…。帰ろう…。そう思った。これ以上無意味に待っていることが耐えられなかった。それは、オレが茜に言った言葉の裏返しだから。待ち続けることの無意味さ。待ち続けることに意味はないはずだ。だから、オレはこの場所を立ち去った。そして帰路についた…。約束通り散歩を楽しむことはなかったけど。
因为宅而去日本,工作压力却让我基本脱宅。。。
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回复:新人来报到,送上小小礼物

カシャーーーーカーテンを開けると、眩しいくらいのすがすがしい光が差し込む。そして、その光が窓ガラスに反射して虹のように鮮やかな色彩を帯びていた。今日から3月。暦の上では春。いや、今日に限れば、実感できる暖かさも春そのものだ。昨日までの寒かった日々が嘘のように、今日は暖かく穏やかな日和だった。オレは手早く制服に着替えて、鞄を肩に背負った。そして、よく晴れた空に向かって、もう一度深呼吸する。ちょうどその時、階下から、ぱたぱたと階段を駆け上がる足音。いつものように、お節介な幼なじみが部屋の扉を開ける。その音を合図に、今日も平穏で退屈で、そして幸せな1日が始まった。先生「…以上が学期末試験の出題範囲だ」先生「特に今日配ったプリントは重要なので、しっかり勉強しておくように」その声につられるように、配られたプリントを手に持つ生徒達。かさかさと藁半紙のこすれる音。そして6時間目の終了を知らせるチャイムの音。先生「それでは、今日はこれで終わり」チョークの入った箱を持って、教室を出ていく先生。教室のあちこちで一斉に雑談が始まる。 …今日はいい天気だからな。学校帰りに寄り道するには最高だ。茜「…浩平」窓のガラス越しに外を眺めていたオレに、茜が声をかける。浩平「いい天気だなぁ」茜「…はい」オレと同じ空を見上げて、眩しそうに瞳を細める。茜「浩平…今日は何か予定がありますか?」 ■なにもない ■一応ある 浩平「なんもない」茜「…どこかに行きませんか?」浩平「ああ、オレもそのつもりだった」浩平「一応あるぞ」茜「…そう」心底悲しそうに俯く。そして、とぼとぼと自分の席に帰って行く。 ■そのまま見送る ■考え直して呼び止める こんないい天気の日に茜と過ごせないのは残念だけど、でも仕方ない…。それに、オレに断られてがっくりとうなだれる茜の姿が嬉しかった。鞄を持って席を立つ。浩平「今度ワッフルおごってやるから、それで許してくれな」教室をでる間際に謝っておく。茜「…嫌です」拗ねたように横を向く茜。オレは苦笑しながら、廊下に出て歩き出した。茜の笑顔に見送られて。浩平「茜っ」茜「…はい」大きな声で名前を呼ばれて、少し気恥ずかしそうに茜が振り返る。浩平「考え直した。やっぱり今日は茜とデートする」茜「…デートとは言ってません」クラス連中の視線を浴びて、困り顔でオレの所に駆け寄る。浩平「とにかく、今日は茜と一緒に居る」茜「…用事は?」浩平「気にしない」茜「…いいんですか?」浩平「じゃあ、やっぱりやめようか…」茜「…嫌です」浩平「だったら気にせず今日は楽しもうな」茜「…はい」浩平「で、どこがいい?」茜「…商店街がいいです」浩平「商店街か…」そういえば、山葉堂のワッフルに新メニューができたってクラスの女子が騒いでたな。となると、茜もそれが目当てだな。つきあってみて気づいたことだけど、茜はとにかく甘い物に目がないらしい。浩平「よし、それなら山葉堂でワッフルでも食おうか」茜「…はい」嬉しそうに(と言っても表面上はあんまり変わらないけど)頷いて、無邪気で子供っぽい笑顔を覗かせる。甘党で、可愛い物が好きで…。そのことを茜に言ったら、横を向いて照れて…。浩平(…本当に普通の女の子だよな) …ちょっと、趣味がずれてることはあるけどな。茜「…どうしたの?」自然と考えが顔に出ていたらしい。茜が首を傾げてオレの顔をのぞき込んでいた。浩平「ということで、早速商店街に行くぞっ!」慌てて取り繕い、席を立つ。茜「まだ、HRがあります」浩平「面倒だから一緒にサボろう」茜「…嫌です」浩平「大丈夫だって」浩平「あの髭のことだ、もしかして生徒の半数がペンギンとすり替わってたとしても気づかないんじゃないか?」茜「…可能性はあります」浩平「そうだろ? だったらさっさと抜け出して…」担任「んあー、全員席につけ」いつの間にか、のそっとした動作で髭が教卓に立っていた。浩平「しまった、出遅れたか」茜「…悪いことはできないものです」浩平「うー、そうかもしれないなぁ」茜「…それでは後で」軽く会釈をして、自分の席に戻る茜。もう、茜の表情があの深い悲しみに彩られることはない。今の茜を見ていると、本当にそう思えるのだった。浩平「ちょっと暑いくらいだよな」遮られることのない春の日差しを浴びながら、オレと茜は走っていた。茜「…はい」学校を出て、商店街に向かう二人。浩平「やっぱり歩こうか?」茜との距離を縮めるために、その場で駆け足をしながら後ろを振り返る。茜「…大丈夫です」僅かにペースを上げ、オレの側に追いつく。それでなくても、この時間は学校帰りの学生で賑わう店だ。さらに新メニューとくれば行列どころか売り切れてもおかしくない。茜「…売り切れたら嫌ですから」浩平「そうだな、だったらもっと急がないとな」茜「…はい」茜「…急ぎます」そう言って、僅かにペースを早める。だけど、長いおさげが揺れて走りにくそうではあった。商店街に入り、目的の店に向かって脇目も振らず一直線に走る。やがて目的の店が見えてきた。ワッフルの専門店『山葉堂』だ。元々は知る人ぞしる名店だったのだが、雑誌やテレビで紹介されたこともあって、この時間帯は女子学生であふれ返すことになる。二人そろって行列の最後尾に並ぶ。浩平「…ふぅ…何とかだな…」茜「…はい」浩平「しかし、凄い人だかりだな」茜「…私たちも人のことは言えません」浩平「確かにそうだな」茜「…はい」浩平「そういえば、新しいメニューって何なんだ?」茜「…分かりません」浩平「なんだ、茜も知らなかったのか」茜「…はい」浩平「おっ、店先に何か張ってあるぞ? あれじゃないか?」茜「……」オレが指さす辺りをじっと見つめる茜。浩平「どうだ?」茜「…見えません」悲しそうに呟く。平均よりも少し背の低い茜では、前に並ぶ人の頭で店頭に張り出しているメニューは見えないようだった。それでも、背伸びをしたり、その場でぴょこぴょこ跳ねたりと、涙ぐましい努力をしている。茜「…やっぱり見えません」浩平「オレが読んでやるから…」茜「…はい」浩平「…えーっと…プレーンとチョコとアーモンドは今までもあったよな…」茜「…はい」浩平「新しいのは……ストロベリーとココナッツ」浩平「それから……なんだあれ…?」お品書きの一番下。そこに書かれていた謎のメニュー。浩平「砂糖をふんだんに使ったワッフルに、練乳を練り混んだ蜂蜜をたっぷり……って、想像しただけで口の中が甘ったるくなるな」茜「…ふんだんに砂糖…」浩平「甘党の人にお勧め……らしいけど、いくら何でも甘過ぎるだろ…」茜「…練乳と蜂蜜…」浩平「…どうした、茜?」茜の表情が輝いていた……様な気がした。茜「…それがいいです」浩平「マジか…?」茜「…はい」こくんと頷く。浩平「ここは無難にストロベリーあたりから挑戦してみないか?」茜「…嫌です」どうしても譲れないようだった。 ■分かった、それにする ■絶対にダメだ 浩平「まあ、茜がそういうのなら別に構わないけどな」茜「…はい」店員「いらっしゃいませ」順番が周り、レジの前に立つとバイトらしき店員がにこやかに応じた。店員「何になさいますか?」浩平「えーっと…その一番下のやつを4個入りの箱で…」店員「……えっ」その注文を口にした途端、店員さんの笑顔が凍りついた。 …ような気がした。店員「…かしこまりました、4個入り1箱ですね?」浩平「…ああ」しばらくして注文の品を受け取り、オレ達は列を抜け出した。浩平「絶対にダメだ」茜「…どうして?」不満そうに聞き返す。浩平「どうしてもだ」茜「……」浩平「…でも、まあ茜がどうしても食べたいと言うのなら」茜「…どうしても食べたいです」断言されてしまった。 ■分かった… ■それでもダメだ 浩平「…分かった、じゃあそれにしよう」茜「…はい」笑顔で頷く。この笑顔を見ることができただけでもよしとするか。そう思えるのだった。店員「いらっしゃいませ」順番が周り、レジの前に立つとバイトらしき店員がにこやかに応じた。店員「何になさいますか?」浩平「えーっと…その一番下のやつを4個入りの箱で…」店員「……えっ」その注文を口にした途端、店員さんの笑顔が凍りついた。 …ような気がした。店員「…かしこまりました、4個入り1箱ですね?」浩平「…ああ」しばらくして注文の品を受け取り、オレ達は列を抜け出した。浩平「やっぱり、絶対にダメだ」茜「……」茜「……分かりました」寂しそうに俯いて、それ以上茜が何かを言うことはなかった。店員「いらっしゃいませ」順番が周り、レジの前に立つとバイトらしき店員がにこやかに応じた。店員「何になさいますか?」浩平「えーっと…そのストロベリーを4個入りの箱で…」店員「かしこまりました、4個入り1箱ですね?」浩平「ああ」しばらくして注文の品を受け取り、オレ達は列を抜け出した。茜「…買えましたね」出来立てのワッフルが入った袋を嬉しそうにかかえる茜。浩平「じゃあ、早速食おうか」やっぱりこういうのは焼きたてが一番だからな。浩平「さて、どこで食うかな」この辺りで座って食えるところといえば、公園だろうな、やっぱり。茜「……」浩平「じゃあ、公園行こうか?」茜「…浩平の家がいいです」胸元にかかえたワッフルの袋に視線を落としながら、小さな声でそう言った。意外な言葉だった。浩平「オレの家か…でもどうしたんだいきなり?」茜がオレの家に行きたがるとは思わなかった。茜「おばさんは家に居ますか?」浩平「由起子さんか? 今日は休みだから家に居るぞ」茜「…以前お世話になったお礼を言いたいです」なるほど、そういうことか。浩平「分かった。じゃあ3人でワッフルでも食べようか」茜「…はい」浩平「ここがおばさんの家だ」ごく普通の住宅街。その中の一軒家が、オレがお世話になっている由起子さんの家だ。茜「…知ってます」浩平「そういや、ここに来るのは3回目だな」茜「…はい」1回目は去年のクリスマス。そして、2回目は冷たい雨に彩られた1月。その時は想像もできなかった。こんな暖かい陽気も、そして、茜の笑顔も…。茜「…どうしたんですか?」浩平「いや、なんでもない」靴を脱いで、中に入る。茜「…おじゃまします」玄関で靴をスリッパに履き替えながら、茜がお辞儀をする。浩平「とりあえず、オレの部屋にでも行くか」横を向いて、視線で茜を促す。茜「…はい」こくりと頷いて、オレの後に続いて歩く。浩平「ここがオレの部屋だ……ってそれも知ってるか」茜「…はい」扉を開け、茜を部屋に招き入れる。浩平「まあ、どっかに座ってくれ」茜「どこか…」 …ってどこですか?と、視線を室内にさまよわせる。乱雑に積まれた雑誌の山。なぜか捨てられることもなく大切に保管されているスナック菓子の空き袋。それらが階層をなして、オレの部屋を埋め尽くしてる…。 …ってさすがにそれは大げさだけどな。でも確かに、オレの部屋に座れそうなスペースはないような気がする。浩平「散らかってて悪いけどな」茜「…はい」浩平「そう言うなって、片づける時間も無かったんだから」茜「…気にしません」茜「…私の部屋も散らかってますから」きれいな睫毛をそっと伏せて、申し訳なさそうに囁く。