KeyFC欢迎致辞,点击播放
资源、介绍、历史、Q群等新人必读
KeyFC 社区总索引
如果你找到这个笔记本,请把它邮寄给我们的回忆
KeyFC 漂流瓶传递活动 Since 2011
 

下了渚的剧本,却因为是日语的看不懂,泪奔ing,现在发上去,有闲人的话谁帮忙翻译一下啊,帮个忙咩~~~~

[ 12123 查看 / 23 回复 ]

《CLANNAD日文剧情脚本-古河渚》
目录
1. 学园篇-古河渚路线
2. After Story 一周目-汐End
3. After Story 二周目-秋生End
4. After Story 三周目-True End
   
【学园篇-古河渚路线】
プロローグ
一面、白い世界…
………
雪…
そう、雪だ。
今なお、それは降り続け、僕の体を白く覆っていく。
ああ…
僕はこんなところで何をしているのだろう…。
いつからこんなところに、ひとりぼっちで居るのだろう…。
………。
雪に埋もれた…僕の手。
それが、何かを掴んでいた。
引き上げる。
真っ白な手。
女の子の手だった。
ああ、そうだった…。
僕はひとりきりじゃなかった。
彼女の顔を覆う雪を払う。
穏やかに眠る横顔が、現れた。
そう…
この子とふたりで…ずっと居たのだ。
この世界で。
この、誰もいない、もの悲しい世界で。
学园篇
この町は嫌いだ。
忘れたい思い出が染みついた場所だから。
毎日学校に通い、授業を受け、友達とだべり、そして帰りたくもない家に帰る。
何も新しいことなど始まらない。
朋也(こうしていて、何かが変わるんだろうか…)
朋也(俺の生活は、いつか変わるんだろうか…)
やたらと自然が多い町。
山を迂回しての登校。
すべての山を切り開けば、どれだけ楽に登校できるだろうか。
直線距離を取れば、20分ぐらいは短縮できそうだった。
朋也(一日、20分…)
朋也(すると、一年でどれぐらい、俺は時間を得することになるんだ…)
計算しながら、歩く。
朋也(ああ、よくわかんねぇ…)
辺りに同校の生徒の姿はない。
学校に続く大通りだから、本来、生徒で賑わっているはずだった。
今日が、休日というわけでもない。
つまりは…生徒が登校すべき時間ではない、ということ。
けど、そんな閑散とした光景を目の当たりにしても俺は焦ることなく、悠長に歩き続けた。
………。
校門まで残り200メートル。
一度立ち尽くす。
朋也「はぁ」
ため息と共に空を仰ぐ。
その先に校門はあった。
誰が好んで、あんな場所に校門を据えたのか。
長い坂道が、悪夢のように延びていた。
声「はぁ」
別のため息。俺のよりかは小さく、短かかった。
隣を見てみる。
そこに同じように立ち尽くす女生徒がいた。
校章の色から、同じ三年生だとわかる。
けど、見慣れない顔だった。
短い髪が、肩のすぐ上で風にそよいでいる。
女の子「………」
今にも泣きだしそうな顔だった。
俺なんかは常習犯だったからなんとも思わないが、真面目な奴なのだろう…
この時間にひとり教室に入っていくことに抵抗があるのだ。
女の子「うんうん…」
何かを自分に言い聞かせるように、目を瞑って、こくこくと頷いている。
女の子「………」
そして少女は目を見開く。
じっと、高みにある校門を見つめた。
女の子「この学校は、好きですか」
朋也「え…?」
いや、俺に訊いているのではなかった。
妄想の中の誰かに問いかけているのだ。
その彼(あるいは彼女)は、どう答えたのだろうか。
女の子「わたしはとってもとっても好きです」
女の子「でも、なにもかも…変わらずにはいられないです」
女の子「楽しいこととか、うれしいこととか、ぜんぶ」
女の子「ぜんぶ、変わらずにはいられないです」
たどたどしく話し続ける。
女の子「それでも、この場所が好きでいられますか」
………。
女の子「わたしは…」
朋也「見つければいいだけだろ」
女の子「えっ…?」
少女が驚いて、俺の顔を見る。
まるで、今まで誰もいないと信じていたかのようにだ。
朋也「次の楽しいこととか、うれしいことを見つければいいだけだろ」
朋也「あんたの楽しいことや、うれしいことはひとつだけなのか?  違うだろ」
女の子「………」
そう。
何も知らなかった無垢な頃。
誰にでもある。
朋也「ほら、いこうぜ」
俺たちは登り始める。
長い、長い坂道を。
4月14日(月)
教師「春原(すのはら)」
教師があるひとりの生徒の名を口にした。
教師「相変わらずいないのか」
隣を見る。そこが春原の席だった。
こいつの遅刻率は俺より高い。
ふたり合わせてクラスの不良生徒として名指しされることが多かった。
だからだろう、よく気が合う。
そして、クラスの中で、唯一俺が心を許して話すことのできる人間だった。
授業が始まる。
俺は窓の外を見て過ごした。
教師の声はすべて聞き流して。
一日の授業を終え、放課後に。
春原の奴は最後までこなかった。
結局、今日俺が話をしたのは、朝に出会った女生徒だけだった。
実に代わり映えしない毎日。
部活にも入っていない俺は、空っぽの鞄を掴むと、だべる生徒の合間を抜けて、教室を後にした。
家に帰っても、この時間は誰もいない。
もとより母親はいなかった。
俺が小さい頃に、交通事故で亡くなったそうだ。顔すら覚えていなかった。
母を亡くしたショックでだろうか…残された父は堕落していった。
アルコールを絶やすことなく飲み続け、賭け事で暇を潰す生活。
少年時代の俺の暮らしは、そんな父との言い争いにより埋め尽くされた。
けど、ある事件をきっかけにその関係も変わってしまった。
俺に暴力を振るい、怪我を負わせたのだ。
その日以来、父親は感情を表に出さないようになった。
そして、俺の名を昔のように呼び捨てではなく、『朋也くん』とくん付けで呼び、言動に他人行儀を感じさせるようになった。
それはまさしく、他人同士になっていく過程だった。
まるで殻に閉じこもっていくように。
今と過去との接点を断ち切るように。
突き放すならまだ、よかったのに。
傷つけてくれるなら、まだ救われたのに。
なのに父は学校から帰ってきた俺の姿を見つけると、まるで旧友が訪れたように喜んで…そして世間話を始めるのだ。
胸が痛くなって、居たたまれなくなって…
俺は家を飛び出すのだ。
だから顔を合わせないよう、親父の寝入る深夜になるまで家には戻らない生活をずっと続けていた。
明け方に寝るから、目覚めるのは昼近く。
高校に入ってからの俺は、毎日のように遅刻だった。
そんな生活を続けて三年近くになる。
今日も制服だけ着替えて、親父が帰ってくる前に折り返し家を出る。
それが体に染みついた日常だった。
夜の町をうろつく。
最後に行き着く場所はいつも同じだ。
行きがけにある弁当屋で、夕飯となる弁当を買い求めた後…
それを手に、学校の坂下に建つ学生寮へ。
うちの学校は特に部活動に力を入れているため、地方から入学してくる生徒も多い。
そんな生徒たちは親元を離れて、ここで三年間を過ごすことになるのだ。
俺のような学生生活に夢も持たない人間とはまったく違う人種。
関わり合いになることもなかったが、こんな場所にあいつ…春原は住んでいるのだ。
春原は元サッカー部で、この学校にも、スポーツ推薦で入学してきた人間だ。
しかし一年生の時に他校の生徒と大喧嘩をやらかし停学処分を受け、レギュラーから外された。
そして新人戦が終わる頃には、あいつの居場所は部にはなかった。
退部するしかなかったのだ。
その後も別の下宿に移り住む金銭的余裕もなく、この体育会系の学生が集まる学生寮に身を置き続けているのだ。
声「何度言えばわかるんだよっ」
春原「でも、すげぇ小さい音だったっての」
春原がいた。
別の部屋の前で、やたら図体のでかい男子生徒と話をしていた。
男子「すげぇ小さい音でも、壁が薄いから響くんだよっ!」
男子「ヘッドホンで聴けよっ」
春原「んな高級なもんねぇって、ははっ」
男子「じゃあ、聴くなっ」
春原「いや、でも、あれ聴かないと、調子出ないんだよね」
春原「それに、結構、イカす音楽だと思うんだよね」
男子「………」
春原「今度、歌詞とかちゃんと聴いてみてよ、イカしてるから」
男子「イカしてるも何もねぇ…」
男子「こっちは、むかついてんだよぉっっ!」
男子「次聞こえてきたら、叩き出すぞっ!」
バタンッ!
春原「ひぃっ!」
春原「………」
閉ざされたドアの前で、うなだれる春原。
春原「くそぅ…ラグビー部め…」
そう小さく呟いた。
朋也「んな声じゃ、聞こえないだろ」
朋也「くそぅ!  ラグビー部めえぇぇぇーっ!」
その背後に立ち、大きな声で言い直してやる。
春原「ひぃぃっ!」
春原は俺の頭を抱えると、自分の部屋へと引きずり込む。
廊下では、『今の誰だぁっ!』と怒声が響いていた。
春原「はぁ…はぁ…」
春原「僕を殺す気かっ!」
朋也「おまえが言ったんじゃないかよ」
春原「あのさ、岡崎…」
春原「ただでさえ、ここのところ、連中との関係が穏やかじゃなくなってるんだからさ…」
朋也「派手に散ろうぜ」
春原「後、一年残ってるよっ!」
朋也「おまえ、そうやって、ビクビク暮らしてくのな」
春原「あのね…」
春原「僕だって、一対一なら引くことはないさ。たとえ、相手がラグビー部だとしてもね」
春原「けど、周りは全部ラグビー部の部屋…」
春原「こんな場所で事を起こした日にゃ…分が悪すぎるよ…」
春原「でも、まぁ、卒業間際になったら、派手にやるのもいいね」
春原「そん時は、岡崎、僕の背中はおまえに任せるぜっ」
朋也「ラッキー、ザックリいくな」
春原「くるなよっ!  いけよっ!」
朋也「だって、俺、ラグビー部側だぜ?」
春原「いつからだよっ!」
朋也「いや、そん時だけ」
春原「はい!?  なんでよっ!?」
春原「共に過ごしてきた僕らの二年間は一体何よっ!  ええっ!?」
どぉんっ!
壁が揺れた。
続けざま、『静かにしろぉっ!』と怒鳴り声。
春原「ひぃっ」
朋也「蹴り返してやろう」
春原「やめてくれぇっ!」
朋也「おまえ、超ビビリな」
春原「おまえな…僕の立場に立ってみろよ…」
泣いている…。
春原「頼むから、ここでは大人しくしててくれ」
朋也「あ、ああ…」
その迫力ある惨めさに気圧されてしまう。
もぐもぐ…
俺は壁と万年コタツに挟まれた狭い空間に腰を落ち着けて、弁当を食べ始めていた。
朋也「悪い、お茶」
春原「出ねーよっ!」
朋也「だから悪いって、言ってるじゃん」
春原「頭下げようが、出ねぇよっ」
春原「おまえ、ここが食堂かなんかと勘違いしてない?」
朋也「おまえの部屋だろ。わかってるよ」
春原「ああ」
朋也「そして、おまえは、小間使いだ」
春原「ぜんぜんわかってないっすね」
朋也「頼むよ、買い忘れてきたんだよ」
春原「自分で行くという発想は、浮かばないのかよ…」
朋也「だって、おまえ、俺に命を助けられてからというもの、俺の役に立ちたくて、仕方がなかったんだろ?」
春原「そんな裏設定は隠されていませんっ」
朋也「俺が助けた後、おまえ、言ったじゃん」
朋也「春原という男は、あの時死にました…」
朋也「今ここにいるのは、あなたにお仕えする、ただのお茶くみなのです…てさ」
朋也「はい、お茶」
春原「壮大な嘘つくなっ」
朋也「じゃあ、最後のお茶でいいから」
春原「最初も最後もねぇよっ」
朋也「いや、感動的だぜ。これ聞いたら、おまえは、絶対入れたくなるな」
朋也「大怪我を負ったおまえは、もう助かりそうもなかった」
朋也「そのおまえに、のどが渇いた俺は、お茶くみを命ずる」
朋也「すると、おまえは最後の力を振り絞り、這いつくばりながらも、お茶を入れにいくんだ」
朋也「そして…」
朋也「岡崎様…お茶でございます…」
朋也「そして、これが…最後の…お茶となります…」
朋也「死に顔は、笑顔なんだ」
春原「僕、ムチャクチャ本望そうっすね!」
朋也「それが、おまえの望みなんだって」
朋也「そして、俺は泣きながらに、その最後のお茶を飲む」
朋也「な、感動的だろ」
朋也「はい、お茶」
春原「出ねぇってのっ」
それからは、雑誌を読んで、過ごす。
テレビがなかったから、話をするか、本を読む以外に、時間を潰す方法はなかった。
春原「ふわ…」
春原「そろそろ、寝ない?」
すでに日付は変わり、深夜となっていた。
朋也「ああ…そうだな」
俺は春原の部屋に泊まることだけはしなかった。
こんな奴と共に朝を迎えるなんて、想像しただけでも憂鬱になる。
春原「じゃ、僕、シャワー浴びてくっから」
朋也「ああ」
部屋の隅で山となっている衣類の中から、下着とタオルを引っ張り出すと、春原は部屋を出ていく。
朋也「………」
シャワーから戻ってきた春原を迎える、という状況もできたら避けたい。
今のうちに帰ることにしよう。
雑誌を閉じて、体を起こす。
すると、すぐ正面、一台のラジカセと向き合わせになる。
中にはテープが入ったままになっていた。
再生してみる。
流れてきたのは、一昔前に流行った、歌謡ヒップホップ。
朋也(ダッサ…)
朋也(こんなの聴かねぇだろ…)
かつて、俺をひとり部屋に放置して、何事もなく終わったことはないのだが…
今日のところは許しておいてやるか。
春原が戻ってくる前に、退散を決め込んだ。
4月15日(火)
また、いた。
朋也「おまえ、またかよ…」
朋也「どうして、ひとりじゃ上れないんだ?」
女の子「えっと…」
女の子「それは…」
女の子「その、なんといいますか…」
朋也「いや、別に無理して話さなくていいけどさ…」
朋也「俺ら他人だし」
女の子「あ、はい…」
朋也「でもさ、学校は真面目に出たほうがいいぞ」
女の子「遅刻してます」
ぴっ、と俺を指さした。
朋也「俺はいいんだよ…」
朋也「俺は…」
目を逸らす。
そもそも何を俺はこんなに真面目ぶって、他人を諭してるのだろう。
そう、こいつの言う通りだ。
同じ不良学生だ。
朋也「好きにしてくれ」
見捨てて、ひとり坂を登り始める。
ただ…
そんな不良に見えなかったから、話しかけてしまっただけだ。
それだけだ。
女の子「あっ、待ってください」
声…さっきの女の。
女の子「あの…ついていっていいですか」
振り返ると、すぐ後ろにちょこんと立っていた。
朋也「どうして」
女の子「それは…」
女の子「ひとりで行くのは、不安だからです」
女の子「………」
こんな見ず知らずの男を頼るこいつ。
友達のひとりやふたり、居るだろうに、なんでまた俺なんかを…。
俺は逆光に目を細めながら、坂を見上げる。
どうせ、すぐそこまでだ。
朋也「好きにしてくれ」
言って、再び歩き出す。
女の子「待ってください」
朋也「今度はなんだよ」
彼女は俺を見つめながら…
女の子「あんパンっ…」
そう言った。
朋也「………」
俺はなんて答えればいいのだろうか。
朋也「フランスパン」
女の子「なんのことだか、よくわからないです」
朋也「それはこっちのセリフだ」
朋也「なんだ、あんパンが好きなだけか」
女の子「いえ、取り立てては」
女の子「といっても嫌いなわけではないです」
女の子「どっちかというと好きです」
回りくどい奴だった。別になんでもいい。
朋也「いくぞ」
女の子「はいっ」
その返事は、少しだけ元気になっていた。
謎の言葉は、まじないか何かだったのか。
たとたとたとっ…
後ろから駆け足に近い足音が聞こえ続けた。
………。
チャイムが鳴り授業が終わった。
女生徒「あの…」
朋也「…ん?」
不意に声をかけられ振り向く。
女生徒「あ…」
藤林椋…?