浩平「えーっと、そうだな…ベッドの上にでも座っててくれ」茜「……」無言でその場所にちょこんと座る茜。浩平「じゃあ、ちょっとおばさん呼んでくるから」茜「…はい」茜を一人残して部屋を出る。階段を下りて一階へ。浩平「由起子さん…」小さく呼びながら、リビングへと続く廊下を歩く。浩平「由起子さ~ん…」オレのおばさんであり、唯一の同居人でもある由起子さんの姿を探して1階をさまよう。リビング、そしてキッチン。 ……。しかし、そのどこにもおばさんの姿はなかった。浩平「…おかしいな…」「今日は会社休みだから、夕食は特製の手料理を作るからね」と、朝方は言っていたのだが…。何故かどこにもおばさんの姿はなかった。浩平「…出かけてるのか…?」それとも、オレを驚かそうとして冷蔵庫の中にでも隠れて息を潜めているとか…?そんな馬鹿な…。あの現実主義の由起子さんがそんな無意味な事をするとも思えないからな。だったらいったい……ん?ふと見たキッチンのテーブルの上に、1枚のメモが残されていた。急用が入ったので、でかけます夜はいつものようにインスタントで済ませてください                                  byゆきこ …相変わらずあわただしい人だな。休みの日くらい家でゆっくりしてたらいいのにな。感心したような、あきれたような…。オレはそのメモを丸めてゴミ箱に捨てながら、ふと、重要な事実に気づいてしまった。由起子さんのことだ、多分帰ってくるのは早くても夜、場合によっては明日…。そして、今、この無意味に広い家の中には、オレと茜の二人しか居ない…。まあ、こういう状況になってしまったものは仕方ない。潔くあきらめよう。しかし、しかしだ。この場合最も重要な点は……。オレがおばさんが居ると嘘をついて、わざと家族が留守の時に家に誘ったと茜に誤解されることだ。浩平(…はぁ…これだとまるで下心があって家に入れたみたいじゃないか…)それはあまりにもばつが悪すぎる。浩平(…どうする浩平)思わぬ事態に、腕組みをして思案してみる。 ……。 ……まあいいか。その結論に達した。別にやましいことがあるわけでもないんだ。気にすることもない。そう結論づけて、キッチンを後にした。浩平「…ただいまぁ」ドアを開け、部屋に入る。茜「……」出ていったときと同じ、ベッドにちょこんと腰掛ける形で、茜が座っていた。茜「……」入り口に立つオレを、じぃっ…と見ている。部屋を出てからずいぶん時間が経ってしまったからな。不安に思ったのかもしれない。浩平「やれやれ、うっかり自分の家で道に迷ってしまった」ごまかし笑いを浮かべて、カーペットに座る。茜「……」浩平「やっぱり台所が17もあると人を捜すだけでも一苦労だな」浩平「ちなみに、風呂が21。トイレが43もあるんだ」茜「……それで、家のかたは?」一言で本題に戻されてしまう。浩平「…それがな」茜「…はい」浩平「急用が入ったとかで出かけていた」茜「……」ちらっと茜の表情を伺う。これといって表情の変化はなかった、様な気がする。茜「…何時頃お帰りですか?」 ■正直に答える ■嘘をつく オレはその質問に正直に答えることにした。浩平「早くても11時」茜「……」浩平「もしかしたら、今日中には帰ってこないかもしれない」茜「…そうですか」表情は変わらないものの、視線は微かに下を向く。もしかして、茜も意識しているのだろうか…?ふとそんなことを考えて、そしてそんな自分が嫌になる。浩平「で、どうする?」浩平「あと1時間もすれば帰って来るんじゃないかな」茜「…そうですか」表情は変わらなかった。浩平「それで、そうする?」茜「…はい」浩平「はい、といわれても困るけど…」何か二人で楽しめる物を探して、部屋の中を見回す。 …雑誌は二人で読んでも仕方ないし。 …ゲームはやらないだろうな…たぶん。茜「……」 …視線をさまよわせていると、ふと茜と目があった。しかし、不思議なものだよな…。あの茜が、オレの部屋のベッドに腰かけているんだから。茜「…何?」浩平「茜、もう一度キスしてもいいか?」茜「…嫌です」浩平「…はは」こういうところは全然変わってない。出会ったときのままだ。浩平「なぁ茜。せっかく来てもらって悪いけど、今日の所は出直すか?」茜「……」浩平「おばさんにはちゃんとオレから言っておくから」茜「…ワッフル、食べませんか?」机の上に置きっぱなしのワッフルを視線で差しながら、茜がぽつりと言う。茜「…冷めたら美味しくないです」浩平「そうだな、オレたちの分は先に食っとくか」茜「…はい」浩平「じゃあ、オレ飲み物入れてくるな」床から腰を上げる。茜「…私も手伝います」ベッドから立ちあがる。浩平「そうか、悪いな」二人でそろってキッチンへ降りる。茜「…コーヒーと紅茶、どっちが好きですか?」さすがに一度使ったことがあるだけに、勝手知ったる他人の家だな。オレなんかよりよっぽど手際がいい。浩平「じゃあ、紅茶」茜「…はい」エプロンをつけ、戸棚を開ける。中から紅茶用のカップを取り出しテーブルに並べた。そして、お湯を沸かしながら紅茶のパックをカップに添える。浩平「…なあ、茜」茜「…はい」浩平「…紅茶を入れるときもエプロンをつけるのか?」茜「…はい」浩平「…面倒じゃないか?」茜「…気分の問題です」浩平「別に構わないんだけどな」やがてお湯が沸騰して、ピンクのエプロン姿の茜が、それをカップにそそいでくれる。手持ちぶたさのオレは、部屋に運ぶためにお盆を持って立っていた。茜「…できました」浩平「よし、じゃあ運ぼうか」紅茶で満たされたカップを2つ、お盆に並べて部屋に戻る。狭い床に二人で向かい合って紅茶をすする。 …ずず、ずずずず。浩平「うまいなぁこれ」茜「…インスタントです」浩平「いや、この隠し味に垂らした…」茜「…何も入ってないです」浩平「……」茜「……」浩平「…ワッフルでも食うか…」思い出したようにワッフルに手をのばす。 …はぐ。まだ暖かいワッフルを頬張る。 …ぐ。動きが止まる。浩平「あ、茜…」茜「…はい?」同じようにワッフルを頬張る茜。浩平「…こ、これ無茶苦茶甘くないか…?」茜「…美味しいです」浩平「オレもどっちかと言うと甘党なんだけど…」これはさすがに甘過ぎるような気がする。一口食べるのが限界だった。浩平「…うー」少しだけかじったままのワッフルを見つめて途方に暮れる。茜「…ごちそうさま」茜はその凶悪に甘いワッフルをいとも簡単に食べてしまっていた。そして、ゆっくりと紅茶に口をつけている。浩平「…それにしても、それだけ甘い物が好きなのに何で太らないんだ?」制服のラインから想像できる茜の身体は、太りすぎでも痩せすぎでもない理想的な体格だと思った。茜「……」身体をじっと見られて恥ずかしかったのだろうか…。黙って横を向いてしまう。浩平「……」その姿が可愛くて、何となくからかって見たくなった。浩平「…さっきの話だけど、本当に駄目か?」茜「…さっきの話…?」浩平「もう一度キスしたいってやつ」茜「……」茜「……嫌です」浩平「どうしても?」茜「…どうしてもです」浩平「でも、オレは茜のこと本当に好きだけど」茜「……」戸惑うように俯く。顔を赤くして…。茜「…私もです」確かにそう呟いてくれた。浩平「……」茜「……」そして、そのままお互い黙り込んでしまう。なんとなく気まずい空気だった…。浩平「……」茜「……」じりりりりりりりりりりッッッッッ!!浩平「うわっ!」静寂から一転、突然鳴り響く目覚ましの音。茜「…鳴ってますよ」オレから視線をそらして、ベッド横の目覚まし時計を見る。じりりりりりりりりりりッッッッッ!!茜「…止めましょうか?」浩平「頼む…」ため息と共に、頷く。茜「…はい」じりりりりりりりりりりッッッッッ!近い位置に座っていた茜が、手を伸ばして目覚まし時計を手に取る。そして…。じりりりりりりりりりりッッッッッ!じりりりりりりりりりりりりりりりりりりりッッッッッッッッ!!じりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりッッッッッッッッッッッ!!!浩平「…どうした?」茜「…止まらないんですけど」未だに鳴り止まない目覚ましを手に持って途方に暮れている。浩平「頭についてるボタン押したか…?」茜「押しました」浩平「強く押してみたか…?」茜「一生懸命押しました」じりりりりりりりりりりッッッッッ!!浩平「うーん、確かに前から調子は悪かったが…」茜「壊れてるんですか?」浩平「…ああ、目覚ましが鳴ったにも関わらず、朝ちゃんと起きられないんだ」茜「…それは時計のせいじゃないです」浩平「でも、調子が悪いのはほんとだ」じりりりりりりりりりりりりりッッッッッッ!!浩平「…いつか新しいの買わないといけないとは思ってたんだ」茜「…はい」じりりりりりりりりりりりりりッッッッッッ!浩平「…とりあえずこれを何とかしよう。ちょっと貸してくれ」茜「…はい」神妙に頷いて、時計をオレに手渡す。じりりりりりりりりりりッッッッッ!浩平「こういうのは気合いで何とかなるものだ」ガシガシガシッ!時計の頭に付いたスイッチを連打する。じりりりりりりりりりりッッッッッ!ガシガシガシガシガシガシッ!じりりりりりりりりりりりりりりッッッッッ!!ガシガシガシガシガシガシガシガシガシッ!じりりりりりりりりりりりりりりりりりりッッッッッッッ!!ガシガシガシガシガシガシガシガシガシガシガシガシガシッ!!茜「…余計にうるさいです」浩平「くそっ! どうして鳴り止まないんだっ」茜「……」浩平「こうなったら、もはや破壊するほか方法はない!」前から調子は悪かったが、ついに最後の時が来たようだ。浩平「さようなら、目覚まし。今までありがとう」大きく振りかぶって、そのまま床めがけて…。茜「…電池抜かないんですか?」叩きつけ…。浩平「……」茜「……」 …無言で振り上げた時計を持ち直し、裏についている電池を外す。 …… 浩平「止まった…」茜「これで止まらなかったら怖いです」確かに…。浩平「…はぁ、なんか疲れたな」ため息をついてベッドに腰掛ける。でも、そのおかげで気まずかった空気が流れていた。浩平「…さて、今からどうする?」横を向くと、茜も同じようにベッドに腰掛けていた。茜「……」行儀正しく膝の上に置いた手をじっと見つめている。そして、ゆっくりとオレの方を向く…。茜「…さっきの話、構いません」赤くなった顔で、そう呟いた。 …さっきの話。浩平「……」オレには一つしか思い浮かばなかった。 …もう一度キスしたい。オレはそう言った。茜「……」浩平「…いいんだな?」問い返す。茜「…そんなこときかないでください」浩平「…分かった」頷いて、そして茜の唇に顔を寄せる。茜「……」 …唇と唇が静かに触れ合う。初めての時の冷たいキスとは違って…。暖かく、そして甘い口づけだった。恥ずかしそうに目を閉じる茜。 ■茜を求める ■このままじっとしている 大切な人の温もり…。好きな人と一緒に居ることのできる幸せ…。だから、今のオレにはこれだけで充分だった。やがて、どちらからともなく名残惜しそうに唇が離れる。茜「…見ないでください」真っ赤な顔で、横を向く。茜「…ワッフル、冷めますよ」浩平「そうだな」お互い、なにごともなかったように向かい合ってワッフルを食べる。言葉がなくても幸せな時間が過ぎていった。茜「…ごちそうさま」ティーカップをテーブルに置く。本当に好きな人…。心から大切に思える人…。だから、オレはそんな茜を求めた。