このクラスの委員長をしている奴だっけな。
もっとも、正しくは委員長をやらされている奴、なんだろうけど…。
確か杏の双子の妹だったな。
頼りなさげな目を左右に泳がしながら、俺の机の隣に立っている。
椋「え…えっと…」
朋也「…なに?」
椋「あ、あの…これ…」
そう言って俺に差し出してきたのは一枚のプリントだった。
朋也「…ラブレター?」
椋「え?  ち、ちがいま──…」
朋也「見かけによらず大胆だな?」
朋也「むき出しで渡すなんて、なかなか出来る事じゃないぞ」
椋「その…ラブ…レターとか…そんなのじゃないで──…」
朋也「じゃあ不幸の手紙か?  こんなに堂々と渡すってのはイジメだと思うんだが…」
椋「ふ、不幸の手紙でもないと思います…」
朋也「………」
椋「………」
朋也「果たし状?」
椋「~~~…」
ぐっ…
藤林は顔を真っ赤にしながら、プリントを俺の胸に押しつけた。
椋「あ、朝のHRの時に配られたプリント…です」
朋也「なんだ、つまらねぇ」
受け取ったプリントを見ないでそのまま机の中に押し込む。
どうせ大したプリントでもないだろうし。
椋「………」
朋也「…ん?  まだ何かあるのか?」
椋「ぁ…えっと…あまり遅刻とかしない方が良いと思うんです」
朋也「…別におまえには関係ないだろ」
椋「でも…その…学校には…ちゃんと来た方が良いと思いますから…」
朋也「委員長ともなると、同じクラスの奴の出席にまで口を出すのか?」
椋「そ…そういうわけじゃ…ないですけど…でも…」
椋「…その…」
ジワ…と目が潤む。
朋也「………」
少し言い過ぎたかもしれない。
生徒「おい岡崎、委員長泣かすなよ。姉貴が飛んで来るぞ」
椋「…大丈夫です…泣いてませんから…」
目を涙でうるうるさせて言うセリフでもないと思う。
とりあえず、目から零れてはいないから、泣いていないということにしよう。
俺は頬杖をつき視線を窓の外に向けた。
もう話すことはないという意思表示。
それが伝わったんだろう、藤林は肩をおとして俺の机の前から去っていった。
…もしかしたら、まだ何か言いたかったんだろうか…。
三時間目が終わって、机に突っ伏していると、隣の席でどん!と音がした。
顔を上げると、春原の奴が自分の席でふんぞり返っていた。
春原「グッモーニン」
春原「いい、朝だねぇ。ボンバヘッ、て感じ?」
朋也「おまえのその平和な朝は、俺の寛大さのおかげなんだから、感謝しろよ」
春原「はぁ?  おまえの寛大さと僕の穏やかな朝に何か因果関係が?」
春原「はは、あるわけないでしょ」
春原「目覚ましのコーヒーを飲みながら、お気に入りのヒップホップを聴く」
春原「その優雅な時間だけは、誰にも邪魔できないのさ」
朋也「そりゃ、よかったな」
次は情け容赦なく、悪戯してやろう。
春原「今度、お気に入りのテープ、ダビングさせてやるよ」
朋也「ボンバヘッなんていらねぇよ…」
春原「おまえ、ボンバヘッを馬鹿にすんなよっ」
朋也「つーか、あれ、ヒップホップじゃねぇ、歌謡曲だろ…」
春原「何言ってんだよっ、ありゃ間違いなくヒップホップの最高傑作だってのっ」
朋也「いや、最高傑作かどうかは置いておいてだ…」
春原「ま、今度、空のテープ持ってこいよな」
朋也「いらねぇっての…」
春原「さて、昼まで寝て過ごすとするか…」
朋也「おまえはさっきまで寝ていたんじゃないのか」
春原「まぁね。でも、起きてても仕方ないじゃん」
朋也「おまえ、生徒の鏡な」
春原「じゃあ、おやすみっ」
机に突っ伏す。
朋也「ふわぁ」
眠気が移ったのだろうか、生あくびひとつする。
そして、四時間目の科目を、前の机の上を見て確かめる。
あの薄い教科書は…英語のグラマーか。
当てられまくる授業だった。
朋也(たるい…)
春原は本当に寝入っていた。
………。
朋也「おい、春原…」
俺はその肩を掴んで、揺する。
春原「ん…あん?」
朋也「おまえ、当てられたぞっ…」
春原「えっ?  マジかよっ!?  問題はなにっ?」
朋也「タケフジを歌いなさい」
春原「あ、ああ…OK!」
春原が勢いよく起立する。
春原「レッツゴー!」
春原「ウォーンチュテイクマイヘーン!  なーんとかメーン!  な~んちゃらなんちゃらガットゥドゥー」
そう高らかに答えた。
………。
教師が黒板にチョークを当てたまま、振り返る。
教師「何か言いましたか、春原くん」
春原「え…?」
春原「レッツゴー!」
春原「ウォーンチュテイクマイヘーン!  なーんとかメーン!  な~んちゃらなんちゃらガットゥドゥー」
教師「………」
教師「別に当てとらん」
失笑が所々で漏れていた。
春原「は…」
春原「岡崎、てめぇっ!」
春原「ったく、大恥かいたじゃないかっ」
朋也「ボンバヘッて最高傑作だよな」
春原「だよねっ!」
すぐ機嫌が直る。
春原「で、昼はどうする?」
春原「金あるんなら、外に出ようぜ」
朋也「ねぇよ」
春原「じゃ、学食か」
ふたりで廊下を歩く。
春原「とぅっ」
いきなり春原がジャンプをして、天井に手を伸ばしていた。
春原「今、第一関節、かんぺき触れたよ」
春原「すごくない?」
朋也「すげぇな」
春原「でも、今、本気出してないぜ?」
春原「学生服で本気出すと、破けちゃうもんね」
朋也「ああ、いい子だ。よしよし」
春原「くわーっ、相変わらず混んでやがんな…」
春原「ま、一年連中をどければ済むけどね」
春原「はい、ここ、僕たちの席ねーっ」
座って歓談していた一年連中に向かって、にこやかにガンを飛ばす春原。
朋也(こんな奴と一緒にされたくない…)
俺は自分の分の食券を買い、それをきつねうどんに替える。
それを持って、隅のほうに空いていた席に腰を下ろす。
春原「って、おい、岡崎っ」
春原「向こうの席、空けてた途中なのによっ」
定食の盆を持って春原が追いかけてきた。
春原「はい、ここ、僕の席だから、どいてねーっ」
今度は俺の隣に座っていた男子生徒をどけようとする。
男子生徒「あん?」
だが、そいつは同じ三年のラグビー部。
ラグビー部員「なに、俺たち食ってる途中なのに、どけって?」
春原「い、いや…一年かと思って…」
ラグビー部員「一年だったら、食ってる途中でもどけるんだな」
春原「いや、しないしない…」
ラグビー部員「僕、この前、この人に食ってる最中にどけられたッス!」
同席していたラグビー部の一年がそう高らかに告げていた。
春原「あっ、てめぇ、何チクッてんだよっ!」
ラグビー部員「よし、よぅく、わかった。ちょっと裏、行こうか」
春原「ひぃっ、誤解っす!」
首根っこを掴まれ…
春原「う…」
うわあああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーー…
ずるずると引きずられていった。
学食で昼食をとり終えると、早々にその場を立ち去る。
朋也(ふぅ…騒がしかった…)
女生徒「見て、あの子」
女生徒「ほら、あそこ」
窓際にいた女生徒が窓の外を指さして、隣の連れに話しかけていた。
女生徒「ひとりで、パン食べてる。なんか、一生懸命で可愛い」
女生徒「どこのクラスの子だろ。あんまり見ない子だね」
それだけで想像がついた。
同じように窓から中庭を見下ろすと、石段の縁に座り、ひとりパンを食べている少女の姿。
あいつだった。
朋也(春原もしばらく帰ってこないだろうし…行ってみるか…)
朋也「よぅ」
俺は近づいていって、声をかけた。
朋也「どうして、こんなところでひとりでいるんだ」
ぱくぱく。
朋也「ん?」
なるほど…確かにあんパンを食べている。
ぱくぱく。
朋也「なぁ、聞いてるか?」
女の子「ごめんなさいです…今、ご飯中ですので」
食べるのを止めて、それだけを答えた。
朋也「そっか…」
隣に座って待つことにする。
先ほど見下ろしていた場所をここから見上げることができる。
今はもう、誰もこっちを見ていなかった。
あんパンを食べ終わると、牛乳パックを口にしてそれも飲みきる。
女の子「………」
朋也「………」
女の子「…あの、なんでしょうか」
朋也「ん?  ああ」
朋也「どうして、こんなところでひとりで昼飯食ってるのかなって」
女の子「この学校は好きですか」
聞いたことのあるセリフ。今度は俺に向けられていた。
朋也「いや、取り立てては」
女の子「そうですか…」
女の子「わたしはとってもとっても好きです」
女の子「でも、なにもかも…変わらずにはいられないです」
女の子「楽しいこととか、うれしいこととか、ぜんぶ」
女の子「ぜんぶ、変わらずにはいられないです…」
すべて、昨日の朝、聞いたセリフだ。
朋也「それで、この場所が好きでいられなくなったのか」
最後の言葉は俺が言っていた。
女の子「はい、そうです」
朋也「具体的に言ってくれよ。なにがなんだかわからない」
女の子「病気でずっと休んでいたんです」
朋也「あんたが?」
女の子「はい」
朋也「どれぐらい?」
女の子「長い間です」
朋也「ふぅん…それで?」
女の子「もうこの学校は、わたしが楽しく過ごせる場所じゃなくなってたんです」
朋也「それでもよくわからないな…」
朋也「友達とかいたんだろ?」
女の子「友達と呼んでいいのかわからないですけど、話が出来る人は少しだけいました」
朋也「別に仲は深くなくていいよ。いたんならな」
朋也「つまりこういうことだ」
朋也「長い間休みすぎたから、友達とも話しづらいと。自分がいない間に、結束が固まっているようで」
朋也「そうだろ?」
女の子「………」
朋也「でもあんたの友達ってさ、そんな薄情な奴らなのか?」
朋也「普通、どれだけ時間が経ってもさ、快く迎えてくれるもんだけどな」
女の子「迎えてくれないです」
朋也「そら薄情な奴らだな」
女の子「…いえ。悪いのは、長いこと休んでいたわたしのほうなんです」
女の子「だって、彼女たちと過ごした時間はほんの少しで…」
女の子「今はもう、この学校にはいないんですから」
朋也「…え?」
朋也「どうしてさ」
女の子「みんな卒業しました」
女の子「今年の春に」
朋也「………」
朋也「…あんた、どれだけ休んでたの」
女の子「九ヶ月です」
朋也「なるほど…」
ひとりきりの転校生。
そんな気分なのだろう、彼女にしてみれば。
女の子「浦島太郎の気分を味わいました」
そういう表現もできるか…。
女の子「だからひとりで昼ご飯を食べていました」
朋也「了解。もういいよ。よくわかった」
女の子「はい」
………。
どうしたものだろうか…。
遠慮なく、話を聞きすぎたような気がする。
ここまで聞いておいて、じゃあ、がんばれよ、と言って立ち去るのも気が引けた。
──ぜんぶ、変わらずにはいられないです…
俺は、その言葉を思い出していた。
朋也「…当然だ。時間は進んでいくんだから」
女の子「はい?」
朋也「昨日も言ったよな、俺」
朋也「変わらないものはないんだから、また別の形で楽しみを作ればいいんだよ」
朋也「友達、作ればいいじゃないか、また新しく」
女の子「時期が時期ですから、みんなそういう雰囲気じゃないです」
朋也「三年生だったか…」
確かに…。
この受験を目前に控えた時期に、好んで友達を増やしたいと思う奴はいない。
朋也「あ、部活は。部活は入ってなかったのか」
思い出したように訊く。
女の子「入ってないです」
朋也「そっか…」
女の子「でも、入りたいクラブはあります」
朋也「よし。それは、なんだ?」
女の子「演劇部です」
朋也「演劇ね…あったかな、うちの学校に…」
女の子「ありました。一年前には」
朋也「そっか…」
朋也「よし、じゃ、放課後、見に行ってこいよ。部室」
女の子「………」
朋也「そうしたいだろ?」
女の子「はい、そうしたいです」
朋也「じゃ、頑張らないとな」
女の子「はい。がんばりますっ」
俺の後押しがきいたのか、ぐっ、と手を握って意を決した。
春原「ただいま…」
朋也「おまえ、泣いてる?」
春原「泣いてなんかないやいっ」
朋也「あ、そ」
窓の外を見る。
朋也「ふぅ…」
俺は昼休みに会った女の子のことを思い出していた。
朋也(しかし不憫な奴だよな…)
本人は浦島太郎だとか言ってたけど…実際そんな気分なんだろう。