茜「……」茜の方に身体を預けて、そのままシーツの上に倒れ込む。茜「…嫌です」茜がオレの身体に手を置いて拒絶する。浩平「……」オレはそれ以上どうすることもできずに身体を起こす。茜「…家の人が帰ってきます」視線を逸らして呟く。浩平「…そうだったな…」茜「……」浩平「…ごめんな、茜」茜「…謝らないでください」茜「…怒ってませんから」恥ずかしそうに顔を赤くする。まあ、あんなことがあったんだから当然と言えば当然だった。茜「…ワッフル食べましょう」浩平「そうだな」何事もなかったかのように向かい合ってワッフルを食べる。当然、待っても由起子さんが帰ってくることはないのだが…。茜「……」すでに1時間は過ぎていた…。ちょうど茜の身体に覆い被さる形になっていた。茜「……」抵抗はなかった。浩平「…茜、いいのか?」何を今更という気もしたけど、やっぱり茜の気持ちを確認したかった。茜「…私は…嫌だったら嫌と言います」浩平「はは…そうだったな」オレは苦笑を浮かべ、そして茜の身体にそっと手を触れてみた。茜がそれを望んでいたとは思えないけど、でも、オレを受け入れてくれたことは確かだった。オレは制服の上から、初めて触れる茜の感触を確かめる。心臓の音が大きくなるのが分かった。好きな人の身体に触れること。それが否応なくオレの感情を高ぶらせていた。茜「……」視線を逸らして、オレの行為を受け止める茜。その物憂げな仕草が愛おしかった。オレはブラウスのボタンを外して、制服をたくし上げる。茜「……」きれいな肌。そして窮屈そうに茜の膨らみを覆っていた下着が露わになる。茜「……」オレの行為を、視線をそらしたままじっと耐える茜。軽く胸元に添えられた手も、オレの行為を拒むことはなかった。浩平「…茜、恥ずかしくないのか?」ふとそんなことを尋ねてしまう。茜「…そんなの…決まってます」茜はオレの言葉を受けて、ころんと横を向く。茜「…恥ずかしいです…すごく」真っ赤な顔で、ぎこちない口調だった。茜「頭の中が真っ白で、何も考えられないくらい…恥ずかしいです」浩平「…そうか」その言葉をきいて、オレはなぜか安心した。茜「…だから、あんまり見ないでください」そう言って顔を赤く染める茜を、オレは可愛いと思った。茜の膨らみを覆う下着に手をかけ、セーラー服と一緒に押し上げる。その反動で、勢いよく胸が露わになる。きれいな胸だと思った。浩平「……」オレはその膨らみに顔を寄せ、舌先で小さな突起に触れてみる。茜「……!」不意に感じたなま暖かい感触に、びっくりしたように息を漏らす茜。オレはそのまま茜の突起を執拗に舐める。その度に茜の体が小刻みに震えるのを感じながら、その行為を飽きるまで続けた。茜「…子供みたいです」浩平「そうか?」茜「…はい」茜の言うとおりその膨らみに顔を埋めて、不思議な安らぎを覚えるのも確かだった。でも、もちろん安らいでいるわけにもいかない。浩平「茜、ちょっと身体起こして」茜「…はい」オレの言葉通りに、シーツに手をついて身体を起こす。茜「…これでいいですか?」もう一度ベッドに腰掛ける茜。オレはその後ろに回って、茜を抱きしめた。茜「…浩平」オレのすぐ側で、小さく名前を呼んでくれた。オレの名前。当たり前だけど、今のオレにはそれが嬉しかった。茜「……」茜を後ろから抱きすくめるようにのばした手を、そっと膨らみに重ねた。ふにっとした柔らかい感触が、ちょうど手のひらに収まった。暖かくて心地よかった。その手の上に、茜が自分の手を重ねる。オレの手を振りほどくわけでもなく、ただそっと添えるだけ。背後から茜の整った身体を見下ろす。サラサラとした産毛が、いつの間にか汗でじっとりと潤っている。上気して赤くなった肌が部屋の明かりに照らされて、この上なく扇情的にうつった。人形のように長くて綺麗な髪。そして、可愛らしく照れて赤くなる茜。オレはもっと茜の身体を見てみたいと思った。浩平「茜、服を全部脱いで欲しい」茜「…嫌です」さすがにきっぱりと断られる。浩平「それならオレが脱がす」茜「…嫌です」その言葉を無視して、オレは茜のスカートに手を伸ばした。茜「…浩平、嫌です」それでもオレは続けた。スカートのホックに手をかける。茜「……」 …しかし、外し方が分からなかった。浩平「こ、これはどうすれば…?」悪戦苦闘するオレを見て、茜がくすっと微笑んだ。茜「…分かりました」そう言って自分でスカートをおろす。浩平「いいのか?」茜「…きかないでください」茜「恥ずかしいんですから」それだけ言って、ためらいながら残りの服も脱ぐ。茜「……」シーツの上で、オレのために一糸纏わぬ姿になった茜…。浩平「綺麗だと思うぞ、ほんとに」茜「…ひどいです」茜はすんすんと鼻を鳴らして、オレの視線を避けるように横を向いてしまった。その姿を見て、ますますオレの感情は高ぶっていった。オレは茜の腰に手をあて、持ち上げてみた。浩平「…少し腰を浮かせてくれると嬉しい」茜「……」茜「…はい」茜もオレの意図するところが分かったのか、遠慮がちに、それでも自ら少し体を浮かせてくれる。背後から茜の体を引き寄せ、露わになった茜の下半身にオレのモノを宛う。茜のその部分にモノの先端が触れる。ぬるっとした感触。明らかに肌とは違う粘液に包まれて、オレのモノがさらに固さを増していた。茜「……」茜にもそれが分かるのだろう。瞳を閉じて、耐えるような表情を覗かせている。そんな健気な茜の表情を、オレは素直に可愛いと思った。だから、できるだけ茜に負担をかけさせたくなかった。しっかりと身体を支えて、緩やかに茜の腰を下ろす。先端が僅かに沈んだような気がした。茜の体を支える手に力を込めて、できるだけゆっくり挿入しようとつとめる。 …茜の瞳に涙が浮かんでいることに気づいたから。その部分は、きつくオレの進入を拒んでいた。後ろにいるオレにはどうなっているのか分からなかったけど、でも、しゃくりあげる茜の様子から安易に想像できた。でも、オレは最後まで茜を求めた。そして、茜もそれを拒まなかった。 …ゆっくりと。 …できるだけゆっくりと。それでも限界があった。腰に宛てた手に感覚が無くなっていた。力が入らなくなる。それに茜の体重が加わり、一気に深く沈み込んだ。何かを突き破った感触。浩平「茜、痛くなかったか…」腰の上に茜の重みを感じながら。茜「…痛いです」自分の体の中に異物が挿入される痛みに、涙を浮かべながら答える。茜「…すごく痛いです」下におろした手でシーツをしっかりと掴んで、浮き出る涙をこらえて…。浩平「…茜」オレなんかでは想像もつかないような痛みなんだと思う…。その痛みに耐える茜。だから嬉しかった。オレは後ろから茜を抱きしめて、すぐ側の好きな人の存在を感じることができた。茜「…浩平」涙ぐみながら、健気にオレの名前を呼ぶ。オレは腰を動かして、少しでも茜の中を実感しようとした。しかし、この状態ではろくに動くこともできず、オレは茜の身体を抱きしめたまま、ゆっくりとシーツに横たえた。茜「……うくっ」ぽふっと、茜の身体がベッドのスプリングで跳ねる。その状態のまま、オレは茜の身体を引き寄せるように深く挿入した。さっきまでは見えなかった結合部が今はオレの目の前にあった。その部分は、痛々しく広がっていた。 …大丈夫か?と、尋ねることはもうしなかった。茜「……」茜はオレの為に耐えてくれている。だったらオレは、オレの精一杯で茜を抱きたい。茜のことを考えながら…。最後まで好きな人の暖かさを感じながら…。大切な人だから、嬉しかった…。好きな人だから、求めたかった…。オレの前に居てくれる人が好き人だから…。茜「……んくっ」一際強く茜の身体を引き寄せる。何度も何度も、茜の暖かさを求めて。 …そして。最後の瞬間まで茜のことを考えながら、力つきた…。茜「…そろそろ帰ります」浩平「そうか…」頷いて立ち上がる。そして部屋を後にした。浩平「悪いな」由起子さんが帰ってこなかったことに対する謝罪の言葉。茜「…いえ」瞳を伏せながら頷く。茜「…また、来ます」浩平「ああ」茜「…さようなら」ドアを開けて茜が姿が消えた。オレはそのドアをいつまでも眺めていた。いつもの時間に、いつものように4時間目終了のチャイムが鳴る。その瞬間を待ちわびたように、一斉に席を立つ生徒たち。そんな喧噪の中、オレもいつものように菓子パンの袋をぶら下げて茜の席へ。浩平「なあ、茜」シャーペンを筆箱にしまう手を止めて、声のする方に向き直る。茜「……」机に座ったまま、いつものちょっと不機嫌そうな顔でオレを見上げる。そして、机の中からピンクのハンカチで包まれた弁当箱を取り出す。よく机の中に弁当が入る隙間があるものだといつも思う。普通は机の中なんてノートやら教科書やら配られてくるプリントやらでぐちゃぐちゃになってて、そんな隙間はないものだと思うけど。茜「…どうしたの?」席に座らずに突っ立ってるオレを不審に思った茜が、オレの顔を見上げたまま問いかける。浩平「…なあ、茜。今日は別の場所で弁当食わないか?」茜「…別の場所…?」微かに小首を傾げる。オレの意図が掴めないようだ。浩平「つまり、たまには中庭で食いたいなと思ったわけだ」去年みたいにな、とつけ加える。茜「中庭…」浩平「結局去年はまともに中庭で食えなかっただろ?」茜「…はい」浩平「というわけで、中庭に行くぞ」茜「…嫌です」歩きかけた足を止め、席に座ったままの茜を見る。浩平「…どうして?」茜「寒いから嫌です」浩平「大丈夫だって…」 ■もう、3月だから ■いい天気だから 浩平「もう3月なんだし」茜「……」浩平「日差しだって、ほら」視線で、窓の外を指す。茜「……」その視線をたどるように、茜が窓の外に視線を向ける。茜「…外、曇ってます」いつの間にか窓枠の外には、薄暗い雲が漂っていた。浩平「…大丈夫だって。すぐに晴天になるから」浩平「こんなにいい天気なんだから」茜「…外、曇ってますけど」浩平「雲一つない晴天とは今日のような日のことを言うんだな」茜「…雨、降りそうですけど」浩平「と言うわけだから大丈夫だ」茜「…どういうわけですか?」浩平「…うーん」茜「…急に天気が悪くなりました」浩平「確かに…」いつの間にか窓枠の外には、薄暗い雲が漂っていた。浩平「…大丈夫だって。きっとすぐに晴れるから」茜「……」オレの顔を見つめていた茜が、突然くすっと笑う。浩平「何だよ、いきなり」不満そうに文句を言うと、茜が穏やかに微笑んだまま言葉を続ける。茜「…性格が詩子に似てきました」浩平「うわっ! あいつと一緒にされるのだけは嫌だっ!」茜「多分、詩子も同じこと言います」楽しそうな笑顔を湛えながら、茜が弁当箱を持って席を立つ。茜「…行こ」浩平「あ、ああ」軽く頷いて、そろって教室を後にする。茜「…本当に寒くないですか?」浩平「本当だって」茜「はい」頷いたのは笑顔。紛れもなくオレのために微笑んでくれた茜。その笑顔を見て、オレは改めて今自分がこの日常を生きていることを実感するのだった。休みの日でもない、ただの平日。いつも通りの授業風景。そして、昨日と同じ昼休み。雑談に花を咲かせながら、横を通り過ぎる生徒達。今日の日替わり定食の話題とか。魚のフライが3回続いたから、今日こそは焼き肉に違いない、とか。次の数学の時間、絶対に当たるから昨日の宿題見せてくれ、とか…。そんな本当に他愛のない会話。特別なことなんて存在しない。微妙な変化はあるのだろうけど、それを感じることのないゆったりとした日常。少し退屈な気さえする幸せ。季節は3月…。卒業式も滞りなく終わり、オレたち2年ももうすぐ3年へと進学する。3年生が卒業し、少し寂しくなった廊下も、もうすぐ新しい制服であふれることになる。日当たりの良い廊下にそそがれる、暖かな木漏れ日を抜け、昇降口へ。そして、そのまま中庭へと抜ける。茜「靴、履き替えないんですか?」浩平「まあ、大丈夫だろう。雨も降ってないしな」茜「…はい」 …幸せな日常。 …壊れることのない日常。 …日常はどこまで行っても日常で。 …それが幸せで。 ……。 …でも。 …にちじょうが壊れることにきづいて。 …えいえんなんてないことにきづいて。 …ぜつぼうして。 …でも、あきらめることができなくて。 …ないはずのえいえんをもとめて。 ……。 …そして。 ……。 …その場所にオレは足を踏み入れていた。茜「…嘘つき」浩平「…え?」すぐ側から茜の声が聞こえて、オレは現実に引き戻された。茜「…嘘つき」もう一度同じ言葉を繰り返す茜。浩平「…どうした…?」茜の言葉の真意を探るようにゆっくりと聞き返す。茜「…寒いです」胸元で弁当箱をぎゅっと抱きしめて、不安そうに曇り空を見上げる。茜「…それに曇ってます」悲しそうに見上げた空は、いつの間にか分厚い黒雲で覆われていた。いつ雨が降り出してもおかしくないような空模様だった。茜「…すごく寒いです」浩平「それはじっとしてるからだ」浩平「走れば暖まる」きっぱりと言い切り、パンの袋を振り回しながら走り出す。茜「……」しばらくため息のようなものをついていた茜も、じっとしてるよりはマシと思ったのか、結局はオレの後ろについててとてとと駆け出した。滑り込むように、中庭の芝生に座り込むオレ。それと、ちょっと遅れて茜。茜「…ひどいです」芝生の上にぺたっと座り込んで、オレに非難の視線を送る。でも、それも一瞬のことで、すぐに穏やかな(といっても、あんまり変わらないか)表情に戻る。浩平「少しはあったかくなっただろ?」茜「…はい」茜「…でも、雨が降りそうです」不安げに、黒く覆われた空を仰ぎ見る。浩平「…そうだな」オレも茜と同じ空を見上げながら、今朝の天気予報を思い出していた。浩平「…雨とは言ってなかったんだけどなぁ」茜「……」浩平「降り始めるまでに食べてしまうか」茜「…はい」頷きながら、芝生の上に座り直して膝の上に弁当箱をのせる。ハンカチの結び目をほどく茜の姿を真横に見ながら、オレも菓子パンの袋をがさがさと開ける。茜「…何?」オレの視線に気づいて茜が訊ねる。浩平「久しぶりだなって思ってな」こうやって中庭で茜と弁当を広げるのも。茜「去年ですから」浩平「そうだよなぁ…」茜「浩平」浩平「…ん?」茜「やっぱり寒いです」浩平「食べればあったかくなるって」茜「…やっぱり詩子に」浩平「ううっ縁起でもない…」詩子「呼んだ?」出た…。どうしてこいつは脈略なく現れるんだ。詩子「ね、呼んだ?」浩平「…安心しろ、誰も呼んでない」きっぱりと言い切ってやる。もっとも、それくらいで撤退してくれるのなら、かわいげもあるのだが。詩子「……?」突然、複雑な表情でオレの顔をじっと見る。浩平「どうした、柚木…?」   …壊れることなんてないと思っていた幸せ… 詩子「……」   …でも… 柚木が怪訝な表情のまま、ゆっくりと視線をオレから茜へと滑らせる。   …あの遠い日と同じように… オレの方を気にしながら、小声で茜に尋ねる。   …穏やかな日常が壊れるのは… 詩子「この人……茜の、知り合い?」   …一瞬だった… 浩平「なにをふざけてるんだっ、柚木!」詩子「…え……?」詩子「あ……お、折原君…?」浩平「…当たり前だろ。オレが他の何に見える」詩子「そう…だよね…」詩子「どうしたんだろ……あたし…」詩子「…今、折原君のこと…」茜「…雨」上空を見上げ、思い出したように呟く。詩子「あー、ほんとだぁ」同じように上を見上げ、手をかざす柚木。その手のひらに、ぽつりぽつりと水滴が落ち、瞬く間にその数を増やす。詩子「さっきまではいいお天気だったのに」浩平「…仕方ない、校舎に戻るか」茜「……」バタバタと身の回りの物をかき集めて、雨の降る中庭を後にする。詩子「…うー、ひどい目にあった…」詩子「……あれ?」浩平「…どうした」中庭でふと足を止め、後ろを振り返る。詩子「どうしたの? 茜…」茜「……」先ほどと同じ場所。茜は未だその場所から一歩も動かずに、雨の落ちる上空を見上げていた。浩平「…どうしたんだっ、茜」茜「……」視線は相変わらず空。でも、ゆっくりと口を開く。茜「…なんでも…ないです」それが精一杯の様な……心許なげな返事だった。
因为宅而去日本,工作压力却让我基本脱宅。。。
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回复:新人来报到,送上小小礼物

茜「…綺麗…ですね」隣をとぼとぼと歩く茜が、ふと呟く。学校帰りの風景は、鮮やかな朱の衣を纏っていた。流れる赤い雲が、真っ赤なガラス張りの建物に映りこんでいる。赤い歩道。赤い信号。赤い草木。影の色さえも赤かった。浩平「綺麗な景色だよな」茜「…綺麗なだけですか?」眩しそうに空を見上げながら問いかける。浩平「綺麗で…うまそうだ」茜「綿菓子みたいだから?」浩平「…ああ」網膜の奥にまで浸食する赤。それは直接涙腺を刺激するようにオレの中に入り込んでいた。目の奥から何かがこみ上げてくる感覚。オレはそれを誤魔化すようにゆっくりと上を見上げる。360度パノラマの中で、視界が別の光景を映し出す。赤から赤へ。雲の天井。流れる。浩平「…なあ、茜」茜「…はい」浩平「もし、オレがどこかへ行ってしまったらどうする?」茜「…嫌です」浩平「…そうか」茜「…はい」信号が点滅して、人が動き出す。浩平「綺麗な夕焼けだよな」茜「…本当に綿飴みたい」浩平「綿飴か、懐かしいな」茜「今度私が作りますよ」浩平「作れるのか?」茜「見よう見まねですけど」浩平「…そうか、だったらできるだけ早いほうがいいな」見上げた瞳。ゆったりと流れる雲。浩平「…もうすぐオレはあの雲の向こう側に行くんだから」こみ上げる涙が頬を伝って流れ落ちていた。それは確かな確信だった。あの日、オレの切望した世界がその向こうにあった。オレはその世界に行くのだろうか…。すると、この世界のオレはどうなるんだろうか…。茜「…消えますよ」点滅する横断歩道を、困った顔で指さしていた。浩平「…ああ、そうだな」時間は移ろいゆくものの象徴。永遠なんてないって…。止まらない時間なんてないって…。ぼくはずっとそう思っていた。 …… ……… …すでに目は覚めていた。それでも、オレは意識が覚醒した時と同じ体勢でベッドに寝ころんでいた。 …… 何をするでもなく、ただベッドに横になり、天井を見上げる。 ……ぽつ。何かの音。微かに空気をふるわせる小さな音。 ……ぽつ…ぽつ。その何かが屋根をたたく音。嫌な音。 …ぽつ…ぽつ…ぽつ…。その音は次第に強さを増し、やがて確かな水音に変わる。風の舞う音と共に、ガラス戸を横殴りの滴が叩く。季節はずれの雨。だけど、オレには関係のないことだ。 …… 音さえ立てずに崩れ行く日常。誰も気づかない世界の崩壊。 …… …いや、違うか。崩れるのは…消えるのは……。オレ一人だ…。ザーーーーーーーーーーーーーーー!絶え間なく降り続ける雨。 …… オレの精神をじわじわと蝕む、もう一つの世界。その世界からの誘い。この世界からの別離。 ……   『この人……茜の、知り合い?』それが日常の崩壊を知らせる警笛だった。枕元の目覚まし時計を見る。8時過ぎ。いつも通りなら、学校へ行かなければならない時間。いつも通りなら、お節介焼きな幼なじみが布団をはぎ取る時間。 …でも今日は。この部屋に勝手に上がり込む者なんていない。ここは、他人の家だから。他人の住む家だから。 …… 聞こえるのは雨の音だけ。そろそろ、ここにいることもできなくなるな…。今のオレはただの空き巣と同じ存在だった。由起子さんの留守に乗じて、合い鍵を持っているのをいいことに勝手に家に上がり込んでるんだから…。 …オレはゆっくりと身体を起こし、そして服を着替えた。簡単に身支度を整えて、廊下へ出る。行く宛なんてなかった。オレの存在を受け入れてくれる場所はもうこの世界にはないんだから…。つめたく冷えた板張りの廊下を歩く。一歩を踏み出すごとにきしみをあげる廊下。埃をかぶった電灯の笠。ベッドを部屋に運ぶときについた、壁の小さな傷。それこそ毎日見ている光景だ。そんなものにさえ、懐かしさを感じてしまう。失ってみて初めて分かることはあまりにも多すぎて…。それを取り戻すだけの時間もオレには残されていなかった。プルルルルルルルルル……。雨の音に混じって、電話の呼び鈴が響いていた。ほとんど無意識に電話の前に立つ。オレは手を伸ばしかけて、そこで躊躇する。プルルルルルルルルル……。そのままの体勢で、電話が鳴り止むのを待った。プルルルルルルルルル……。しかし、オレが電話をとることを促すように、呼び鈴は鳴り続いた。オレは意を決して受話器に手を伸ばし、そして電話口にでる。浩平「…はい」茜(浩平)受話器越しの声は、紛れもなく茜のものだった。そして、オレの存在を肯定するように名前を呼んでくれる。茜(…今日はどうしたんですか) …茜、オレのことが分かるのか?オレにとって唯一の家族である由起子さん。そして、昔からずっと一緒だった幼なじみの長森。そんな人たちにさえ忘れられたオレの存在が、まだ茜の中には残されていた。 …でも、それもあと僅かのことだろうけど…。浩平「…なんだ茜、わざわざ心配して電話くれたのか?」オレはできるだけ穏やかに言葉を繋げた。茜(…はい)受話器越しから聞こえる茜の声。これまでは当たり前だった茜とのやりとりが、今では涙が出そうなくらい嬉しかった。浩平「今どこから電話してるんだ?」茜(…学校です)浩平「職員の通用口横の公衆電話か?」茜(…はい)腕時計を見ると、ちょうど1時間目と2時間目の境だった。浩平「休み時間か?」茜(…はい)浩平「でもな、わざわざ電話して貰って悪いけど、今日学校を休んだのはただの風邪だから」茜(……)浩平「熱もないし、せきも出ないし。食欲は……ちょっとないかな」茜(…そうですか)浩平「ああ、だから心配せずに授業に戻ってくれ」オレはわざと早く話を打ち切ろうとした。   『あなた誰ですか?』茜の口からその言葉が出ることが怖かった。だから、少しでも早く茜との会話を終わらせたかった。茜(…まだ用件があります)浩平「…なんだ?」茜(…デート、しませんか?)浩平「茜から誘ってくれるとは珍しいな…。分かった、じゃあ、次の日曜日にでも…」茜(…今からです)浩平「今からって……茜は学校だろ?」茜(…早退します)はっきりと言いきった。浩平「…ってそれ以前に病人を誘うなよ」茜(大丈夫です…)茜(…仮病ですから)浩平「……」茜(…仮病なんでしょ?)浩平「……」浩平「…よく分かったな」受話器に溜息を吐き出す。茜(…はい)浩平「それで、本当に早退するつもりなのか?」茜(…はい)浩平「よし、それなら今日は思う存分デートしようか」雨は降ってるけどな…。茜(…はい)浩平「じゃあ、待ち合わせ場所だけど」茜(…あの公園がいいです)浩平「分かった、じゃあ今からあの場所に集合な」茜(…はい)返事の途中でプツンと電話が切れる。おそらく10円が切れたのだろう…。ツーーーツーーーと発信音の鳴る受話器を台に戻す。しばらく待ってみたが、電話が再度鳴り出すことはなかった。 …茜からのデートの誘い。このまま静かにこの世界を去ることをオレは望んでいたはずだし、その覚悟もできていた。だけど…。