考えてみればいい。部活にも入っていなければ、後輩との関わり合いなんてない。
この学校で彼女が知っている人間と言えば、教師以外にはいないのだ。
朋也(放課後か…)
演劇部の連中は、あいつを快く迎え入れてくれるのだろうか…。
三年といったら、もうクラブも引退寸前なのに…
それをこれから頑張ろうなんて…他人の目にはどう映ってしまうんだろうか…。
朋也「ん…」
みんなが一斉にかりかりとシャーペンの音を立て始めたことに気づく。
──時期が時期ですから、みんなそういう雰囲気じゃないです。
朋也(俺とて、そうなんだけどな…)
何をやっているんだか。
俺は授業も聞かずに、ずっと外の風景を見ていた。
五時間目の授業が終わる。
退屈な授業も、残すは一時間。
春原は椅子の背もたれに後頭部を載せて、豪快な格好で寝ていた。
朋也(よく、滑り落ちないもんだな…)
話し相手もいないので、また窓の外に目を向ける。
朋也「…ん?」
先ほどまではなかった光景が、そこにはあった。
今、坂を登ってきたのか、バイクが2台、校門の近くに止まっていた。
ライダーは二人ともノーヘルで、若い男だということがここからでもわかる。
そのうちのひとりが、手を振って合図する。
2台のバイクは、爆音をあげながら校内の敷地内を暴走し始めた。
確か、去年の暮れにも似たようなことがあった。
その時の犯人は、近くの工業学校の生徒だった。
町一番の進学校というのが、そんなに気に入らないものなのだろうか。
春原「お、なになにっ」
春原の体がいきなり目の前に現れる。
朋也「てめぇ、人の机の上に乗るな」
春原「いいじゃん。お、すげぇ、爆走」
その騒音を聞いて、他の男子も、何事かと窓際に集まり始めていた。
…鬱陶しいこと、この上ない。
俺は席を立つ。
春原「岡崎、おまえ、行くのかっ?」
朋也「まさか。暑苦しいから、廊下に出るだけだよ」
春原「なんだよ、これからがいいところなのに」
廊下で、ほとぼりが冷めるのを待つ。
教室では野次馬たちが、わっと湧いていた。
続けて黄色い声が飛び交っていた。
あの中にいたら、むかついて誰か(主に春原)を殴っていただろう…。
HRが終わり、放課後となる。
春原「ふわ…よく寝た…」
春原「さてと…どっか行くか、岡崎っ」
朋也「おまえ、すげぇ脳天気な」
春原「ま、放課後ぐらいは楽しまないとねっ」
春原「どこ行く、岡崎っ」
朋也「だから、俺、金ねぇっての」
春原「そっか。僕も、すっからかんなんだよねっ」
春原「とりあえず学食いったら、誰かいるだろうからさ、ジュースでもおごらせようぜ」
朋也「そんなのばっかだな、おまえは…」
春原「よし、じゃ、いこう」
やることもなかったから、ついていくことにする。
春原「ねぇねぇ、ジュースおごってよ」
春原が後輩を捕まえて、そうせびっていた。
春原「百円じゃなくて、二百円」
春原「ふたりぶんだから。あっちの人も」
春原「うん、君、いい奴だねぇ。なんかあったら、僕たちに言っておいでよね」
春原「僕たち、学校の外ではぶいぶい言わせてるからさっ」
春原「この前も、喧嘩売ってきた奴の眉間にさ、人差し指一本当ててやったの」
春原「そしたら、そいつの顔面、こっぱみじん!」
…嘘をつけ。
何気なく俺は壁の時計を見た。
六時間目が終わってから、二十分が過ぎていた。
朋也(あいつ、勇気出して行ってんのかな…)
俺は、昼に会った女生徒のことを思い出していた。
気になって仕方がなかった。
俺は踵(きびす)を返し、その場を離れる。
春原「ありゃ、岡崎、どこにいくんだよっ」
春原の声が聞こえたが、無視して、そのまま学食を後にした。
階段を駆け上り、旧校舎の三階までやってくる。
確か、この階の教室が文化系の部室に宛われていたはずだ。
朋也(結局、来ちまった…)
廊下の一番先に、あいつは立っていた。
朋也「はぁ…なにやってんだよ…」
俺はしばらく遠くから見ていた。
朋也「………」
それはまるで、朝の再現のようだった。
またもそこで足踏み状態なのだろう。
目の前にある部室。
その中では、演劇部の連中が賑やかに練習しているかもしれないのだ。
それは、彼女が今朝に味わったであろう、自分のクラスに対する違和感と同じだ。
今更中に入っていけない、気まずさ。
彼女は何を期待して、そのドアを開けることができるだろう。
新入部員だと言っても、三年生だと知れば、部員たちの反応は当惑に変わるだろう。
ひとりでも知り合いがいれば良かったのだろうけど…。
女の子「………」
同じネガティブなイメージが彼女の脳裏にもよぎっているのだろう。
彼女の口が小さく動いたような気がする。声は聞こえなかった。
朋也(ハンバーグ…?)
いきなり夕飯の算段だろうか。
なんか、口の動きは合っていた気がする。
でも、それでようやく決意が固まったようだ。
ドアの取っ手に手をやり、そして引く。
がらり。
女の子「あのっ…」
声が出た。
でも、そこから言葉は続かなかった。
目はまっすぐ部室の中を見据えたまま。そこにどんな辛辣な光景が待っていたのか。
朋也(くそっ…)
俺は走って、彼女の元に駆けつける。
そして、後ろから教室の中を見た。
………。
乱雑に積まれたダンボール。
部室であるはずの、教室は物置になっていた。
誰かと交わした他愛もない無駄話の中で、一度だけ話題にのぼったことがあった。
…演劇部は廃部になったらしい、と。
女の子「………」
ぽむ、と彼女の小さな頭に手を置く。
女の子「あ…いらっしゃったんですか」
朋也「ああ、悪いな。見てた」
女の子「頭の手は…なんですか?」
朋也「いや、別に」
女の子「そうですか…」
朋也「ああ」
しばらく彼女は呆然と、俺はその後ろで彼女の頭に手を置いて、ふたり立ち尽くしていた。
端から見れば、おかしなふたりだっただろう。
朋也「俺はD組の岡崎朋也」
朋也「あんたは?」
女の子「…B組の古河渚です」
朋也「よろしく」
古河「はい、よろしくお願いします」
遅すぎる自己紹介。
ふたりだけは、出会いの日の中にあった。
古河「………」
古河「それで…」
古河「演劇部はどこにいったんでしょうか」
朋也「よろしく」
古河「………」
古河「はい、よろしくお願いします」
古河「………」
古河「で、演劇部は…」
朋也「よろしく」
古河「はい、よろしくお願いします」
古河「で、演劇部は…」
朋也「よろしく」
朋也「ひとりで帰れるか?」
古河「はい、もちろんです」
朋也「ハンバーグでも食って、元気つけろよ」
古河「え?」
古河「岡崎さん、すごいです。今晩、ハンバーグにしようと思ってました」
朋也「だろうな…」
楽しいことひとつ見つけられなくなってしまった学校。
そんな場所で、こいつは…
三食の献立すら、頑張った自分へのご褒美に変えて、前に進んでいこうとしていた。
朋也(あんパンなんて、んな質素なもんじゃなくてもいいだろうに…)
朋也「明日は遅刻すんなよ」
古河「がんばってみます」
朋也「ああ。じゃあな」
古河「はい。さようなら、岡崎さん」
日が暮れる前に、俺は帰宅する。
そして、いつものように着替えだけを済ませて、再び家を出た。
学生寮の玄関を抜けて廊下を歩いてると、前方から、巨体がいくつもこっちに向かって転がる勢いで迫ってくる。
どどどどどどどーーっ…
朋也「うぉっ…」
寸でのところでよけて、それらを見送る。
ラグビー部の連中だった。
そのままそれぞれの部屋へと駆け込んでいった。ばたんばたん、とドアが閉じられる。
女性「こらぁーーーーっ!」
それを追いかけてくる、ひとりの女性。
女性「はぁ…ったく、あいつらは…」
俺の隣で足を止めた。
ここの寮母だ。名は相楽美佐枝。
寮生ではない俺も、これだけ通い詰めていれば、嫌でも顔見知りになる。
美佐枝「こぞって、女子寮を覗いたりして…」
美佐枝「あいつらは小学生か…」
美佐枝「はぁ…」
深いため息をついて、来た道を引き返していった。
春原の部屋で、寝そべって雑誌を読み始める。
春原「おまえさ…」
春原「雑誌、読むだけなら、持って帰っていいから、家で読めよ…」
朋也「そう寂しいこと言うなよ、俺はおまえの隣で読みたいんだよ」
春原「どうしてだよ…」
朋也「なんていうんだろ…おまえと居るだけで、落ち着くっていうかさ…」
春原「マジかよ…」
春原「はは…そりゃ、そんなふうに言われると、追い出せなくなるけどさ…」
朋也「あ、お茶まだ?」
春原「出てってください」
朋也「おまえの入れるお茶、うまいしさ」
春原「一度も入れたことねぇよっ」
朋也「そうだっけ?」
春原「そもそもなんで、僕がおまえにこき使われにゃならないんだよっ」
春原「後輩でもないし、腕っぷしだって、僕のほうが強いはずだ」
春原「それとも、なんだ?  今、ここで上下関係、白黒はっきりつけるか?」
朋也「………」
ぺら…。
朋也「………」
朋也「…え?」
春原「むちゃくちゃ読書に没頭してますねぇ!」
春原「それ、返せよっ、僕だってまだ読んでないんだぞっ」
朋也「昔の読み返してろよ」
朋也「ほら、ここ、クロスワード埋まってないじゃん。頑張って埋めろ」
春原「おまえの持ってる次の号に、答え載ってるんですけどっ」
朋也「ちょうどいいじゃん。後で答え合わせしようぜ。当たってたら、ほめてやる。頑張れ」
春原「あんた、何様だよっ!」
朋也「おまえの師匠」
春原「なんのだよっ!」
朋也「うるせぇなぁ!  気が散って、読めないだろっ!」
春原「うおおぉーっ!  なんで、逆ギレされにゃならんっ!」
どぉんっ!
声『静かにしろやぁっ!』
春原「ひぃっ」
隣部屋からの怒声に春原が体を縮こませる。
朋也「ほら、静かにしてねぇと、また、袋にされるぜ?」
春原「あんた、鬼っすね!」
春原「くそぅ…マジでクロスワード解いてやるっ」
春原「てめぇ、当たってたら、参りましたって言えよなっ」
朋也「ああ、言ってやるよ…」
春原「ええと、縦の1…元日から三日までをなんと呼ぶか…」
春原「ははは、馬鹿かっての」
春原「三連休…と」
先生、ここにアホな子がいます。
春原「ダメだ、おかしい…」
朋也「何がだよ」
春原「答えとマスの数が合わないんだよ、絶対、間違ってるって」
間違ってるのは、おまえの答えだ。
春原「やめだ、やめっ」
春原「くそつまんね…」
雑誌を部屋の隅に投げ捨てる。
春原「なんか、おもしろいことないかねぇ」
朋也「そういや…」
朋也「今日の学校の騒ぎ、あれ、なんだったんだ?」
春原「ああ、あれね」
春原「とんだ茶番劇だったよ」
朋也「なんだよ、それ」
春原「この春からの編入生らしいんだけどさ、そいつがなんか、人気取りしてんの」
春原「前の学校じゃ、よっぽど、男に縁がなかったんだろうねぇ」
春原「あんな汚い真似までして、もてようなんてさ」
春原「男だったら、焼き入れてるっての」
状況がさっぱり掴めない。
春原「まぁ、女の子だからさ、見逃しておいてやるよ」
春原「それでも、あんまり目に付くようだったら、放っておかないけどねっ」
こいつに説明を求めた俺が馬鹿だったのだろう。
春原「ふわ…」
春原「僕、そろそろ寝たいんだけど」
時間はすでに午前3時。
朋也「ふーん…」
ぺら…。
春原「泊まってくの?」
春原「じゃ、電気消すよ」
朋也「うわ、やめろっ」
春原「え?」
朋也「泊まらねぇよ…」
春原「あ、そ」
春原「じゃ、もう寝るから、でてってくれる?」
朋也「言われなくてもそうするよ…」
雑誌を投げ捨てて、立ち上がる。
ドアノブを引いたところで、俺は動きを止める。
朋也「そういや最近この寮って、真夜中になるとさ…」
春原「なんだよ」
朋也「………」
朋也「やっぱいいや」
春原「最後まで言えよっ!」
朋也「じゃあ、おやすみ」
俺はドアを閉めた。
中から悶絶する声が聞こえ続けたが、無視して、俺は寮を後にした。
本主题由 版主 Leaves 于 2009/1/17 11:27:20 执行 关闭主题/取消 操作
分享 转发
TOP

回复:下了渚的剧本,却因为是日语的看不懂,泪奔ing,现在发上去,有闲人的话谁帮忙翻译一下啊,帮个忙咩~~...

幻想世界I
僕は見ていた。
遠い世界を。
薄暗い場所だった。
どこなのだろう、ここは。
屋内のようだった。
閑散としていた。
机が見える。
人が居るべきだった。でも、居なかった。
なにひとつ、動くものなく…
ただ、時間が過ぎる。
………。
もし僕が、新しい命として、生まれる場所を探しているなら…
この世界を選んではいけないと思った。
僕は怯えていたのだ。この世界に。
僕はずっと前から気づいていた。
この世界は終わってしまっている、ということに。
もう、ここでは何も生まれず、何も死なない。
過ぎる時間さえ、存在しない。
だから、終わることすらない。
一度生まれ落ちたが最後。
終わりのない世界に閉じこめられ、二度と出られなくなる。
死ぬこともなく、新しい世界に生まれることもできない。
そんな凍てついた世界を、僕は見ていた。
このまま目を閉じて、ここから去ろう…
そう思う。
どうか…次、目覚めたときは、この世界でないよう…。
もっと、素敵で、温かな世界でありますように。
僕は目を…
この世界での、意識を閉じた。
………。
そのとき、一瞬、光が揺らいだ。
何かが動いたのだ。
その正体はわからない。
けど、動く何かがある。
この世界は、終わっていなかったのだろうか…。
…あるいは、終わっている世界に住む、何かなのだろうか。
窓から漏れる光を受けた壁。
その影の部分が動いている。
もし『目』を動かせたなら、見えたかもしれない。
でも、まだその正体はわからない。
ゆっくりと動いている…。
やがて、壁は元通りの光を映し出し…
代わりに、ひとりの少女が目の前に現れた。
まだあどけなさが残る。
僕のことをじっと見ていた。
見えるのだろうか、僕が。
彼女の手が僕に向けて差し出される。
けど、それは僕に触れることなく、通り過ぎた。
そう…
僕はこの世界に生まれていない。
だから、触れることができないのだ。
でも、だとしたら…どうして彼女は僕に気づいたのだろう。
姿だけは見えているのだろうか。
それはどんな姿で?
彼女は引いた手を、左右に振った。
そして僕から離れていく。
見えなくなった。
…こんな世界に、人がいた。
終わってしまった世界で、彼女は何をしているのだろう?
どんな暮らしをして、何を糧に生きているのだろう?
生き続けているのだろう?
僕は、どうしてか、彼女のことが気になった。
それはこの世界の異質さからだろうか…。
まだ、僕は怯えている。
…この世界に、生まれてはいけない。
でも、少女はそんな場所に住んでいた。
だからだろうか…。
………。
また僕はこの世界を見ていた。
多くは、退屈な静止した世界だった。
でも、時折、少女が目の前に現れてくれる。
少女と僕は、意志の疎通ができなかった。
だから、彼女は、僕を見る以外のことはしなかったし、僕も、彼女を見る以外のことはできなかった。
でも、確かに…
その瞬間を、僕はいつも待ちこがれていたのだ。
少女の生活は孤独だった。
少女以外に、誰もいなかった。
それは当然だった。
ここからは、何も生まれず、何も死なない。
そんな世界だ。
だからだろう。
飽きもせず、僕なんかを見てくれるのは。
ある日、彼女は胸にたくさんの何かを抱いて目の前に現れた。
それは、大小さまざまの…ガラクタだった。
ガラクタとしか言いようのない…用途のわからない物ばかり。
そこから彼女は、長い時間をかけて、そのガラクタを組み上げ始めた。
どれだけの時間が過ぎただろうか。
少女の目の前には彼女の半分の背丈ほどの人形が立っていた。
少女は誇らしげに立つと、僕に顔を向けた。
彼女の顔を見て、ようやく気づく。
その体は、僕のためのものだったのだ。
でも、僕はどうすればいいのだろうか。
よくわからなかった。
望めばいいのだろうか。
この世界に生まれることを。
僕はそんなことを望んでいたのだろうか。
僕は今でも、この世界を恐れているのだ。
生も死もなく…
二度と、抜け出ることができない世界…
本当に、そんな閉ざされた世界だったら…
僕という存在は、ここで終わるのだ。
少女が差し出す手…
擦り傷だらけの手を、僕はじっと見た。
この世界で…たったひとつの温もり。
いつしか…
僕はそれを求めた。

4月16日(水)
また彼女はそこにいた。
朋也「あのさぁ…」
古河「あ、おはようございます」
頭をぺこりと下げる。
朋也「おはようございます…じゃねえよ」
古河「はい?」
朋也「言いたいことは色々あるんだけどさ…」
朋也「とりあえず、またここで何してんのさ」
朋也「俺は単純に寝坊したんだけど、あんたは違うだろ?」
朋也「ずっとここにいたんだろ」
古河「はい…いました」
朋也「それとも、なんだ?  おまえは、ここで生徒全員に挨拶しているのか」
朋也「しかも、遅刻してくる生徒にまでだ」
古河「いえ…そんなことはないです」
古河「正直に言ってしまうと…今朝挨拶したのは今のが初めてです」
古河「………」
朋也「………」
『…浦島太郎の気分を味わいました』
昨日の言葉を思い出す。
きっとそれだけじゃない。
誰もが進学していくような学校で、2度目の三年。
しかも、女の子で…。
周りの生徒との溝は、俺が思っている以上に深いのかもしれない。
朋也「はぁ…」
無意味に頭を掻く。
朋也「…とりあえず、いこうぜ。こんなところに突っ立っていても、仕方がないだろ」
古河「でも…ちょっとまだ…」
朋也「今日の昼は何を食う」
古河「それもまだ決めてないです」
朋也「カツサンドにしろ。あれうまいから」
古河「カツサンドというと…一番の人気商品だという噂のですか」
朋也「噂って…んな大げさな」
古河「でも、買うの難しいです。あんパンにしておきます」
古河「あんパンなら、いつも余ってますから」
朋也「俺が買ってきてやってもいいから」
古河「いえ、そんな無理は言わないです」
朋也「無理って、そんな大したことじゃないけどさ…」
朋也「それに、あんパンよりかはカツサンドのほうが効き目があるんじゃないのか」
朋也「走って売り場にいけば、買えるよ」
朋也「それに、あんパンよりかはカツサンドのほうが効き目があるんじゃないのか」
古河「……?」
少し小首を捻った後、唐突に俺の言葉を理解して大きく頷いた。
古河「カツサンドだったら、ものすごくがんばって、この坂のぼれますっ」
古河「突っきって、裏門から出てしまうぐらいですっ」
朋也「それは、帰ってしまってるじゃないかっ」
古河「そ、そうですねっ…」
朋也「ほら、カツサンドって言ってみろ」
古河「えっと…カツサンド」
朋也「よし、いくぞ」
本当にそんなおまじないで、気が奮い立つのかどうかは知らない。
でも、それを合図に俺は彼女の背中を押した。
慌てて、自分の足で坂を登り出す。
一歩一歩、着実に。
朋也「ふわぁ…」
すでに進学する気もない俺にとって、授業ほど無意味なものはなかった。
朋也(春原もいないし…退屈だ…)
朋也(春原は、自主トレに出たままだし…退屈だ…)
朋也(退屈だ…)
ただ居て、話を聞き流しているだけ。教科が替わろうが、やることは同じだった。
他に楽しいことがあるわけでもなし…。
適当に過ごすか…。
………。
四時間目を終え、昼休みに。
2時間ぶんの授業しか受けていないにも関わらず、十分だるい。
朝から四時間も授業を受けて、平然としている奴らが信じられない。
ようやく、午前の授業が終了…。
朋也(よくも、こいつらは毎朝4時間も授業を受けていられるもんだな…)
久々に一時間目から受けたから、堪えた…。
春原「岡崎、昼飯食いにいこうぜっ」
朋也「おまえ、ずっと居たみたいに言うな。今、来たところだろ」
春原「腹減ったから、来たのさっ」
朋也「素敵なスクールライフだな」
春原「昼飯も出れば、ずっと寮に居るんだけどねっ」
朋也「おまえの存在が、あの寮のカビな」
そういや昼飯で思い出す。
朋也(約束してたな…カツサンド買ってきてやるって)
朋也(しかも、カツサンドはすぐ売れ切れちまうぞ…)
朋也「春原、おまえはひとりで勝手に食ってろ!」
俺は走り出す。
春原「んだよ、おいっ」
俺は走って、学食に向かう。
学食のパン売場はすでにぶ厚い人垣が出来ていた。
朋也(くそ…遅かったか…)
今更、あの人混みの中に割って入っていく気も起きない…。
朋也(また、あんパンでもいいかな、あいつ…)
──カツサンドだったら、ものすごくがんばって、この坂のぼれます。
──突っきって、裏門から出てしまうぐらいです。
カツサンドを糧に、あいつは今朝、頑張ったんだよな…。
朋也「ちっ…いくか」
俺は人混みの中に、果敢に突っ込んだ。
朋也「どけっ、てめぇっ!」
生徒「ぐあぁっ」
朋也「暑苦しいっ!」
生徒「うおぁっ!?」
朋也「…うらあぁぁっ!」
抜けた先、ただひとつ残っていたカツサンドをひっ掴む。
朋也「これ、くださいっ」
売り子「160円ね」
朋也「はぁ…はぁ…」
息も絶え絶えに俺は、人混みから抜け出てくる。
手には、握りすぎてしわしわになったカツサンド。
朋也(あ…自分のぶん、忘れた…)
脱力し、うなだれる。
朋也(何やってんだ…俺…)
朋也(これ…食うか…)
朋也(しわしわになってるし…)
そうすることにして、顔を上げる。
その先…学食の入り口に、余所余所しく立つ女生徒がいた。
じっと…この喧噪が引くのを待っていた。
朋也(そりゃあ…あんパンしかなくなる)
俺は寄っていった。
目の前に立とうとも、彼女は俺に気づかない。
顔見知りに会うことなんて、まったく思ってもみない、というふうに。
朋也「よぅ」
古河「えっ…わっ」
驚いて、数歩下がった。
古河「あ…岡崎さんっ」
古河「岡崎さんも、いらしたんですねっ」
朋也「ああ」
古河「パンですかっ」
朋也「ああ」
古河「そうですか、パン、とてもいいと思いますっ」
朋也「おまえは?」
古河「わたしですかっ」
何か、わざと明るく振る舞っているように見えた。
こんな俺でも、自分のいいところを見せたいとばかりに。
古河「わたしは、その…例のカツサンドというものを買ってみようかと思ったんですが…」
人混みに目を移す。
古河「やっぱり、無理みたいです…」
朋也「頑張ってみたのか?」
古河「はいっ、一番早く教室を出ました」
古河「でも、授業が終わるのが遅かったもので…」
古河「すでに、こんな状況でした」
朋也「まぁな…授業が早めに終わるぐらいでないと、女にはカツサンドは無理だろうからな…」
古河「ちょっと残念です」
朋也「………」
朋也「あのさ…」
古河「はい」
朋也「こんなんでもいいか?」
目の前にカツサンドを突きつけてみた。
古河「えっ…これ、カツサンドですかっ」
朋也「ああ」
古河「買ってきてくださったんですか」
朋也「こんなんだけど」
古河「ありがとうございますっ」
頭を下げた後、受け取る。
古河「すごいです、これがいつだって一番に売り切れるというカツサンドですかっ」
朋也「ああ」
古河「本当にありがとうございますっ」
しわしわになってることなんて、まったく気にしていないようだった。
古河「おいくらでしたか」
朋也「160円」
古河「それでは…はい」
可愛らしい財布を取り出して、俺の手に小銭を載せた。
朋也「………」
古河「どうしましたか?」
それを受け取っても、立ちつくしている俺を見て、そう訊いた。
朋也「自分のぶん、まだ買ってねぇ」
古河「えっ…」
古河「だったら、これは岡崎さんが食べてください」
朋也「いや、いいって。人混みが引くの待つから」
古河「それだと、あんパンしか残らないです」
古河「代わりにわたしが買ってきます」
朋也「えぇ?」
古河「どんなのがいいですか?」
朋也「ええと…惣菜系のパン」
古河「コロッケパンとか、焼きそばパンですねっ」
朋也「ああ」
古河「それでは、いってきますっ」
俺をその場に残し、古河は列の最後尾についた。
………。
全然、前に突っ込んでいく気配がない。
古河「すみません…あんパンになってしまいました…」
俺は思わず苦笑してしまう。
朋也「いや、あんパンでいいよ」
古河「わたしの、カツサンドと…」
朋也「いいって。俺、カツサンドは食い飽きてるからさ」
古河「あんパンは、あまり食べないですか?」
朋也「ああ、ぜんぜん食わないね」
朋也「あんパンかぁ…むちゃくちゃ久しぶりだなぁ」
古河「なら、久しぶりに食べてみてください」
古河「おいしいです」
…甘いの、苦手なんだけどな。
その後、中庭に場所を移して、俺たちは昼食とした。
朋也「俺も同じだよ」
朋也「遅刻ばっかしてる」
朋也「不良なんだ」
古河「…え?」
朋也「校内じゃ有名なんだ。夜遊びが過ぎて、遅刻の常習犯」
朋也「今日はたまたま遅刻しなかったけどさ…」
朋也「けど、おかげで、かなり眠いよ」
朋也「今も、かなり眠いよ」
ふぁあ、とあくびをしてみせる。
古河「本当ですか?」
朋也「本当だよ。夕べも家に帰ったの、深夜の4時だ」
古河「タバコとか…吸ってるんですか」
朋也「いや、タバコは吸わない不良なんだ」
古河「なら、良かったです。わたし、タバコの煙、ダメですから」
古河「うちのお父さんは、すごくタバコ吸うんです」
古河「お父さんの部屋、入れないです。タバコ臭くて」
朋也「そう…」
古河「服とかにもたくさん匂いついてて、すぐ洗わないといけないし」
古河「大変なんです…えへへ」
初めて、彼女の笑顔を見た気がする。
いつも家の中では、こうして笑っているのだろう。
この子には、家族だけでも優しい。
それを知って、ほっとした。
朋也「なぁ、これからどうする」
古河「はい?  なんのことですか?」
朋也「いや、演劇部…あんなになっちまっててさ…」
古河「物置でしたね」
朋也「廃部なんだ。噂に聞いたことがある。後になって、思い出したんだ」