オレは鞄を背負い直し、合い鍵を玄関に置いて由起子さんの家を後にした。雨の降る町並みを、傘をさして歩き出す。初めて茜の暖かさに触れた、あの場所へ…。雨が降っていた。かつて訪れた時と同じように、大粒の雨に彩られ白く浮かび上がっていた。その寂しい風景に溶け込むように立っているピンク色の傘。浩平「よお、さぼり」茜「…仮病よりましです」浩平「似たようなものだろ?」茜「…はい」分厚い雨のカーテンに覆われて、茜の表情は分からなかった。オレはそのまま茜の側に歩いていく。コンクリートにできた水たまりを踏みしめながら、茜の元に寄る。浩平「さて、どこに行こうか」茜「…商店街がいいです」浩平「商店街か…。そうだな、あそこだったら店に入って雨宿りもできるしな」茜「…はい」微かに頷く。その時に垣間見た茜の表情が…。人の居ない場所で、雨にうたれて佇んでいた…。かつての悲しげな表情に思えて…。茜「…どうしたんですか?」浩平「…いや、何でもない」ただ…。浩平「嫌な雨だよな…」茜「…はい」謝りたかった。心から、謝罪したかった…。何も知らず、オレのことを信じてくれる茜に…。平日の、しかも雨の商店街は想像していた以上に寂しかった。薄暗い通りに人の姿はなく、店先から洩れる微かな光だけが雨に濡れたアスファルトの地面に反射してぼうっと光っていた。浩平「最初はやっぱり美味いもの食わないとな」その陰鬱な空気を吹き飛ばすように、わざと元気に言った。茜「…何にしますか…?」オレの顔を見上げながら茜が訊ねる。浩平「ハンバーガーでも食おうか?」あそこなら、明るい店の中でゆっくりと食べることもできるしな。茜「…嫌です」茜が申し訳なさそうに言葉を続ける。茜「…この格好ですから」視線を落として、自分の着ている制服を見つめる。 …確かに、この時間帯に制服姿の人間が店に入るのはあまりいい顔をされないだろうな…。浩平「じゃあ、オレが買ってくるから茜はどこかで待っててくれ」茜が制服を着ている限り、どの店に入っても同じだと思ってそう提案する。茜「…それなら、山葉堂がいいです」浩平「山葉堂ってことは……ワッフルか?」茜「…はい」嬉しそうに頷く。浩平「ワッフルだけだとお腹空くぞ。今日はこれから思う存分遊び回る予定なんだから」茜「…大丈夫です」茜「…ワッフルは好きですから」浩平「…まあ、それだったらいいか」どうして大丈夫なのかは全然分からないけど、茜がそれを望むのなそれで構わない。浩平「茜はなんにする?」茜「…浩平の家で食べたのと同じのがいいです」浩平「またあれを食べるのか…?」茜「…おいしいです」浩平「そうか…?」茜「…はい」浩平「オレはチョコレートにしとく」茜「…おいしいですけど」浩平「あれはまた今度食べるから…」茜「…はい。約束です」浩平「じゃあ、買ってくるから」茜「…はい」浩平「ここで待っててくれな」茜「…待ってます」茜が頷いたのを確認して、オレはその場を立ち去った。 …… ……… ………… 浩平「ただいまっ」茜「…お帰りなさい」浩平「どうだ、早かっただろ」山葉堂の紙袋を掲げて見せながら、茜の元に駆け寄る。茜「…はい」浩平「誰も並んでなかったからな」あんなに閑散とした山葉堂を見たのは初めてだ…。浩平「それで、問題はどこで食べるかだけど…」商店街を見渡してみても、座れるような場所はどこにもない。仮にベンチがあったとしても、この雨だから座れる状態とは思えないけどな。茜「…このままでいいです」浩平「このままって……立ったままってことか?」茜「…はい」浩平「それなら、歩きながら食べようか」茜「…はい」紙袋の中からチョコレートを掴み取り、残りを袋ごと茜に渡す。茜「……」その袋の中をじーーーーーーっとのぞき込んでいる。浩平「どうした? ちゃんと頼まれたものだろ?」茜「…交換しませんか?」笑顔でそんなことを言う。浩平「………え」動きが止まる。茜「…おいしいから食べてください」袋をオレに押しつけて、チョコレートを奪い取る。浩平「…うぞだろ」情けない声で渡された袋を見つめる。茜「…おいしいです」笑顔でオレが食べるのを促していた。浩平「…確かにマズくはない」マズくはないけど……甘すぎる。自他共に認める大の甘党であるオレでも食べれないくらい、それは凶悪な甘さだった。浩平「…はぁ…」一度溜息をついて、茜の表情を伺うとやっぱり楽しそうだった。浩平「…食べないと駄目か?」茜「…はい」浩平「…オレは医者に甘いものは控えるように言われているんだ」茜「…何のお医者さんですか?」浩平「歯医者」茜「ちゃんと歯を磨けば大丈夫です」浩平「それなら内科」茜「…なんですか、それならって」浩平「…分かったよ、ちゃんと食うから」いかにも甘いですと言わんばかりの彩色をこらした円盤状の物体を掴んで口に運ぶ。 ……はぐ。浩平「…うー」茜「…おいしいです」浩平「…うー……甘い…」一口目をなんとか飲み込んで口を開く。浩平「これ、全部食わないと駄目か…?」茜「…はい」浩平「どうしても…?」茜「…はい」浩平「…もしかしたら、これひとつの方が、そこのケーキ1個より甘いんじゃないか?」そう言って、通りがかりの洋菓子店を指さす。その店先には、色とりどりのローソクを飾りつけたデコレーションケーキが陳列していた。茜「……」浩平「いかにも誕生日用って感じだな」茜「…かわいいです」浩平「でも、高いんだろうな、きっと」茜「…浩平はいつですか?」浩平「なにが?」茜「…誕生日です」浩平「えーっと……確か、3月24日だったかな」茜「…もうすぐじゃないですか?」浩平「そうだな…これでオレもやっとたばこが吸える歳になるわけだ」茜「……」浩平「…冗談だって」茜「…たばこは嫌いです」浩平「オレだって好きじゃないけどな」雨の商店街を歩きながら、いつもの他愛ない会話。茜とのかけがえのない時間だ。茜「…ちょっと、ここで待っていてください」横を歩いていた茜が足を止めて、オレの方に振り向く。浩平「…ああ、別に構わないけど」茜「…すぐに戻ります」茜「…その間に全部食べていてください」パシャパシャと水たまりをはじきながら、商店街の奥に消える。 …多分、トイレか何かなのだろう。オレは言われた通り、その場で茜の帰りを待った。ワッフルを食べはしなかったけど。 ……。ほんの数分だったと思う。そんな僅かな時間でも、一人で立ち尽くすオレの焦燥感を煽るには充分だった。不安げに見上げると、商店街に囲まれた空は真っ黒な雲に覆われ、その雨の勢いは弱まることさえなかった。浩平「…遅いな」不安を声に出して呟く。聞こえるのは雨の音だけ。人影はショーウィンドーに映ったオレの姿だけだ。 ……。 ■待ち続ける ■茜の姿を探す 気がついたとき、オレは茜の姿を求めて走り出していた。茜を信じている気持ちと同じくらい不安があった。知らない場所に一人取り残されたような絶望。こみ上げる恐怖を紛らわせるために、オレは闇雲に走った。しかし、雨に閉ざされた世界のどこにも茜の姿はなかった。恐怖があきらめに変わる。浩平「…どうしたんだ…茜」雨に霞む視界を遠く見つめながら、茜の姿を望む。オレは約束通り全部食べ終わって空になった紙袋を丸めて、近くのゴミ箱に放り込んだ。 ……。いくらなんでも遅すぎるような気がした。どれだけの時間がたったのかは分からないけど、でも…。 …オレはやっぱり弱気になっていたのかもしれない。 …だから。どうして茜が戻ってこないのか…。辿り着いた結論は一つだった。戻ってくる必要がなくなった。待ち合わせの相手が、見ず知らずの他人になったから。顔も見たことがない、声も聴いたことがない相手だから。 …オレの存在を…。   『この人……茜の、知り合い?』 …オレの存在を忘れたから…。   『あなた誰ですか?』浩平「……」身体の奥底からこみ上げてくるものは恐怖。クラスメートに忘れられて…。幼なじみにも忘れられて…。家族にも忘れられて…。今、心から好きだと言える人に忘れられて…。そして…。 ■まだ待ち続ける ■茜の姿を探す オレは茜の姿を待ち続けた。 …そんなはずはない。茜がオレのことを忘れるなんて…。 ……。だけど…。茜は…。オレは、無意識のうちに走り出していた。じっとしていることなんてできなかった。持っていた傘を投げ捨てて、茜の消えた方へとただ闇雲に走る。ぐっしょりと濡れた重い靴を引きずり、茜の姿を探して入り組んだ商店街をさまよう。浩平(……)自分が今どこを走っているのかも分からなかった。人の姿も見えない。改めて、自分の存在の希薄さを思い知らされる。身体の感覚が薄れていた…。このまま消える…。そう思った。でも…。霞む視界の向こう側。商店街の薄暗い灯りに照らされて、佇む人影が映し出された。ピンク色の傘。大切な人。あの空き地で出会って…。本当に大切に思える人。その人の元に、駆け寄る。浩平「茜っ…!」アスファルトの地面を打つ激しい雨音にかき消されないように、強く、強く、その人の名前を呼ぶ。浩平「あかねっ!」ばしゃっ… 水たまりを踏みつけ、泥水をはじいて、視界を遮る雨を拭い、茜の元へ。ピンク色の傘…。その傘が、ゆっくりと振り返る。自分の名を呼ぶ方に…。オレの方に…。茜「……」浩平「……」お互いの視線が、雨のカーテンを経て、交錯する。茜「……」冷たい…瞳だった…。まるで、最初に、あの空き地で出会ったときのような…。冷たく、そして、悲しい瞳だった。浩平「茜…」すがるように、もう一度好きな人の名前を呼ぶ。茜「……」怪訝な表情。浩平「あか…ね…」茜「……」力が抜けていくのが分かった…。空から降り注ぐ、冷たい一滴一滴が、オレの体温を奪っていくようだった。ただ、悲しかった…。忘れられたことよりも…。笑顔を取り戻した茜に、その冷たい表情が戻ってしまったことが…。それだけが…。悲しかった。茜「……」浩平「…いや…わるい、人違いだった」オレは後ろを向いた。茜の顔をこれ以上見ないように…。浩平「…知り合いと同じ傘だったんだ…」浩平「それで、間違えて…」茜「あってます」悲しい声。浩平「…あかね…」思わず、振り返る。浩平「茜…オレのこと…」茜「折原浩平」浩平「…ああ…正解だ…」茜「……」浩平「……」茜「どうして…あんなことを言ったんですか…」浩平「あんなこと…」茜「…人違い」複雑な視線だった。様々な感情が入り交じった…。 …でも、悲しい瞳。浩平「…いや、あれは…」茜「……」オレが言い淀んでいると、茜が瞳を伏せて言葉を紡ぐ。茜「…私が…あなたのことを忘れたと思ったから?」浩平「……え…」思いもよらない言葉だった。だから、その後、言葉が繋がらなかった…。しばらくの沈黙。茜「……」浩平「……」雨の音だけが耳に届く。茜「…少し歩きませんか?」それだけを告げて、その場所を離れる。浩平「……」オレはその背中を見失わないように、後に続いた。終始無言だった。茜がオレのことをまだ憶えていてくれたことに対する安堵感。でも、それよりも…。その後の茜の言葉がオレを苛んでいた。 『私が…あなたのことを忘れたと思ったから?』浩平「……」茜「……」商店街を抜け、住宅街へ。そして、その場所で茜が立ち止まる。オレと茜が出会った場所で。茜「もう、この場所に来ることはないって思っていたのに…」無感動に淡々と呟いて、その場所に足を踏み入れる。その中央に立ち、オレの方をゆっくりと振り返った。茜「…この世界が嫌い?」そう呟いた。浩平「……」茜「…この日常は、あなたにとって意味のないものなんですか?」浩平「…どうして」それだけしか言葉が繋がらなかった。茜「あなたも同じだから…」浩平「……」茜「あの人と同じだから…」自虐的に呟く。