こんなこと隠していたって仕方がない。そうはっきりと告げた。
古河「廃部…ということは、もう、この学校には演劇部がないんでしょうか」
朋也「ああ。ない」
こいつの、この学校での最後の希望も…。
古河「仕方ないです…」
古河「誰も悪くないですから」
朋也「だな…誰も悪くない。運が悪かっただけだ」
古河「そうですね」
案外、冷静に受け止めたようだった。
古河「カツサンドっ」
朋也「いや、おまえ、今、食ってるじゃん」
古河「あ、そうでした」
古河「………」
…思いっきり、堪えているようだった。
友達もいなくて、憧れていた部活動も廃部ときたら、当然かもしれなかった。
古河「あ、誰か見てます、こっち」
彼女が校舎の窓を見上げていた。
朋也「そうだな」
古河「わたしたち、邪魔じゃないでしょうか」
朋也「まさか。俺たちはずっと、ここにいたんだぜ?」
古河「そう…ですよね」
朋也「手でも、振ってみろよ」
古河「えっ?」
朋也「手、振るんだよ。にこやかに」
朋也「そうしたら、一緒に話したりする、きっかけになるかもしれないじゃないか」
古河「わたし、ひとりですか?」
朋也「俺がやってどうするんだよ。向こうは、女だぜ?」
古河「やってもいいと思いますけど…」
朋也「そんなのまるでナンパだろ。ひとりでやるんだ。ほら」
手を持ち上げてやる。
古河「えっと…にこやかにでしたっけ」
朋也「そう。笑顔でな」
古河「えっと…えへへ」
笑いながらぱたぱたと手を振る。
すっ、と窓の人影が消えた。
古河「あは…」
笑顔が凍る。
古河「カツサンドっ」
朋也「いや、だから、食ってるじゃん」
古河「あ、そうでした」
もぐもぐ…
古河「おもしろいですよね、岡崎さんは」
朋也「おまえだろ…」
古河「わたしはおもしろくないです」
古河「ぜんぜん」
ずっと、空を見上げていたふたり。
いつか、こいつのために誰かが降りてくる日がくるのだろうか。
古河「もし、できるなら…」
古河から口を開いていた。
古河「演劇部をまた、作りたいです」
俺は嬉しく思った。
出会った時の彼女が、そこまで前向きな発言ができただろうか。
朋也「できるさ。簡単なことだ」
古河「本当ですか?」
朋也「ああ。あんたにやる気さえあれば」
古河「でも、大変なことだと思います」
古河「だから、できれば…」
古河「岡崎さん、部長になってください」
………。
朋也「カツ丼」
古河「はい?」
朋也「いや、俺は学食のカツ丼が好きだなぁーって」
古河「?」
朋也「とにかく、だ。部長はあんただろ。俺は演劇なんかに興味ないしな」
古河「…そうですか。残念です」
朋也「だからって、やめるって言うなよ?」
古河「でも、ひとりきりは寂しいです」
朋也「部員集めればいいじゃないか」
古河「………」
悩んでいるようだ。
というより、引き返せなくなったことを後悔しているような…。
少し可哀想だった。
朋也「でもな」
だから俺は言った。
朋也「入部はしないけど、部員集めるぐらいなら、俺も手伝うから」
古河「………」
彼女の目が開く。そして俺を見た。
古河「本当ですか?」
朋也「ああ、約束する」
朋也「あんたが立派な部長になるまでは、俺も力を尽くすから」
古河「なら…」
古河「がんばってみます」
朋也「よし」
俺は何を喜んでいたのだろうか。
これからの時間を、そんなものに費やすことを約束して。
みんな、受験に向けて勉学に励もうとするこんな時期に。
いや…
朋也「俺もこっち側の人間なんだよな…」
そんな奴らを斜に見て、いつだって傍観者でいて…
古河「何か言いましたか?」
朋也「いや…。全生徒の半数ぐらいが演劇部になるといいな」
古河「多すぎです」
朋也「そっか。ま、目標は高いほうがいいからな。それぐらいのつもりでいこうぜ」
古河「ええ、多すぎですけど、わかりました」
朋也「頑張れよ、古河さん」
初めてそう名を呼んだ。
古河「はいっ」
………。
午後の授業、そしてHRと終わり、掃除当番以外は帰宅していく。
春原「あのさ、岡崎」
春原が自分の机の上に座り、こっちを向いていた。
春原「なんか、おもしろいことやってる?」
朋也「はぁ?」
春原「今日の昼休みも、昨日の帰りも、おまえ、一目散に走っていったよな?」
春原「僕も混ぜろって」
朋也「んな面白いことがあったら、俺が教えてほしいぐらいだ」
春原「なんにもないの?」
朋也「なんにもねぇよ」
朋也「最近腹の調子が悪いだけだ」
朋也「それぐらい察しろ」
春原「なんだ、それだけだったのか…」
朋也「ああ」
春原「つまんねぇの」
春原「じゃ、今日はどっか寄ってこうぜ?」
朋也「おまえは俺の話を聞いてなかったのか」
春原「え?」
朋也「調子悪いって言ってんだろ」
朋也「じゃあな」
空っぽの鞄を掴んで、俺は席を離れた。
演劇部の部室前。
朋也(ああ、また来ちまったよ…)
俺はそんなにも責任を感じているのだろうか。
学生の義務さえ、放棄してしまっているのに。
小さな足音が聞こえてきて、俺は振り返る。
古河が半ば駆けるようにして、こっちに向かってきていた。
古河「岡崎さんっ」
嬉しそうに、そう俺の名を呼んで、横に並んだ。
古河「びっくりしました…」
古河「誰か居るって思ったら、岡崎さんでした」
朋也「ああ、俺で悪かったな」
古河「違います、違う人を期待してたわけじゃないです」
古河「岡崎さんでよかったです」
古河「知ってる人が待ってくれてるなんて、思わなかったですから…」
古河「すごくうれしくて…走ってきてしまいましたっ」
そうか…。
こんな愛想のない野暮ったい男でも、こいつにとっては、唯一話ができる人間だったのだ。
古河「あの、今から、何かしますかっ」
朋也「そうだな…」
俺はドアを開く。
床一面に広がるダンボールや備品。
朋也「とりあえず、掃除だな…」
古河「ですよね」
古河「まず、物をどかさないといけないです…」
朋也「だな」
俺たちは物を別の空き教室に運び、また別の教室から持ってきた掃除用具で掃除を始めた。
はたきで埃を落とし、箒で掃き集め、そして雑巾掛けをした。
西日が差し始める頃、ようやく部室として使えるほどに片づいた。
朋也「こんなもんでいいかな」
古河「はいっ」
古河が目を輝かせて室内を見渡す。
古河「できました…わたしたちの部室です」
朋也「わたしたち?」
朋也「俺、部員じゃないんだけど」
古河「え…?」
一転して、泣きそうな顔になる。
しかし、これだけははっきりとさせておかなければいけない。
朋也「俺は部員を集める手伝いをするだけだぞ」
古河「演劇、楽しいです」
朋也「演劇に興味なんてない」
古河「本当に…その…ないんですか」
朋也「ああ。悪いけど」
古河「………」
…落ち込んでいる。
朋也(興味ある素振りすら、見せてないはずなんだけどな…)
朋也「あのさ、古河」
古河「はい」
朋也「すぐ、人なんて集まる。俺に任せておけ」
古河「いえ、そういう問題じゃなくて…」
古河「岡崎さんに居てほしいと思っただけです」
古河「何人集まろうと、です」
朋也「いや…そう言ってもらえるのは嬉しいんだけどさ…」
朋也「…まあ、その件に関しては考えておくよ」
そう曖昧に締めくくる。
古河「はい。お願いします」
そう…俺の役割は、部員が集まるまでだ。
そうすれば、こいつも、学校で話せる人間がたくさんできて…
俺にすがる必要なんてなくなるに違いない。
世話を焼くのも、それまでだった。
ふたりで、もう下校生徒もまばらな坂を下る。
少しだけ帰りたくなかった。
いや…かなり、か。
朋也「腹減ったな」
古河「はい、空きました」
朋也「飯、食いたいな」
古河「食べたいです」
朋也「どっかで、食ってくか」
そう誘ってみた。
古河「外食ですか?」
朋也「そう。不良っぽいだろ」
古河「でも、わたしは家に帰ってご飯作るお手伝いしないとダメなんです」
朋也「そんなのいいだろ」
古河「お母さんだけに任せておけないですから」
そう言って笑う。全然苦に思っていないようだ。
その様子からも、彼女の家庭が暖かなものであることが窺えた。
古河「岡崎さんは、家でご飯、食べないんですか?」
朋也「帰っても、何もないからな」
古河「………」
しばし沈黙。
古河「えっと、そのっ…」
何か言いつくろおうとする。その前に俺は教えることにする。
朋也「親父は元気だよ。母親のほうは、いないけどさ」
古河「じゃあ…その、お父さんと晩ご飯食べないんですか?」
朋也「ああ。喧嘩してるんだ、ずっと」
わかりやすくするため、そういうことにしておく。
きっと今の酷さなんて、誰にも伝わらない。
俺にしかわからない。
古河「何か、あったんですか?」
朋也「ああ。色々あった」
もう取り返しのつかないほど色々と。
古河「………」
彼女は黙り込む。気まずい方向へと話が進んでいることを気にしているようだった。
朋也「ま、父子家庭ってのはそんなもんだ」
朋也「男ふたりが顔を突き合わせて仲良くやってたら、逆に気持ち悪いだろ」
フォローのつもりでそう付け加える。
古河「そうですか」
古河「でも、どこかで…」
彼女は胸の前で両手を重ねて…
古河「喧嘩していても、どこかで、通じ合っていればいいです」
そうまとめた。
朋也「そうだな」
息をつく。
俺は不思議に思った。どうしてここまで、自分の家の事情など話してしまったのか。
古河「あの、もし迷惑でなければ…」
古河「晩ご飯、ご招待します」
あるいは、その言葉を俺は待っていたのかもしれない。
ただ、家から遠ざかりたくて。
朋也「いいのか?」
古河「構わないです。わたしの友達って言えば、快く迎えてくれます。これには自信あります」
朋也「そっか」
本当に、幸せな家庭なのだろう。
そんな場所に無粋な俺などが割って入ることに気兼ねはしたが、それ以上に家に帰ることがためらわれた。
だから、俺は遠慮もせずご相伴に預かることにした。
古河「ここから真っ直ぐいくと、公園があって、その正面にパン屋があります」
朋也「うん」
古河「そのパン屋が家です」
朋也「わかったよ」
古河「それでは、家で待っててください。すぐわたしも戻りますので」
朋也「ああ。じゃあな」
古河「はい」
と背中を向けた彼女の後ろ襟を掴む。
朋也「待て待て、どうしてこんなところで一度別れるんだよっ」
古河「え?  ダメでしょうか」
朋也「ダメもなにも、おまえがいなけりゃ、俺は身元が怪しい自称おまえの友達でしかないだろ」
古河「大丈夫です。制服着てますから」
朋也「そんな問題じゃないっ」
朋也「快く通されて、会ったこともないおまえの家族と俺がテレビ見ながら団欒してたほうが不気味だろっ」
古河「だから、自信あるんです」
古河「うちの家族は、そういうこと気にしないです。不気味じゃないです。とても自然に接してくれます」
朋也「そらぁすげえな…」
どんな家族だ。想像もつかねぇ…。
天を仰ぐ。
朋也「しまった」
目線を戻したとき、彼女はすでに遠くにいて、こっちに向けて手を振っていた。
古河「公園までいったらわかりますのでっ」
そう言って、立ち去った。
ひとり残される俺。
朋也(あいつ…世間知らずだよな…)
そのことを痛感する。
朋也「今日も弁当買って、春原の部屋か…」
呟いて踵を返す。
朋也「………」
が、そこで足を止める。
…ここで俺がいなくなったとしたら、あいつはどうするだろうか。
朋也(きっと探すだろうな…)
面倒なことになったものだ。
朋也「はぁ…」
なんだか無性に腹が立ってきた。
ちょっとした気まぐれから面倒を抱え込んでしまった自分に。
何もしなければ、何も起きずに済んでいたのに…。
朋也(ああーっ、くそっ…)
頭の中で、何かが吹っきれた(あるいはキレた)。
そう…あいつの言ったことを行動に移せばいいのだ。
極めて自然に。
そうすれば、すべては自然の流れで起きた出来事。
今日は何の後悔もない一日になる。
あいつの家で晩飯を食って、家路についた。それだけとなる。
朋也(そうしてやる…)
俺は『不自然』を強引に『自然』に変えるために、もう一度踵を返して歩き始めた。
朋也「ここか」
公園のすぐ正面。一軒のパン屋があった。
『古河パン』と看板にある。
朋也(すっげー地味な店…)
ガラス戸は半分閉じられていたが、中からは煌々とした明かりが漏れている。
まだ営業中のようだった。
にしても、入りづらい佇まいである。常連客以外が、訪れることがあるのだろうか?
俺がパンを求める客であったなら、遠くても別のパン屋を探すだろう。
でも今は、古河に招待されて来たのだから、ここに入るしかない。
戸の敷居を跨いで、中に踏み入る。
朋也「………」
誰もいなかった。
朋也「ちーっす」
声をかける。
朋也「………」
それでも、返事はなかった。
朋也(結局、留守なのかよ…)
朋也(だとしたら、取られ放題だぞ…)
俺は棚に並べられたパンに目を向ける。
朋也(かなり残ってるな。どうするんだろ、これ…)
こんなに遅い時間だというのに、トレイには大量のパンが並べられていた。
見た目はうまそうだ。
朋也「よし、味見してやるか」
その中のひとつを手に取る。
だが、口に運ぶ途中で、違和感に気づき、手を止める。
朋也(何か入ってるぞ、これ…)
声「こんばんはっ」
いきなり背後で声。
驚いて振り返ると、ひとりの女性がすぐ近くに立っていた。
エプロンをしているところを見ると、きっと店員なのだろう。
古河の母親なのだろうか。にしては、若く見えた。
古河·母「それ、今週の新商品なんです。食べてみてください」
朋也「代金は?」
古河·母「結構ですよ。余り物ですから」
朋也「そりゃ、ラッキー」
古河·母「それ、コンセプトは『なごみ』です」
朋也「あん?  これ食うと、なごむの?」
古河·母「はい。とってもなごむと思いますよっ」
朋也「………」
よくわからなかったが、食べてみることにする。
ぱきっ!
…ボリボリ。
古河·母「おせんべいが入ってるんですよ。すごいですよね。アイデアの勝利ですよね」
敗北していた。
古河·母「名付けて…おせんべいパンです」
まんまだった。
古河·母「お子さまから、ご年輩の方まで幅広く愛されそうですよね」
幅広く嫌がられそうだった。
古河·母「………」
俺が黙っていることに、不安を覚えたのだろう。
古河·母「あの…ダメでしょうか?」
恐る恐るそう訊いた。
朋也「ああ。ずばり言おう。こんなもの誰も買わない」
古河·母「な…何が悪いんでしょう…ネーミングでしょうか」
古河·母「ネーミングに関しては自信ないです」
古河·母「えっと、どうしましょう…」
古河·母「ボリボリいうから…ボリボリパンとかっ…」
古河·母「パキパキパンのほうがいいですか?」
朋也「あの、ちょっといい?」
古河·母「はい、なんでしょう」
朋也「問題はそれ以前にあると思うんだけど」
古河·母「はい?」
朋也「そもそも、パンの中にせんべいなんてものを入れる発想自体が間違ってるってことだ」
古河·母「でも…おいしいですよね?」
朋也「まずいから言ってるんだけど」
古河·母「………」
ぶわっと目に涙を浮かべた後…
だっ!
背中を向けて、走り去った。
朋也「ガキかよ、おいっ!」
………。
誰もいなくなった店内。
俺がひとり、呆然と立ち尽くす。
朋也(この親にして、この子あり、かよ…)
そんな言葉を思い出さずにはいられない。
一体どんな家庭環境なのだろう、この家は。
…徐々に不安になってくる。
せめて、父親だけはまともであってほしいと願う。
声「おいおい、なんてことしてくれんだよ、てめぇ」
殺気だった声がした。
振り返ると、今度は目つきの悪い男が立っていた。
まさか…こいつが古河の父親なのだろうか。
母親と同じで若い。まるで更正しそこなったまま大人になった不良、という感じだ。
古河·父「おめぇなぁ、うまいうまいって食ってりゃいいんだよ」
古河·父「それが義理だろ、人情だろ」
初対面で、そんなものない。
古河·父「真実ってのはいつも過酷なもんだからなぁ」
古河·父「てめぇ、それをまんま突きつけちゃあ、可哀想だろ」
古河·父「おまえだって、突然自分の親から、実はあなたは橋の下で拾った子供なの、なんて告白されてみろ」
古河·父「ちったぁ、ブルーになるだろ。な」
古河·父「だから、あいつのパンはうまいって言っておけ」
古河·父「おい、返事はどうした」
朋也「………」
古河·父「客だからといって、他人ヅラさせねぇぞ」
古河·父「ここら一帯の住民はあいつのパンをうまいと言って食う」
古河·父「これは暗黙の了解だ。掟だ。法律だ」
理不尽だ。
古河·父「守れよ」
古河·父「じゃねえと、しばくぞ、こら」
とんでもない家に来てしまったと、俺は思う。
古河·父「かーっ、今日もよく余ってんな」
男が店内を見回して、ぼやいた。
そして俺の目の前で、次々とトレイに積まれたパンをビニール袋に詰めていく。
古河·父「なんじゃこらぁっ…」
古河·父「ひとつしか売れてないじゃねぇか、早苗のせんべえパンは」
そのひとつは俺の手の中だ。
古河·父「…こいつは磯貝さん家行きだなぁ」
隣近所にお裾分けして回るのだろうか。迷惑な話だった。
古河·父「かーっ、こいつも売れてねぇなぁ!」
朋也(今のうちに、逃げるべきだな…)
俺はそっと踵を返し、店を後にしようとした。
古河·父「あ、てめぇ、その制服、ウチの子と同じ学校のじゃねえ?」
…気づかれた。
古河·父「おい、待てって」
朋也「そうだよ、何かあんのか」
古河·父「てめぇ、渚の友達?」
朋也「ああ。文句あんのか」
古河·父「ちっ…それを早く言えっ」
古河·父「おい、早苗っ!  今夜は盛大にいくぜっ!」
近づいてきて、わっし、と肩を掴まれる。
朋也「帰るんだよ、俺はっ!」
そして、ずるずると引きずられていく。
…ものすごい力で。
抵抗の余地はなかった。
テーブルの上には所狭しと、余り物のパンが並べられていた。
早苗「すみません。渚のお友達だったなんて」
早苗「あは…恥ずかしいです。そうとわかってたら、あんな姿、見せなかったんですけど…」
客には見せまくっているらしい。
古河·父「はっは!  気にすんな、早苗。こいつは頭がイカれてるんだ」
早苗「お客さんにそんなこと言ってはいけません」
まったくだ。
古河·父「まぁ、なんにしてもめでたい。こんなに早く渚が友達連れてくるなんてなぁっ」
早苗「それも男の子ですよ、秋生さん」
秋生「なぁにぃ!?  男だとぉ!?」
今、気づいたのか。
早苗「もしかしたら、ボーイフレンドかもしれませんね」
秋生「かぁっ、こんな優男に渚を渡せるかっ、帰れ、帰れっ!」
朋也「じゃ、帰ります」
秋生「こらぁっ、それでも男かっ!  男なら、力づくでも奪っていくもんだろうがぁ!」
秋生「といっても、渡さんがなっ!」
朋也「どっちだよ…」
早苗「さぁ、たぁんと召し上がってくださいねっ」
古河母が、にこにこと微笑みながらパンを薦めてくる。
早苗「こっちのパンは、人気あるんですよ。とてもおいしいと思います」
きらん、と古河父の眼光が俺を射る。
…暗黙の了解。掟。法律。
嫌な家だ…。
声「ただいまかえりましたー」
秋生「おっ」
秋生「お姫様のお帰りだ」
ようやく古河が帰ってきたようだった。
助かった…のか?
古河「やっぱりもう仲良しになってます」
秋生「おぅ、任せておけ、娘よ」
早苗「渚の友達を退屈させるなんてことはしませんっ」
ぐっ、と拳を付き合わせる三人。
俺はぼぉ~っと、アホのようにその光景を見ていた。
秋生「どうした、アホづらしやがって」
朋也「いや、この家族には関わらないべきなんだろうなぁ、と思って」
秋生「はっは!  すでにこの通り、ちょっとキツめのギャグも言い合える仲だぜ」
古河「よかったです」
古河は心底喜んでいるようだった。
これが家族なんだろう…そう思った。
古河「今日の晩ご飯は、パンですか?」
秋生「いや、これはお祝いだからな。こいつに持って帰らせりゃいい」
古河「じゃあ、材料買ってきましたから、作ります」
早苗「ふたりで仲良く待っててくださいねっ」
古河の後を古河母が追った。
秋生「………」
古河父とふたりきりになる…。
秋生「夕飯はまともなもんがでる。安心しろ」
朋也「………」
…逃げ損ねたようだった。
古河「いいお肉があったので、トンカツにしました」
古河「トンカツ、手抜きっぽいですけど、おいしいですから」
古河「こうやって、千切りのキャベツいっぱい付け合わせて、一緒にソースかけて」
これが本来の古河の姿。
よく喋っていた。
こんな家族でもいるだけで、これだけ変わるのだ。
俺は、彼女が本来持つ明るさの半分も引き出せていないだろう。
無性に腹が立つ。
…こんな家族に負けている自分が。
朋也(つっても、会ったばかりだもんな…)
朋也(まだまだこれからか…)
朋也(…って、なに対抗意識を燃やしてるんだよ、俺は)
秋生「うめぇなぁ」
古河「本当ですか?  よかったです」
秋生「な、若造もそう思うだろ」
早苗「そういえば、お名前聞いてなかったですね」
古河「岡崎さんです。岡崎朋也さん」
秋生「かぁっ、みみっちぃ名前だな、おい」
秋生「岡崎銀河とかにしとけ。スケールでかいだろ」
早苗「いいですねっ。銀河さん、てお呼びしていいですか?」
朋也「いいわけないだろっ、俺の名は、朋也だ」
秋生「そうしたら、あれだ。名字を大宇宙にしろ。大宇宙朋也だ。こらまたでけぇだろ」
早苗「いいですねっ。大宇宙さんと呼んでいいですか?」
朋也「俺の名は岡崎だ…」
秋生「いちいちケチつける奴だな。早苗、いい案ないのか」
早苗「うーん…コズミック朋也というのはどうでしょう」
秋生「がーはっはっは!  それ、最高だっ」
早苗「コズミックさんと呼んでもいいですか?」
朋也「岡崎だっての…」
秋生「なぁ、コズミック。渚の学校での生活ぶりはどうだ」
朋也「岡崎だ…」
古河「えへへ」
冗談だとわかっているのだろう、終始、古河は笑っていた。
それは本当に幸せそうで…
秋生「な、コスモっ」
朋也「変わってるし…」
俺はそんな家族の姿をじっと見ていた。
古河「こんなに遅くなっちゃいましたけど…良かったですか」
朋也「………」
古河「岡崎さん?」
朋也「…なんか不思議だった」
古河「え?  なにがです?」
朋也「こんな家族もいるんだなって。すんげぇ仲いいよな」
古河「そうですか?」
本人は至って普通だと思っているようだった。
しばらくその中に居た俺は、居心地の悪さと同時に、何かもどかしい恥ずかしさを覚えていた。
あの感覚はなんだったのだろうか。
いきなり場違いな場所に放り込まれて…子供扱いをされて…
俺は一体何を感じていたのだろうか。
古河の家族と過ごしていた今さっきまでの時間。
それが別の世界の出来事のように思われるような、あまりに違いすぎる空気。
気分が重くなる。
ただ、静かに眠りたい。
朋也(それだけなのにな…)
居間。
その片隅で親父は背を丸めて、座り込んでいた。
同時に激しい憤りに苛まされる。
朋也「なぁ、親父。寝るなら、横になったほうがいい」
やり場のない怒りを抑えて、そう静かに言った。
親父「………」
返事はない。
眠っているのか、それともただ聞く耳を持たないだけか…。
その違いは俺にもよくわからなくなっていた。
朋也「なぁ、父さん」
呼び方を変えてみた。
親父「………」
ゆっくりと頭を上げて、薄く目を開けた。
そして、俺のほうを見る。
その視界に俺の顔はどう映っているのだろうか…。
ちゃんと息子としての顔で…
親父「これは…これは…」
親父「また朋也くんに迷惑をかけてしまったかな…」
目の前の景色が、一瞬真っ赤になった。
朋也「………」
そして俺はいつものように、その場を後にする。
背中からは、すがるような声が自分の名を呼び続けていた。
…くん付けで。
こんなところに来て、俺はどうしようというのだろう…
どうしたくて、ここまで歩いてきたのだろう…
懐かしい感じがした。
ずっと昔、知った優しさ。
そんなもの…俺は知らないはずなのに。
それでも、懐かしいと感じていた。
今さっきまで、すぐそばでそれを見ていた。
子供扱いされて…俺は子供に戻って…
それをもどかしいばかりに、感じていたんだ。
………。
「もし、よろしければ…」
すぐ後ろで声がした。
俺は振り返る。
そこには…ひとりの少女がいた。
気高くも、無垢な。
古河「あなたを…」
言葉を紡ぐ。
古河「あなたを、お連れしましょうか」
ゆっくりと目を閉じ…
古河「この町の願いが叶う場所に」
そう告げていた。
小さな…異世界からの使者が。
張りつめる空気の中で。
一番、その入り口に近い場所で。
朋也「あ…」
俺は声を振り絞る。金縛りにあったような、その体で。
朋也「ああ…」
震える声で…答えていた。
彼女が目を開く。
そして…
古河「こんなところで、なにしてるんですか」
いつもの顔に戻っていた。
ただただ無垢な。
朋也「………」
朋也「いや…別に」
古河「不思議です。さっき家に帰りました」
朋也「そうだな…」
古河「家にご用ですか?」
朋也「いや、別に…」
もう俺は冷静だった。
朋也「ただ帰るには時間が早すぎたからさ…」
古河「だって、もうこんな時間…」
古河「あ、不良さんでしたね。岡崎さんは」
朋也「ああ。不良なんだ」
古河「大変そうです、不良」
朋也「好きでやってるからいいんだよ」
古河「でも、暇そうです」
朋也「古河のほうこそ何してたんだよ。また買い出しか?」
古河「いえ」
きっぱりと否定して、答える。
古河「演劇の練習です」
なるほど、と納得する。
古河「いつも、夜の公園で、練習してるんです」
朋也「こんなに遅くに…危なくないか?」
古河「今日はちょっと遅かったです。いつもはもっと早いです。だから大丈夫です」
古河「それで、戻ってきたら、岡崎さんがいましたから、ちょっと演技見てもらいました」
朋也「そっか…」
古河「何か感想もらえるとうれしいです」
朋也「そうだな…」
もしあれが演技なのであれば…褒めるに値するものなのだろう。
でも、褒め言葉が見つからない。
朋也「早く帰れよ」
古河「………」
古河「…明日は学校休むと思います」
朋也「ばか、冗談だ。真に受けて、勝手にうちひしがれるんじゃない」
古河「岡崎さん、冗談がきついです」
古河「涙出てきました」
目の端を指で拭い始める。
幼い子供のようだった。
古河「岡崎さん、まだ帰らずにどこかいくんですか?」
朋也「ああ、そのつもりだけど」
古河「明日、また遅刻します」
朋也「かもな…」
朋也「でも、いいだろ。不良なんだから」
古河「それは、本当にそうなんですか」
古河「今も信じられないです」
古河「岡崎さん、ぜんぜん不良のひとっぽくないです」
朋也「中にはそういう不良もいるんだ」
古河「お父さんと喧嘩してるって、そう言いました」
朋也「ああ、言った」
古河「それと関係ないですか」
古河「お父さんと顔を合わせると喧嘩になるから、お父さんが寝静まるまで外を歩いて…」
古河「それで遅刻多くなって、みんなから不良って噂されるようになって…」
古河「違いますか」
なんて鋭いのだろう。
あるいは、安易に想像がつくほど、俺は身の上を話してしまっていたのか。
朋也「違うよ」
俺は肯定しなかった。こいつの前では、悩みのない不良でいたかった。
古河「本当に、違いますか?」
朋也「まだお互いのことよく知らないってのに…よくそんな想像ができるもんだな」
古河「できます。そうさせるのは…岡崎さん自身ですから」