浩平「どういうことだ…」茜「…この場所で、私をおいて消えてしまった幼なじみ」茜「…あの人と一緒なんですね」浩平「消えたって…」茜「…はい」浩平「一緒なのか…オレと…」茜「…はい」その時、すべてが分かったような気がした。一緒だったんだ。日常を捨てて、永遠を求めて、そしてこの世界から消えた。それは、オレだけではなかったんだ。茜「私は幸せでした」茜「平坦とした日常を、ゆっくりと穏やかに歩む」茜「退屈で代わり映えがしなくて」茜「そんな穏やかな日常が幸せだった」茜「側にいつも幼なじみがいたから」茜「私と、詩子と、そしてあの人」茜「顔を合わせると、いつも口げんかで」茜「3人で一緒にクリスマスパーティーを開いて」茜「一緒にいることが当たり前で、それが当然だと思っていました」オレと長森の関係と一緒だな…。そう思った。茜「私は幸せでした」茜「だから…一緒に居るあの人も幸せだとばかり思ってた…」茜「永遠にこの幸せが続くと思ってた…」茜「でも…」一度言葉を区切り、目を伏せる。茜「…最初は詩子でした」   『この人……茜の、知り合い?』茜「詩子があの人のことを忘れて…」茜「…それからクラスメートもあの人のことを憶えていなくて」それも、オレと同じだな…。茜「気がついたら、あの人のこと憶えていたのは私だけでした」浩平「……」茜「…そして、今日と同じ雨の日」茜「…今日と同じ場所で」茜「私の目の前で、あの人は消えたんです」   『待ってるんです』浩平「……」 『この場所で別れた幼なじみを待ってるんです』その言葉の本当の意味に気づいて。オレはどうしようもない無力感に苛まれて、言葉を返すこともできずに雨に打たれていた。茜「…消えゆくあの人を前にして、私は何もできなかった」茜「どうすることもできずに、ただ呆然と立ちすくんでいた」茜「何が起こったのかも分からず…」茜「あの人の立っていた場所で…」茜「私は、泣くことしかできなかった…」茜「あの人が消えると同時に、私の中からもあの人の存在が薄らいでいった」浩平「……」茜「それでも私はあの人の存在を繋ぎ止めたくて…」茜「必死であの人のことを考えて…」茜「私の中から、溶けるように消えていくあの人との思い出を繰り返し思いだして…」茜「誰よりも同じ時間を生きて…」茜「誰よりも知っていたはずなのに…」茜「誰よりも近くにいた人なのに」茜「その人の顔が、声が、思い出せなくなる…」浩平「……」茜「夜眠って、朝目が覚めたら、あの人のことを忘れていそうで…」茜「忘れたことさえ忘れていそうで…」茜「それが怖くて…」茜「ずっと、ずっと苦しんで…」茜「…私があの人のことを忘れなかったら、きっとまた帰ってきてくれるって信じて」茜「…待ってたのに」浩平「……」茜「そして、私は忘れなかった…」茜「あの人のこと、最後まで覚えていました」浩平「……」茜「今でも、あの人のことを話せます」茜「あの人との思い出をあなたに話すことができます」茜「それなのに…あの人は…」一度言葉を区切り、そして、今までで一番辛そうに、その言葉を発した。茜「帰ってこなかった…」悲しい別れを果たした幼なじみ。そして、今、もう一度同じ悲しみを迎えようとしていた。オレのせいで…。浩平「……」自分がどうしようもなく許せなかった。茜「だから…」ぐっと拳を握っていた。つめたく白い息を吐き出し、意を決したようにその言葉を続ける。茜「あなたのこと忘れます」茜「…名前も」茜「…顔も」茜「…声も」茜「…温もりも」茜「…思い出も」茜「全部…忘れます」表情を変えることなく、淡々と単語を紡ぐ。深い悲しみに彩られた瞳で、それでも逸らすことなくオレに視線を投げかける。 …それがオレに対する非難の視線だったら良かった…。どうしようもなく馬鹿なオレを、声がかれるまでなじって欲しかった。 …だけど、茜の視線は穏やかで…。 …その声にはオレに対する微塵の責めもなかった。だから…。余計に悲痛だった…。茜「そうすれば、こんなところで馬鹿みたいに突ったっていることもないだろうから」茜「微かな希望にすがることもないだろうから…」茜「また……悲しい出会いをすることもないだろうから…」一度目を閉じて、そして、もう一度開いて…。茜「…だから…」声が…震えていた…。茜「…だ…から…」気丈な態度が崩れて、どうしようもない悲しみに飲み込まれて…。それでも、視線を逸らすことなく…。もう一度言葉を繰り返す。茜「だから、あなたのこと忘れます」茜の頬を、涙が伝っていた。茜「…さようなら。本当に好きだった人」オレのすぐ横を通り過ぎて、この場所から立ち去る。オレはその後ろ姿を呼び止めることもできたはずだ。だけど…。浩平「……」オレは…。浩平「……」後ろを向いて、雨の中を歩く。茜と逆の方向に。背中と背中を合わせながら。浩平「…ごめんな」せめてもの謝罪。茜に、これ以上の悲しみを背負わせたくなかった。 …好きだから…。 …本当に好きな人だから。 …… オレはつめたい雨にさらされながら、街をさまよっていた。通りすがりの通行人がこんな格好で歩き回るオレの姿をいぶかしんで振り返る。でも、それも一瞬だった。何もない風景を見て、一瞬首をひねってその人は通り過ぎていった。当然だ。オレはここには存在していないのだから。 …… オレはどこに向かっているのだろうか?茜との別離を果たしたオレにとって、あとは静かに消滅の瞬間を待つだけだ。だから、目的地はなかった。それなのに、気がつけば見知った場所に出ていた。10年以上住んでいた場所。由起子さんの家の前に。浩平「……」しかし、そこはすでに見知った場所ではなかった。見慣れたはずの家。その佇まいが、異様な光景を現していた。玄関の前に積まれた、家財道具の山。乱雑に積まれた雑誌類。引き出しの抜け落ちた机。分解され、元の姿を完全に失ったベッド。電球が無惨に割れた電気スタンド。強引にコードが引きちぎられたスピーカー。古新聞の様に積まれた教科書。そして、二度と人が座ることのない椅子。すべて……オレの部屋にあった物だ。無惨な姿をさらして雨にうたれる、オレの日常。オレが存在した証。でも、オレのことを忘れた由起子さんにとっては無用の物だった。浩平「……」その残骸の前を、ただ通り過ぎる。その時、視界の片隅にとらえたもの…。もうめくられることのなくなったカレンダー。雨にさらされたページを1枚だけめくる。見ることのなかった4月の暦。しかし、それもすぐ雨にうたれる。浩平「……」微かに言葉を呟いて、それですべての終わり。   「さようなら……退屈だった日々」そして、オレは一人霞む町並みを歩く。目的も、存在する理由もないまま…。 …… ……… …意識は覚醒していた。自分でも驚くくらいの深い眠りだった。ぐっしょりと濡れた剥き出しの地面の上に座り、淡く茂った木々の枝葉で雨をしのぐ。ここ数日降り続いている雨は、今日もまだ止むことがなかった。濡れて顔に張りついた前髪を掻き上げ、目の前に広がる風景を眺める。鬱蒼と茂った木々の隙間から、黒い雲が見える。昨日眠りについたときと全く同じ光景だった。つまり、まだオレの存在は消えてはいないと言うことか…。浩平(…でも)今のオレには分かった。希薄になる自分の存在。間違いなく、今日、オレはこの世界から消える。浩平「……」オレは重くけだるい身体を動かし、ぬかるむ地面に手をついて立ち上がった。飽和状態まで雨を吸い込んだ服が身体に張りついて、不快だった。 …それも後数時間の辛抱だ。青空を見ないまま、最後の瞬間を迎える。それでもいいと思った。もし、最後に太陽の輝きを見てしまったら、この世界に未練が残ってしまうかも知れないから。オレは鉛のように重い体を引きずって歩き出した。最後に消える場所を求めて。
見上げるとそこに空があった。冷たい滴を降らせながら、悲しそうに佇む天井。でも、その薄暗い世界の先には、青空が広がっている。手を伸ばせばそこに届きそうな錯覚。焦燥にも似た感覚。もう一つの世界。浩平「……」ゆっくりと視界が閉ざされる。抗うだけの力もなかった。いや、そんな必要もなかった。そこは、永遠がある世界…。だったら、その悠久の時の中で…。あの人の思い出と一緒に過ごす。短い思い出だけど、それなら何度も繰り返せばいい。だって、永遠なんだから…。雨の冷たささえ感じなくなった身体。そして、オレは…。浩平「…さようなら、茜」この世界から消えた。ザーーーー音が聞こえる。懐かしい音。だけどそれはありふれたもの。傘を叩く銀色の線。アスファルトの地面を冷たく跳ね返る雨の音。誰もいない街。ザーーーー聞こえるのは雨に音。同じ音の繰り返し。オレは少し骨の折れた傘を差しながら、モノクロの風景を歩く。やがて見えてきた景色。鬱蒼と茂った草葉が雨に揺らいでいた。白い靄の中心に佇む少女。オレに永遠の存在を教えてくれた少女。やがてその少女が霧に消える。オレはその空き地の中心に歩を進める。ピンク色の傘が見えた。見慣れた制服…。今までは意識したこともなかったクラスメートの姿…。オレはためらいもなく声をかける。そして帰ってきた言葉…。   「…誰?」無表情に呟く声。そして、永遠のはじまり…。「えいえんはあるよ」「ここにあるよ」
因为宅而去日本,工作压力却让我基本脱宅。。。
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回复:新人来报到,送上小小礼物

廊下にはもう里村の姿はなかった。確か、中庭とか言ってたよな…。しかし、この寒い時期に本当に中庭なんかで弁当を食ってるのか?半信半疑のまま、昇降口で靴を履き替える。そして、外への扉を開けた。こういう場合、教室さえ出なければ別に何をしても構わないことになっている。教室組は早速弁当を広げているし、学食組は教室の扉に群がって、チャイムが鳴るのを待ちかまえている。オレは、パンの袋をぶら下げて、里村の席に向かった。浩平「里村、折角だから一緒に食わないか?」茜「…嫌です」浩平「今、教室で弁当を食べると、もれなくオレのカレーパンを半分やるぞ」茜「…嫌です」浩平「なんなら、このコンビニのレシートもつけるが」茜「…嫌です」一方的な問答を繰り返していると、チャイムが鳴った。それを合図に、里村が廊下に出る。手には弁当箱を持っていた。オレも慌てて廊下に出る。しかし、廊下に群がる生徒に阻まれて思うように進めない。チャイムと共に一斉に廊下に出たのだから当然だった。浩平「ぐあっ…」人混みが引いたとき、すでに里村の姿はなかった。浩平「…逃げられた」そんな言葉がぴったりだった。でもまあ、どこに行ったのかは分かっている。オレは昇降口を経て、中庭に出た。教室を出てすぐさま辺りを見回す。しかし、すでに里村の姿はなかった。だけど行き先はだいたい分かっている。オレは廊下を走り、昇降口へ向かった。そして、そのまま中庭に抜ける。食堂に向かう生徒の列をよそに、昇降口を経て中庭へ。浩平「…寒いって」吐いた息が白い。12月なんだから当然と言えば当然だが。周りを校舎と体育館に囲まれている分だけ、屋上よりは風が穏やかなのが幸いだなと思う。 …いや、もちろん寒いことにかわりはないんだけど。オレは手を挙げて風を遮りながら、里村の姿を探した。中庭で弁当といえば、たぶん芝生の辺りだろう。 ……。本当にこんな所にいるのか?冷静に自問してみる。 ……。よく考えたら、こんな時期にこんな場所で飯食ってる奴なんて居るわけないか…。そう思い直して、校舎に引き返そうとしたとき。一人の女の子の姿に気づいた。 ……居た。一人で芝生の上にちょこんと座り、弁当箱を広げている。里村だ。オレは声をかけるため、その側に近づく。茜「…何か用?」挨拶を交わす間もなく、先に言われてしまう。浩平「一緒に昼飯でも食おうかと思ってな」菓子パンの袋を見せながら、用件を切り出してみる。茜「……」無言で、オレをじっと見つめる里村。茜「……」そして、そのまま横を向いてしまう。まさに『迷惑です』と言わんばかりの態度だった。茜「迷惑です」 …態度どころか本当に言われてしまう。浩平「何もそこまで言わなくても…」茜「……」オレの言葉をきっぱりと無視して、自分の弁当に箸を伸ばす。浩平「…じゃあ、オレはここで勝手に昼飯を食うぞ」浩平「別に無視するのならそれでもいいから」浩平「それなら別に構わないだろ?」茜「…どうぞ」里村の隣……よりも2メートルほど離れた場所に座り、菓子パンの包み紙を開ける。がさがさ…。包みを開ける音が、より虚しさを際だたせていた。そして、パンを頬張る。はぐはぐ…。 …はぐはぐ…。はぐはぐ…。浩平「やっぱり、あんパンはつぶあんに限るよな」茜「…こしあんです」いきなり否定されてしまった。浩平「やっぱり調理パンの基本はカレーパンだよな」茜「……」浩平「なんだ里村、異論があるのか?」茜「…いいえ」浩平「でも、砂糖をたっぷりとつけた揚げパンも捨てがたいよな」茜「……」浩平「なんだ里村、コッペパンの方がいいって言うのか?」茜「…いいえ」浩平「……」極めて不毛な会話だった。浩平「…うーん、今日のメロンパンはいまいちだな」スカスカしててあんまり味がしない。浩平「なあ、里村。マーガリン持ってたら貸してくれ」茜「…持ってないです」浩平「だったら、何かパンに合いそうな調味料持ってないか?」茜「醤油」浩平「…できれば他のがいい」茜「…練乳ならあります」そういって、白く濁ったガラス瓶を取り出す。浩平「なんでそんな物持ってるんだ…」茜「…駄目ですか」浩平「いや、まあ醤油よりはマシだろう」オレはその練乳の瓶を受け取って、メロンパンにたっぷりとかける。いかにも甘そうなメロンパンができあがった。試しに一口食べてみる。浩平「…ぐあっ」無茶苦茶甘かった。しかし、腹が減っているので食べないわけにもいかない。浩平「…あまいぞ~」オレは涙を流しながら、そのパンを口に運んだ。浩平「う、うまいぞ、今日のジャムパンはっ」茜「……」浩平「懐かしい中にもふくよかで上品な甘さが口一杯に…」茜「……」浩平「…広がって…」浩平「……」浩平「…はぁ」思わずため息が出る。茜「…続きは?」浩平「もういい…」仕方ないので、普通にパンをかじる。はぐはぐ…。 …はぐはぐ…。浩平「……」ちらりと里村の方を向くと、膝の上に置いた弁当を小さな箸でちょこちょことつついていた。ゆっくりとした動作でご飯を口に運ぶ。浩平「女の子らしい弁当だよな」茜「…似合わない?」浩平「そんなこと言ってないって」茜「……」弁当の量としてはかなり少ないのだが、それ以上に里村の食べるスピードが遅い。お互いがこのままのペースで食べ続けたら、間違いなくオレの方が先に食べ終わるな。そしたら、オレがここに居る理由も無くなってしまう。そう思って、オレもゆっくりとパンを食べることにした。もっとも、早く食べろと言われる方が辛い状況ではある。もごもご…。 …もごもご…。よく噛んで、味わって食べる。その横では里村が一定のスローペースを保ちながら、おかずを口に運んでいた。そのまま、ただ時間だけが流れる。浩平「…なあ、里村」茜「……」視線だけをオレの方に向ける。浩平「ここ、寒くないか…?」茜「寒くないです」浩平「オレはすごく寒いと思うんだが」茜「そうでもないです」浩平「無理してるようにも見えるんだが」茜「気のせいです」浩平「でもな…里村、お前身体ふるえてないか?」茜「…そんなことないです」浩平「それならいいけど…」茜「……」浩平「…絶対に寒いと思うけどな」茜「……そんなこと…ないです…」結局、この滑稽な会話は昼休みの終了を知らせるチャイムが中庭のスピーカーから響くまで続いた。オレはパンの袋を持って里村の席に向かった。浩平「よお、里村」茜「…はい」浩平「腹減ったなぁ」茜「…そうでもないです」浩平「今ならどんぶり飯3杯はいけそうだな」茜「…そうですか」オレたちが楽しく会話を楽しんでいると、やがてチャイムが鳴った。浩平「おっ。昼休みだぞ…」しかし、里村の姿はすでになかった。浩平「ぐあっ、いつの間に」廊下に出た里村の姿を追いかけて、オレも教室を後にする。教室を出てすぐさま辺りを見回す。廊下の奥に里村の姿を見つけ、その姿を追いかける。1階まで階段を下りて、そのまま昇降口へ。浩平「おい、里村」靴を履き替える里村を、下駄箱で呼び止める。茜「……」振り返って、無言でオレの姿を確認する。浩平「もしかして、また中庭で食うのか?」茜「はい」浩平「…なあ、学食にしないか?」茜「…どうして?」浩平「寒くないから」茜「中庭の方がいいです」浩平「…どうして?」茜「人が居ないから」浩平「…そうかぁ…」茜「……」再び無言で下履きに履き替えると、弁当箱を胸元で抱えて、そのまま表に出る。オレもあわててその後ろ姿を追いかける。浩平「今日は特に寒いよな」茜「……」浩平「雪になるかもな」茜「……」オレの言葉をすべて無視して、この前と同じ場所に座る里村。オレも同じくその横に腰かける。ハンカチをほどいて、弁当箱を取り出す里村。オレもパンの包み紙を破る。無言で箸を動かす里村。その横であんパンをかじるオレ。その横でカレーパンをかじるオレ。その横でメロンパンをかじるオレ。 …その間、会話は一切無い。こういうのも一緒に食事をしていると言うのだろうか?まあ、もともとオレが勝手についてきてるだけだけど。浩平「里村…なんでこんな場所で食べてるんだ?」茜「誰もいないところで食べたかったからです」浩平「なるほど、確かにこの季節なら普通は誰もこないな」茜「…普通は」視線を動かして、オレの方を見る。浩平「悪かったな…」茜「…はい」はっきりと遠慮なく頷く。浩平「……」茜「……」再び無言。浩平「なあ…」茜「…はい」浩平「どうして、あんな場所にいたんだ…?」もちろんあんな場所とはあの空き地のことだ。茜「好きなんです、あの場所が」浩平「その割には悲しそうだったな」茜「……」浩平「……」そのまま黙り込む。オレもそれ以上の詮索をせずに、自分の食事に取りかかった。茜「……」浩平「……」終始無言のまま、時間だけが流れる。時折、校舎の間を縫うように冬の風が吹き抜ける。その風にあおられて、枯れ葉が宙を舞っていた。気のせいかも知れないが、昨日よりも風がその冷たさを増しているように思えた。浩平「…絶対に寒いと思ってるだろ?」茜「……」 …無言。とりあえず差し障りのない話から入ってみるか…。浩平「なあ、里村。昨日の晩飯何だった?」茜「…オムライス」浩平「そうか、オレはチャーハンだったな」 ……。 ………。しまったっ! 5秒で会話が終わってしまった。まあ、よく考えたら盛り上がる話題でもないよな。茜「…自分で作ったんですか…」仕方ない、何か別の話題を…。 …ん?茜「チャーハン、自分で作ったんですか?」これは、オレに訊ねているのだろうか…?きょろきょろ、と周りを見渡してみてもオレの他には誰もいない。茜「……」浩平「あ、ああ…まあそれくらいは自分でしないとな」浩平「ほとんど一人暮らしみたいなもんだし」茜「…一人暮らし?」浩平「一応はおばさんと住んでるんだけど、仕事が忙しいみたいで家事はほったらかしだからな」茜「…そう」浩平「しかも、オレが起きるよりも早く仕事に行くし、帰ってくるのもずいぶん遅い時間みたいだし」茜「……」浩平「そういえば、ここひと月くらい一度も顔を合わせてないんじゃないか?」浩平「もしかしたら、道で出会ってもお互い顔を覚えてないかもな」茜「……」浩平「そんなわけで、チャーハンくらいなら自分で作れるようになったぞ」茜「……」浩平「里村は料理とかするのか?」茜「…私は料理は好きです」浩平「そうなのか」茜「はい」里村が頷くと同時に、昼休みの終了を知らせるチャイムが流れた。浩平「昼休み、もう終わりか…」くしゃくしゃになったパンの包みをズボンのポケットに押し込んで、芝生から腰を上げる。ぐ~っと伸びをしながら横の方を見ると、ぱたぱたとスカートについた芝生を払っている里村と目が合った。茜「……」浩平「またここで食べるのか?」茜「…はい」浩平「だったら、オレもまたつきあうかな」茜「……」浩平「いいだろ?」茜「……」芝生を払い終え、ハンカチで包んだ弁当箱を手に持ってそのまま昇降口へと向かう。茜「…遅れますよ」振り返ることなくオレの方を向いて呟く。浩平「そうだな」結局、オレの言葉に対して、良いとも悪いとも返事は返ってこなかった。廊下に出ると、すぐに里村の姿が見つかった。茜「……」手には弁当箱が握られている。浩平「…念のために確認するが」浩平「また、あの場所で食べるのか?」茜「…はい」浩平「そうか…」こういう場合、教室さえ出なければ別に何をしても構わないことになっている。教室組は早速弁当を広げているし、学食組は教室の扉に群がって、チャイムが鳴るのを待ちかまえている。オレは、いつものようにパンの袋をぶら下げて、里村の席に向かった。茜「……」席に座ったまま、上目遣いにオレを見上げる。茜「…どうしたの?」浩平「時間もあるみたいだし、今日はここで食わないか?」茜「寒いのいやですか?」浩平「暑いのに比べたらいいような気もするけど、やっぱり嫌だな」茜「私も、暑いのは嫌です」浩平「そりゃ嫌だろうな、その髪の毛だと」茜「……」一回でシャンプー一本クラスだよな、これは。浩平「いっそのこと、すぱっと切ったりはしないのか?」茜「切りません」浩平「短くてもそれはそれで似合うような気もするけどな」茜「…嫌です」浩平「何なら、オレが切ろうか?」茜「…絶対に嫌です」浩平「そうかぁ、一度やってみたかったんだが」茜「…自分の髪の毛を切ってください」そして…。4時間目終了のチャイムが鳴り、食堂組が一斉に駆け出す。それから、少し遅れて、里村が席を立つ。浩平「ゆっくりしてても絶対に座れることが唯一の利点だな」茜「……」里村が教室を出て、そのすぐ後ろに並んでオレも廊下へ。浩平「…念のために確認するが」浩平「また、あの場所で食べるのか?」茜「…はい」浩平「そうか…」浩平「いつも思うことがあるんだが…」茜「…はい」浩平「オレたち、何やってんだろな…」茜「……」浩平「あの場所にいったい何があるんだ…?」茜「…空き地のこと?」浩平「ああ」茜「思い出の場所です」浩平「……」茜「……」浩平「それで?」茜「それだけです」上履きをロッカーにしまって、ぱたんと扉を閉める。茜「行かないの?」浩平「…あ、ああ、行くぞ」先に昇降口を後にする里村についで、オレも靴を履き替え、昇降口のドアをくぐる。浩平「うっ…」外の空気に触れた瞬間、そのあまりの冷たさに声が漏れる。茜「……」それは里村にしてみても同じらしく、上着の前をしっかり合わせて、自分の身体を抱きしめるように震えていた。浩平「…さ、さすがに…やばいんじゃないか?」台詞がそのまま白い息となって吐き出される。茜「……」浩平「…さ、里村…」茜「…はい」浩平「い、今、返事にちょっと時間差があったぞ」茜「……」茜「…そんなことないです」浩平「そ、そうか…」茜「………はい」とりあえず、じっとしてても仕方ない。浩平「行くぞ~」茜「……」先頭をオレが歩いて、その後ろを里村がついてくる。そして、いつもの場所へ。