古河「きっと何か理由があるんだって、そう…」
古河「そう、思いました」
朋也「………」
朋也「もし、そうだとしたら…」
朋也「あんたはどうするつもりなんだ」
訊いてみた。
古河「岡崎さんは…わたしを勇気づけてくれた人ですから…」
古河「だからわたしも力になりたいです」
古河「勇気をあげたいです」
朋也「父親に立ち向かう、か…?」
古河「それはダメです。立ち向かったりしたら…分かり合わないと」
朋也「どうやって」
古河「それは…」
古河「とても、時間のかかることです」
朋也「だろうな。長い時間がいるんだろうな」
朋也「俺たちは、子供だから」
俺は遠くを見た。屋根の上に月明かりを受けて鈍く光る夜の雲があった。
古河「もしよければ…わたしの家にきますか」
古河がそう切り出していた。
それは、短い時間で一生懸命考えた末の提案なのだろう。
古河「少し距離を置いて、お互いのこと、考えるといいと思います」
古河「おふたりは家族です…だから、距離を置けば、絶対に寂しくなるはずです」
古河「そうすれば、相手を好きだったこと思い出して…」
古河「次会ったときには、ゆっくりと話し合うことができると思います」
古河「それに、ちゃんと夜になったら寝られて、学校も遅刻しないで済みます」
古河「一石二鳥です」
頑張って、たくさん喋っていた。
古河「どうでしょうか、岡崎さん」
古河「岡崎さんは、そうしたいですか」
朋也「ああ、そうだな…」
朋也「そうできたら、いいな」
古河「はい。そうしましょう」
朋也「馬鹿…」
朋也「おまえは人を簡単に信用しすぎだ」
俺は背中を向ける。
古河「岡崎さんは、こんなわたしに声をかけてくれたひとですからっ…」
張りつめた声。
古河「一緒に演劇部の部員、集めてくれるって、言ってくれたひとですから…」
古河「それだけで、わたしには十分、いいひとです」
俺は歩き始めていた。
もう、続きの声は聞こえてこなかった。

4月17日(木)
………。
朋也(夢を見ていたな…)
遠い昔の夢。
しばらく天井を見ながら、その尻尾を辿る。
…思い出せない。
ただ、心が安らぐような…そんな感覚だけが残っていた。
俺は布団から這い出て、着替えを始める。
時計を見ると、すでに一時間目が始まっている時刻だった。
薄っぺらい鞄を手に取り、一階へと下りた。
親父の姿はもうなかった。
散らかったままの部屋を抜け、玄関へ。
靴を履き、戸締まりをして家を後にした。
………。
坂の下。
あいつはまた、そこで立ち尽くしていた。
古河はまた、そこで立ち尽くしていた。
朋也「おはよ」
古河「はい、おはようございます」
朋也「また、どうしたんだよ、こんなところで」
女の子「待ってたんです」
朋也「待ってた…?  俺を?」
古河「待ってたんです、岡崎さんを」
朋也「待ってた…?」
古河「はい、これからは毎朝一緒にいこうと思いまして」
朋也「はぁ?」
古河「迷惑だったら、その…しないですけど…」
朋也「だって、すぐそこじゃないか。この坂を登るだけだろ?」
古河「そうですけど…」
ちらりと校門を見上げる。
この坂を登ること。
未だこいつにとって、それは勇気のいることなのか…。
古河「…やっぱりダメですか」
風にたなびく髪を押さえながら、俺の顔に視線を戻した。
朋也「けど、俺を待ってたら、毎日遅刻するぜ」
古河「いいです。行かないよりは…ずっといいです」
朋也「行けよ、ひとりでも」
古河「…はい。努力します」
朋也「ああ」
その返事を聞いてから、俺は坂を登り始める。
少し離れて、足音がついてきていた。
俺は振り返ることもなく、校門をくぐった。
朋也「…いや、べつにいいけどさ」
こんな俺でも力になれるなら。
それは、少しだけ贅沢なことだと思った。
だから、歩き出す。
朋也「いこうぜ」
古河「はいっ」
ぱたぱたとついてくる。
朋也「今日の昼飯は何にするか決めなくていいのか」
古河「いいです。岡崎さんが一緒に登校してくれたら、それだけでがんばれます」
朋也「そっか」
朋也「ならさ、一緒に昼、買いにいこうぜ」
朋也「どうせ購買のパンだろ?」
古河「はい」
また妙な約束をしたものだと…後になって思った。
椋「あ…あの…岡崎くん…」
朋也「あー…?」
特にすることもないので、寝ようと机に身体を預けたところを、藤林が話しかけてきた。
椋「こ…これ…」
朋也「あぁ…プリントね…HRん時の?」
椋「は、はい」
朋也「ありがと」
俺は手だけを伸ばして藤林からプリントを受け取った。
そしてそのまま机に押し込む。
椋「………」
朋也「………」
椋「………」
朋也「…まだ何かあるのか?」
椋「あ…いえ…」
委員長はそそくさと立ち去った。
昼休みになっても、春原はいなかった。
朋也(いたら、振りきるの大変だからな…助かった)
俺はひとり、教室を後にした。
朋也(確か…クラスはBだったか…)
教室を出て、廊下を見渡す。
通行人の邪魔にならないように壁にくっついて、古河が立っていた。
目が合う。
顔を綻ばして、とことこと寄ってきた。
朋也「遅れて、悪い」
古河「いえ」
古河「岡崎さんのほうこそ、大丈夫でしたか」
古河「岡崎さん」
古河「大丈夫でしたか」
朋也「何が?」
古河「他の人と、いかなくてよかったですか」
朋也「ああ、大丈夫」
古河「そうですか。よかったです」
古河「では、いきましょう」
朋也「ああ」
並んで、歩き始める。
ていうか…
女の子と校内を歩く、というのはやたら恥ずかしいものだな…。
何気なく、隣を歩く女の子の横顔を見る。
朋也(どっちかというと、羨ましがられるのかな…)
古河「………」
古河「…え?  なんでしょうか」
朋也「いや…」
パン売場の前は、相変わらず商品台に近づくだけでも困難なほどの混みよう。
古河「今日は、いつもよりも人が多いようですけど…」
朋也「だな…」
古河「わっ…」
今、古河の脇を駆け抜けて、ひとりの男子生徒が果敢に人波の中にダイブした。
生徒「う………うわあああぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーっ…」
そのまま揉まれ、藻屑と消えた。
古河「………」
古河「帰りましょう」
朋也「大丈夫だって。俺が買ってきてやるから」
朋也「だから、何が食いたいかだけを言え」
古河「あんパンでいいです」
朋也「かぁっ…んなもん、わざわざこの時間に来なくても買えるだろ?」
朋也「今しかないものを言え」
古河「それじゃあ…贅沢言います。いいですかっ」
朋也「ああ、こい」
古河「えっとですね…」
ぐっと、両手を握る。
古河「二色パンをお願いしますっ」
朋也「なんだそれ」
古河「ひとつのパンの中に、クリームとチョコが入ってるんです」
古河「それはそれは不思議なパンなんですっ」
力説していた。
朋也「ふぅん。そんなものがあったのか、知らなかった」
クリームやらチョコが入っているような甘いパンにはまったく興味がなかった。
朋也「じゃ、行ってくる。生還を祈っていてくれ」
ぐっ、と親指を立ててみせる。
古河「あなたに神のご加護がありますように」
古河も、演劇っぽく胸で両手を合わせてみせた。
朋也「よし」
俺は人混みのわずかな隙間に体を割り込ませる。
そして行く手を阻む生徒たちを腕で押し分けながら、突き進む。
途中…見慣れた後頭部を見つける。
朋也(春原っ…)
朋也(こいつは、授業も出ないで、なんでこんなところに…)
俺はその肩を引っ張る。
朋也「おいっ」
春原「あんだよっ!」
春原「…て、なんだ、岡崎か」
朋也「おまえ、こんなところで何やってんの」
春原「当然、パンを買いにきたんだよっ」
朋也「なんだ?  今日は何かあるのか?  この混雑ぶり、異常だぞ」
春原「おまえ、そんなことも知らないでよくもまぁ…」
春原「見ろよ」
春原が指さす先…天井に吊り広告が下がっていた。
そこには、『新発売·竜太サンド150円』とある。
朋也「なるほど…」
ようやく納得できた。
春原「先週の告知から、生徒の間ではあれの噂で持ちきりだったんだ」
朋也「噂するほどのもんかね…」
春原「何?  なら、おまえにはわかるのか。竜太ってのが一体何者なのか」
朋也「りゅうた?」
春原「よく見てくれ。竜田(たつた)じゃないんだ。竜太(りゅうた)なんだ」
本当だ…。
春原「竜太という名前の人が考案した未知の具だという線が、いまんところ濃厚だが、実際どうだかな…」
春原「謎が謎を呼ぶぜ…」
いや、間違いなく竜田の誤植だと思うが。
春原「おわっ!?」
がくん、と春原の肩が下がる。
春原「足を人波にすくわれたっ!」
春原「助けてくれ、岡崎っ!」
手を伸ばしてくるが、俺は身を引いてそれをかわした。
春原「そ、そんなっ…岡崎!?  僕たち友達だろっ!?」
朋也「悪い、春原…俺はそんなふうには思ってなかったんだ…」
春原「う…」
うわあああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーっ…
人波に揉まれ、藻屑と消えた。
朋也「つーか…俺もうかうかしていられないぞ…」
混雑は時間が経つにつれ膨れ上がり、暴動寸前の様相を呈していた。
朋也(てめぇら、そんなに誤植パンが欲しいかよっ)
闇雲に突進。
そして…
朋也「買えた…」
手には目的の二色パンと自分用のサンドイッチ。
朋也「…お待たせ」
古河「ありがとうございます。大丈夫でしたか?」
朋也「ああ、なんとかな」
古河「恐いところです、購買って」
朋也「そうだな…」
新商品でこれだけの騒ぎになるなんて、よほど勉強に疲れてるのだろう。
そして、中庭で昼食。
まるでそれは、ずっと繰り返してきた日常のように、穏やかな時間だった。
はみ出し者同士だからだろうか。こんなにも落ち着くのは。
朋也(はみ出し者なんていったら、こいつに悪いな…)
隣を見る。
一心にパンをかじっている。
面白いほどに、一生懸命だった。
そんなふうに、こいつはいつでも、懸命だったはずだ。
結果が、こうして伴わなかっただけ。
俺とは違う。
じっと見つめている俺の視線に気づきもしないで、古河はパンを食べ続けた。
やがて…
古河「ごちそうさま」
包装紙を折り畳んで、ポケットにしまい込んだ。
古河「とてもおいしかったです」
それでも、俺は古河の顔を見続けていた。
古河「………」
目が合う。
古河「あのっ…」
朋也「うん?」
古河「もしかして、口の端になにかついてますか?」
朋也「いや、ついてないよ」
古河「じゃあ…何を見てるんでしょうか」
朋也「あのさ、古河」
古河「はい」
朋也「おまえって、かわいいと思うよ」
古河「はいっ…?」
朋也「天性のものだよ、それ。みんな、おまえのこと知ったら、みんな好きになるよ」
朋也「友達たくさん、できるよ」
古河「落ち込んでないのに励まされると、落ち込みます」
朋也「いやっ…別に励ましてなんかないって。感想だよ。第一印象」
朋也「ほら、俺たちはまだ知り合って間もないから、真に受けていいぜ」
古河「うーん…」
朋也「真に受けろっ」
肩をつかんで、言い聞かせる。
古河「そ、そんなヘンですっ」
古河「強要されても…」
朋也「…だな」
すぐ自分の行動のおかしさに気づく。
朋也「はぁ…」
座り直す。
すると、正面、校舎三階の窓に映る女生徒と目が合った。
朋也「ほら、今日も手、振ってみろよ。笑顔で」
古河「そんなこと、もうしないです」
古河「岡崎さん、ひとりでしてください」
朋也「だから、男の俺がそんなことしたら、気持ち悪がられるって」
古河「そんなことないです。岡崎さん、背、高くて、かっこいいですから…」
古河「だから、たくさん女の子寄ってきて…」
古河「わたしなんか押しのけられて…」
古河「………」
朋也「そっか。そうだな。そうなるとおまえの相手、してやれなくなるからな」
朋也「やーめたっ」
古河「真に受けないでください」
朋也「…おまえなっ」
朋也「このやろっ」
頭を小突いてやる。
古河「は…」
古河が笑う…
いや、笑ってなかった。
笑いかけたのに…。
俺は古河の視線を追う。
その先には、校舎の三階の窓。
人影は消えていた。
朋也「あのさ、古河…」
古河「はい」
朋也「部室、いくか」
古河「そうですね」
古河が立ち上がり、ぱんぱんとお尻を手で払った。
朋也「時間どれぐらいある?」
古河「予鈴まで二十分ほどあります」
朋也「よし。じゃあ、その時間を使って、部員募集の告知を作ろうぜ」
古河「はいっ」
力強く、古河は頷いた。
ふたりがかりで、A4用紙にマジックペンで文字を書き連ねていく。
朋也「まずは説明会の日取りを決めて、そこで説明だな」
古河「日取り、いつにしましょう」
朋也「近すぎても部員が集まらないからな…二週間ぐらいみといたらどうだ」
古河「はい。5月から活動開始ということで、とてもキリがいいです」
そううまくいけばいいが。
キュッキュッ。
古河「できました」
朋也「うーん…なんか足りないと思わないか?」
古河「さぁ、なんでしょう…」
俺が足りないと思うのは…
朋也「イラストだ」
古河「そうですね。あれば、可愛いと思います」
朋也「というわけで、古河、描け」
古河「わたしがですか?」
朋也「おまえの他に誰が描く」
古河「岡崎さん」
朋也「ちなみに俺は美術は1だぞ」
古河「わたしも、得意な科目じゃないです」
古河「中学生の時、自画像描きませんでしたか」
朋也「ああ、描いた」
古河「一生懸命描いたのに…先生に、美味しそうなカレーライスですね、って言われました」
朋也「俺は頑丈そうなキャッチャーミットだな、と言われたぞ」