浩平「お…風が止まったな」風が止むと、太陽が出ている分だけまだ多少はマシに思える。多少は……だけど。芝生に腰を据えて、いつものようにパンをかじる。 …はぐはぐ。はぐはぐ…。浩平「…ごちそうさま」あっという間に、あんパンを胃の中におさめる。あっという間に、カレーパンを胃の中におさめる。浩平「うーん、やっぱりパン1個じゃ、腹持ちが悪いよなぁ」茜「おなか空いているんですか?」浩平「ああ、育ち盛りだからな」茜「…朝は?」浩平「朝は、何も食べない」というか、そんな時間ない。茜「だからです」浩平「でも、朝はできるだけぎりぎりまで寝ていたいからなぁ」あの、まどろみの中でゴロゴロする事が、学校に行かなければならない平日の一番の楽しみだとオレは思うぞ。浩平「本当は、ぎりぎりと言わず昼過ぎくらいまでは寝ていたいんだけど」茜「私もです…」ため息と共に呟く。浩平「なんだ、朝は弱いのか…?」茜「…はい」浩平「何となく、早起きしてそうなイメージがあるけどな」茜「…そんなことないです」茜「寝起きは、いつもぼーっとしてます」浩平「ふーん、そうなんだ」茜「…はい」茜「だから、お弁当の下ごしらえはできるだけ前の日に済ませておきます」浩平「そうか……弁当も自分で作ってるのか」茜「…はい」浩平「大変だなぁ」茜「その方が、好きな物を入れることができますから」浩平「なるほどな、そうかもしれない」茜「…はい」浩平「……」茜「……」浩平「……」茜「…なに?」じっと顔を見ていると、里村が恥ずかしそうに視線を逸らしながら訊ねる。浩平「いや、弁当食わないのかなと思ってな…」さっきから、一向に箸をつけられる様子のない弁当箱。茜「おなか、一杯なんです」浩平「…もしかして、授業中にこっそり何か食べてたのか…?」茜「……」浩平「そうか、それでいつもそんなに弁当が少ないんだな」茜「……」無言でオレの仮説を否定している…ような気がする。浩平「…もしかして違うのか…?」茜「はい」浩平「だったら、なんで腹が一杯なんだ」訊ねると、視線を再び弁当箱に戻して、小さく答える。茜「…調理実習で作ったものを食べたから」 …ああ、なるほど。そう言えば3時間目、女子は家庭科だったな。以前はクッキー焼いたとかで、男連中に配り歩いてた女子もいたな。でも、そういう場合は焦げて真っ黒になったのとか、砂糖と塩を間違えて入れたのとか、そんな規格外のものと相場は決まっている。焦げてる分には、見た目で分かるから避けようもあるのだが…。毒を混入された方(材料を間違えたやつな)は、外見から判断がつかないから始末が悪い。うっかりそれを食ってしまい、真っ青な顔で保健室に運ばれた奴をオレは何人も知ってるぞ。浩平「今回は何を作ったんだ?」茜「炊き込みご飯と、アサリのお味噌汁です」浩平「…米を洗剤で洗ったりしなかったか?」茜「洗ってません」浩平「アサリの砂抜きをした水をうっかり鍋に入れたりしなかったか?」茜「入れてません」浩平「…そうだよな。里村って何となく料理得意そうだしな」茜「…そう見える?」意外そうにオレの方へ視線を向けながら、訊ねる。浩平「その弁当も自分で作ったんだろ?」茜「……」浩平「うまそうだよな」浩平「ちょっとボリューム不足だけど」茜「…私はこれくらいでちょうどです」浩平「オレもパンを食った後に食べたらちょうどくらいだ」茜「……」弁当をじっと見つめられるのが嫌なのか、そそくさと蓋を閉じようとする。浩平「本当に食わないのか…?」茜「…おなか一杯ですから」浩平「なあ、だったらそれオレが貰ってもいいか…?」弁当の中身を蓋越しに指さしながら、訊ねる。茜「…嫌です」浩平「残すのも勿体ないと思うけどな…」浩平「折角、うまそうにできてるのに」茜「……」弁当箱と、オレの顔を交互に見比べながら、少し考え込む。茜「…嫌いな食べ物はありますか?」浩平「うーん、そうだな……納豆くらいかな」茜「……」少しの間。茜「…納豆は入っていません」そう言って、膝の上の弁当をオレの方に差し出す。茜「私も嫌いですから…」今まで見た中で、一番穏やかな表情だと思った。視線は相変わらずそっぽを向いたままだけど。浩平「…ありがとうな」パンの袋を丸めて、弁当を受け取る。茜「…お箸洗ってきます」浩平「いや、大丈夫」立ち上がりかけた里村を、制止する。浩平「こういう時の為に割り箸は常に持ち歩いてる」制服のポケットから、割り箸を取り出し、里村に見せる。茜「……」浩平「じゃあ、貰うな」パチンと箸を割って、弁当箱に取りかかる。がつがつ…。 …がつがつ…。鳥そぼろの乗ったご飯を、一気にかき込む。茜「……」がつがつ…。 …がつがつ…。口一杯にかき入れた所で、良く噛んで一気に飲み込む。 ……。 …うまい。味が良く染み込んでいて、とにかくうまい。そして、これもあらかじめ用意しておいたホット烏龍茶の缶を開け、ごくごくと喉に流し込む。浩平「ふう…」と、一息ついたところで再び弁当に取りかかる。次は、このタコの形をしたウィンナー。割り箸で胴体(?)を掴み、一口で口の中に入れる。もぐもぐ…。 …もぐもぐ…。 …うまい。といっても市販のウィンナーを加工しただけのような気もするけど、この際気にしない。でも、ただの市販食品と思えないのは、やっぱりちゃんとフライパンで香辛料と一緒に焼いてあるからだな。それから、このだし巻きも絶品だと思うのだが…。あと、このうずらの卵もシンプルだけど、ちゃんと味がついてるしな。茜「……」浩平「…ふう、お茶、お茶」んぐんぐ…。烏龍茶で一息ついて、再び箸を伸ばす。がつがつ…。 …もぐもぐ…。がつがつ…。 …もぐもぐ…。浩平「…ふう…」弁当箱と烏龍茶の缶を同時に空っぽにして、息をつく。浩平「ごちそうさま。ありがとうな」すっかり空になった弁当を里村に返して、そのままの足で校舎に戻ろうとする。茜「…待って」立ち去りかけたオレを、里村が引き留める。浩平「どうした?」茜「…こんな時、普通は感想を言うものです」浩平「10点」茜「何点満点ですか…?」浩平「10点」茜「……」浩平「文句なくうまかった」正直な所だ。茜「……」オレの方を向いていた視線を、再び弁当箱に戻す。茜「…そう」空になった弁当箱を見つめて、微かに呟いた。浩平「戻らないのか? 遅れるぞ」茜「…はい」頷きあい、二人そろって昇降口に向かう。浩平「…やっぱり外は寒いって」茜「……」その時、止んでいた風が再び吹きすさび、静かだった木々をざわざわと揺する。不意に駆け抜けた風に、思わず身体を身震いさせる。これから、寒くなる一方だろうな…。まさに、そんな風だった。南「なあ、折原」購買で昼食を購入したところで誰かに呼び止められる。浩平「なんだ、南。さては、オレの昼食が目当てか!」南「違うって」浩平「このあんパンだけはお前には渡さん!」南「だから違うって」浩平「じゃあ、なんだ」南「あんな楽しそうな里村、初めて見た」浩平「…は?」早急というか、端的というか、いまいち言ってることがよく分からない。浩平「何言ってるのか意味不明だぞ、南」南「いや、さっきな廊下で里村とすれ違ったんだ」浩平「相撲取りとすれ違うことを考えたら、それほど珍しいことでもないだろ」南「でな、その時の里村が、やけに楽しそうだったんだ」浩平「………………楽しそう?」南「ああ」浩平「スキップでもしてたのか?」南「いや、普通に歩いてた」浩平「腹抱えて大笑いしてたとか?」南「いや、弁当持って普通に歩いてた」浩平「……どのあたりが楽しそうなんだ?」南「いや、何となく雰囲気がな」浩平「…曖昧だなぁ」南「オレは1年の時から里村とは同じクラスだからな。何となく分かるんだ」浩平「そうか~」南「まあ、気のせいかも知れないけどな」浩平「気のせいだろ?」南「…まあ、いいや。悪いな呼び止めて、それだけだ」さっさと話を締めくくると、人混みの中に消えていった。浩平(…楽しそうだった)南の言葉を何の気なしに繰り返しながら、食堂を出て昇降口へ。下履きに履き替え、上履きをロッカーに押し込む。そして、外へ。浩平「今日はまた、一段と寒いな…」かじかむ手のひらを擦り合わせながら、いつものように中庭の芝生に向かう。浩平「よっ、茜」いつもの場所に一人ちょこんと座る女生徒。そのクラスメートに声をかけながら、側に近づく。茜「…あかね…?」怪訝な表情で見上げる。浩平「あれ、違ったか…」茜「……」『茜』じゃないとすると…。浩平「だったら、えっと、確か…」茜「…あってます」浩平「…ん?」茜「…茜であってます」浩平「ああ、よかった。合ってたんだ」浩平「最初このクラスになった時、自己紹介で訊いたっきりだから、自信なかったんだけどな…」里村の横の芝生に腰を下ろす。茜「……」見ると、僅かに顔をうつむけて弁当箱に視線を落としていた。物思うような仕草。茜「良く覚えてますね…」そのままの視線で、オレに話しかける。浩平「ん? 何がだ…?」茜「私の名前です」視線は相変わらずそのまま。まるで、弁当箱の中身に話しかけているようにも見える。浩平「普通、クラスメートの名前くらい覚えとくもんだろ?」茜「……」浩平「名前を忘れられたら、悲しいしな」茜「…はい」複雑な表情で、ウサギの形をしたリンゴに頷きを返す。浩平「どうしたんだ? 茜…じゃなかった里村」茜「茜でいいです」浩平「そ、そうか…」茜「…はい」茜「…私は名字より名前の方が好きですから」浩平「分かった、そういうことなら」茜「…はい」浩平「……」茜「……」 …… そして、お互い自分の昼食をただ黙々と食べる。浩平「…さて、じゃあそろそろ戻るか」茜が食べ終わったことを確認して、そう促す。茜「…はい」浩平「ところでな茜…」茜「…はい」浩平「そろそろ、ここで昼飯食うのやめないか?」時折、身体を切るような凍えた風が吹き抜ける中庭。12月も上旬から中旬にさしかかろうかというこの時期に、いい加減外で食事もないだろう。浩平「寒いだろ?」茜「……」茜「…寒いです」浩平「そりゃそうだ」茜「はい」浩平「じゃあ、明日からは教室でいいだろ?」茜「私は…最初は教室で食べてました」浩平「そう言えばそうだよな」茜「…はい」浩平「何でこんな所で食べるようになったんだろうな…」茜「…どうしてでしょうね」オレの顔をじっと見る。浩平「う…もしかしてオレのせいか?」茜「…はい」頷く。結局オレが変につけ回したりしたから、成り行きでこんなことになったんだよな…。浩平「悪かったな…」茜「…はい」浩平「そんなにはっきりと頷かなくても…」茜「…冗談です」どことなく恥ずかしそうに下を向く。そのとき、ちょうど昼休み終了のチャイムが鳴り響いた。浩平「…えーっと、じゃあ戻ろうか」時間もないことだし。茜「…はい」立ち上がって、先を歩くオレ。茜はその後ろで、何かを言いたそうにじっと立っていた。浩平「…どうした茜?」茜「浩平」ぽそりと遠慮がちに呟く。浩平「ん?」茜「あってますか…?」浩平「ああ、正解だ」茜「…はい」浩平「それから、オレのことも浩平でいいぞ」茜「…わかりました」頷いて、オレのすぐ後ろに並んで歩き出す。浩平「やばいな…本当に遅れるぞ」茜「……」腕時計を見るとすでに次の担当が来ていてもおかしくない時間だった。浩平「…というか、走らないと間に合わないな」茜「…走りましょう」浩平「そうだな、走るか」茜「はい」一度顔を見合わせて、それから二人そろって走り出した。


akane的全部文本都贴完了~~
因为宅而去日本,工作压力却让我基本脱宅。。。
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