古河「カレーライスとキャッチャーミットですか」
朋也「それはどっちのほうがヘタなんだろうな」
古河「わたしは福神漬けまでついてるって言われました」
朋也「俺なんて、普通のグローブで良さそうなもんじゃないか。どうして、よりによってキャッチャーミットなんだ」
古河「………」
朋也「………」
朋也「…絵のうまい奴、連れてくるか」
不毛な言い合いに嫌気が差して、俺は立ち上がる。
古河「あ…待ってください」
朋也「あん?」
古河「やっぱりわたし、描きます」
古河「わたし、部長ですから」
朋也「だな。それにこしたことはねぇ」
座り直す。
古河「なに描けばいいですか」
古河が色ペンを手に持って訊く。
朋也「そんなの自分で考えろ」
古河「うーん…」
朋也「得意な絵はなんだ」
古河「なんでしょう…」
朋也「カレーライスか」
古河「ちがいますっ」
思いっきり否定された。よほど、嫌な思い出なのだろう。
古河「簡単な絵でもいいですか?  それだったら、ひとつだけ得意なのがあります」
朋也「いいよ。可愛かったら」
古河「ものすごく可愛いですっ」
言って、ペンを動かし始める。鼻歌を歌いながら。
それはどこかで聞いたことのあるメロディだった。だけど、なんだったかは思い出せない。
気になって、覗き込むと、小さな丸の中に顔を描いていた。
ひとつが出来たかと思えば、次々と同じものを連ねていく。
部員募集の告知は、たちまち謎な生き物によって占領されていく…。
古河「できました」
胸を張ってビラを見せてくれる。
朋也「ぐあ…」
…隙間なく、謎の生物に埋め尽くされていた。
朋也「アホな子か、おまえはっ!」
古河「はい?」
朋也「見ろっ、文字が読めないだろっ!」
古河「そうですね…読みづらくなってしまいました」
朋也「どうして、わけのわからない謎な生き物をこんなにたくさん描いたんだよ…」
古河「謎じゃないです。すごく有名です」
朋也「なんだよ」
古河「だんご大家族です」
朋也「だ、だんご大家族…」
それは一昔前に大流行した歌のタイトルだった。
確か、幼児向けの番組で使われていたものだ。
朋也(そうか、さっきのメロディはそれだったのか…)
日本人なら誰でも知っている。
古河「だんご大家族は大家族なんです。だから、たくさんいるんです」
朋也「ずばり言おう、古河」
古河「はい」
朋也「おまえのセンスは最悪だ」
古河「え…」
朋也「何年前のシロモノだよ、だんご大家族って」
朋也「すでに死語だぞ、死語」
古河「そんな…古いことなんて関係ないです。可愛いものは、いつ見たって可愛いはずです」
朋也「可愛いかもしれないけど、もう廃れてしまったものなんだぞ、これは」
朋也「おまえさ…流行り廃りにうといんだな…」
古河「そうなんでしょうか…」
古河「わたしの中では、今も可愛いんですけど…」
朋也「そっか…そりゃ良かったな…」
俺は頭を抱え込む。
これなら俺が、キャッチャーミットを描いていたほうがマシだったかもしれない。
朋也(このビラを見たら、普通の人間は一歩引くぞ…。ギャグならまだしも、マジでやってんだからな…)
古河「だんご大家族、ダメなんでしょうか…」
俺の様子を見ていた古河が、気を落とし始めていた。
朋也(まずいな…)
このまま、失意の底に落としてしまうわけにもいかない…。
朋也「いや…悪くはないんだけどさ…」
古河「でも、ずばり言われました。最悪だって…」
朋也「いや、おまえのセンスが最悪だと言ったのであって、決してだんご大家族に対して最悪と言ったわけじゃないぞ」
かなり苦しい言い訳である。
古河「そうなんですか。複雑な気分です」
あまり納得はしていないようだったが、どうにか切り抜けられそうだった。
朋也(うーん…)
ビラもじっと見ていると、部長である古河の人柄を表しているのだから、嘘を付いて飾るよりはずっとかマシな気がしてきた。
朋也「ともかく。ある意味、味のあるビラが完成した、というわけだ」
朋也「めでたし、めでたし」
話を強引にまとめて、俺はそのビラを持って立ち上がる。
古河「どこにいくんですか?」
朋也「コピーだよ。枚数揃えて、放課後に貼って回ろうぜ」
朋也「今日できることは、それぐらいだ」
古河「あ、はいっ」
その後、職員室でコピー機を借りた後、散会とした。
教室に戻ってくると、春原が机に突っ伏していた。
おそらく、噂の竜太パンを手に入れることができなかったためだと思われる。
今さっき食ってきたが…
何だったかと訊かれても、何と答えればいいかわからなかったので、黙っておくことにした。
おそらく、例の新商品を手に入れることができなかったためだと思われる。
放っておくことにした。
放課後になっても、意気消沈したままの春原をひとり残して、俺は教室を出た。
向かう先は、演劇部の部室。
そんなに急いできたつもりはなかったのだが…古河の姿はなかった。
朋也(なにやってんだろ、あいつ…)
朋也(あいつ、とろそうだからな…)
………。
待ってもこない。
暇だから、黒板の端に落書きをしてみる。
『日直 古河渚』
………。
書き終えて、しばらく経っても現れない。
何かあったのだろうか。少し心配になってきた。
朋也(仕方のないやつめ…)
朋也(まさか、隣の教室と間違えてるんじゃないだろうな…)
朋也(あいつなら、ありえそうで、なんか嫌だ…)
別の場所…となると、後は中庭ぐらいだろうか。
窓から見下ろしてみる。
そこに、ひとりでいた。
朋也「くわ…何やってんだ、あいつ…昼休みと間違えてんのか?」
朋也「あいつのことだから、ありえそうだよな…ったく」
階段を下り、中庭へと向かった。
いつもの昼を食べる場所に座っていた。
俺は近づいていく。
朋也「おまえさ、昼休みじゃねぇんだぞ。なにやってんだよ、こんなところで」
古河「………」
古河は竹ぼうきを持っていた。
黙って、その柄を手の中でくるくると回し続けている。
どうも、また落ち込んでいるようだった。
朋也「どうした。何があった」
隣に座る。
くるくる…
ふたりの足の先で、竹ぼうきの先端が砂を巻き込みながら回っている。
朋也「掃除当番か。そうなんだろ?」
古河「…はい」
ようやく答えてくれた。
朋也「で、どうした。掃除しないのか」
古河「してました」
朋也「してたんだな。それで、どうして途中でやめた?」
古河「えっとですねっ…」
古河「それは…」
しばし考え込む。
そして、唐突に立ち上がる。
古河「岡崎さんに話すようなことではないです」
言って、歩いていこうとする。
朋也「ちょっと待てって!」
俺も立ち上がって、その後を追う。
朋也「わけわかんねー奴だな、おまえは」
朋也「なんだよ、俺まで悪者か?」
古河「違います…岡崎さんは、いいひとです」
朋也「別にいい人とまで言ってくれなくていいけどさ…そうだろ、おまえには危害を加えない人間だ」
古河「そうです」
朋也「なら話してくれればいいだろ。いつものように」
古河「わたし…岡崎さんを巻きこんじゃっています…おもしろくもないことに」
古河「岡崎さんの貴重な時間を無駄にさせちゃっています」
朋也「そんなことないって。面白いよ、十分」
朋也「って、言っちゃあ、悪いよな…」
古河「………」
古河は立ち止まって、そこでも箒の柄を回していた。
それをじっと眺める俺。
ふと…違和感を覚える。
冷めた自分が違う場所で、こっちを見ていた。
朋也(なにやってんだろうな、俺は…)
少しだけ、時間を忘れていた。
その間、古河は黙ったまま、俯いていた。
朋也(とりあえず今は、こいつを元気づけないとな…)
朋也(食べ物、食べ物、と…)
俺は、食い物を探してみる。
こいつの好きなもの…なんだろう。
朋也(だんご大家族…か?)
当時は、そのキャラクターを模した大量のだんごの詰め合わせが、どこのスーパーでも売っていたものだ。
朋也「古河は…だんご、好きだよな」
古河「はい」
朋也「なら、だんご大家族って言え」
朋也「それで、頑張れ」
古河「だんご大家族、売ってますでしょうか」
朋也「どうにかなる。俺がなんとかしてやる」
朋也「だから、だんご大家族って言って頑張れ」
古河「………」
古河が目を閉じる。そして…
古河「だんご大家族っ」
そう力強く、言っていた。
朋也「どうだ。落ち着いたか」
古河「はい…」
目を開けた彼女は、少しだけ前向きでいた。
朋也「何があったか話すのは後でいいから」
朋也「だから、今は、やるべきことをやってこい」
古河「はいっ」
手の箒をぐっと握って、歩いていく。
だんご大家族の効果は絶大なようだった。
俺はその背を見送った。
その後、古河とふたりで、校内の掲示板にビラを貼りつけて回った。
ひと月遅れの、部員募集。
他の部活の募集はすでに打ち切られていたから、一枚だけの目立つ告知となった。
最後の掲示板に貼りつけたビラを、感慨深げに俺はじっと眺めていた。
その隣で古河は、まだ元気なく、黙ったまま突っ立っていた。
朋也「じゃ…」
朋也「だんご大家族、買って帰るか」
元気づけるように言って、掲示板の前を離れた。
朋也「ひとつ訊いていいか」
古河「はい」
朋也「もし、な…」
古河「はい」
朋也「もし…だんご大家族、売ってなかったら、どうする」
古河「え…?」
泣きそうな顔で、こっちを見る。
朋也「いや、冗談」
帰り道、ふたつのスーパーに寄ってみたが、だんご大家族は売ってなかった。
古河「………」
古河は今にも泣きそうな顔をしていた。
掃除中に何があったかは知らない。
けど、そこで挫けそうになった彼女は、だんご大家族を糧にして、どうにか乗りきったのだ。
朋也(すると、手に入らなければ、さっきの状態に逆戻りか…)
なんとしてでも手に入れなければ…。
古河「古いものですから…なくって、当然です…」
古河「だんご大家族なんて、みんなもう、欲しくないんですよね…」
古河は諦めかけていた。
朋也「ちょっと待てよ…」
俺は古河に背を向けて、財布の中身を探る。
朋也(やるしかないのか…)
朋也「古河」
古河に向き直り、呼びかける。
古河「はい」
ものすごく辛そうな顔をあげる。
朋也「おまえ帰ってろ。だんご大家族は俺がなんとかしてやるから」
古河「…本当ですか?」
朋也「本当だったら、古河は嬉しいか」
古河「はい、とてもうれしいです」
朋也「よし、なら今は耐えて帰れ」
古河「ですが…」
朋也「それ以上は何も訊くな」
古河「なにか、とても迷惑なことを…」
朋也「いいから黙って、帰れ」
古河「………」
古河「はい…」
少し不安げに頷いてから、背中を向けて、とろとろと歩き出す。
朋也「帰り道、泣くなよ」
そう最後に声をかけて、俺も踵を返した。
スーパーに戻り、だんごをありったけ買い占めるために。
朋也「ふぅ…くそ重かったぞ」
ぱんぱんに膨らんだスーパーの袋を床に置き、自らも腰を下ろし落ち着く。
そして、袋からだんごの入ったパックを取りだし、その封を解く。
朋也(どんな顔だったかな…)
ひとつのだんごを指でつまんで、思案する。
朋也(確か、こんな感じか…)
一緒に買ってきた食紅と竹ひごを使って、そのだんごに顔を描く。
朋也「む…いい出来」
朋也「しかしバカらしい作業だぞ、これは…」
だんご大家族とは、確か百人ぐらいの家族だったはずだ。
…今からそれを作ろうというのだ、俺は。
朋也(やるしかないよな…あいつ、また落ち込むからな…)
てんてん…てんてん…。
食紅をつけていった。
いつの間にか一時間も経っていた。
終わりも近い。
朋也「ふぅ…」
ため息をついたところで、喉の渇きに気づいた。
唾も飲み込めないほどだった。
朋也(ものすごい集中力だな…)
朋也(俺って、こういう単純作業が向いてるのかも…)
水を飲みに立ち上がる。
部屋に戻ってくると…
そこに、親父がいた。
その姿を見たとたん、胸の中に溜まっていた何かが、どろりと波打った。
嫌な気分になる…。
朋也「何やってんだよ…」
かろうじて、そう切り出した。
親父「これはあれだろう、ほら…」
顔のついただんごを指でつまみ上げ、微笑む。
親父「そう、だんご大家族だ」
親父「懐かしいね…」
朋也「………」
俺は黙ったまま、入り口のところで立ち尽くしていた。
親父「これは…どうするんだい」
朋也「………」
親父「ね、朋也くん」
朋也「…人にやるんだよ」
親父「そうか…友達にかい」
朋也「ああ」
親父「なら、私も手伝わせてくれないかい」
朋也「どうして」
親父「朋也くんの友達なら、そうしてあげたい」
親父「話をするきっかけにも…なるかもしれないからね」
もう勘弁してほしかった。
これは計算高い嫌がらせなのだろうか。
どうして…親父が俺の連れてきた友達と話をする必要がある?
あんたは、俺の親父じゃなかったのか?
単なる話相手なのか?
俺の連れてきた友達も、巻き込もうとしてるのか?
訊きたかった。
答えてほしかった。
親父「こういうのは得意なんだ」
親父が竹ひごを手に取る。
朋也「やめろっ!」
俺は駆け寄って、その腕をひっぱたいていた。
親父「………」
呆然と俺の顔を見上げる親父。
朋也「やめてくれ…」
朋也「関係ないだろ、あんたにはっ」
俺は、親父が一番堪える言葉を選んでいた。
親父「………」
案の定、頭を垂れる。
しかしその姿すら、俺への当てつけに見えた。
それは、我が子じゃない…友人に傷つけられた奴の姿だったからだ。
俺は、机一杯に広げられただんごを乱暴にかき集める。
それをスーパーの袋に詰め込むと、親父の姿も顧みず、部屋を後にした。
もう嫌だ。
ここに俺の居場所はない。
本当の俺の居場所はない。
偽りの自分しか居られない。
そんなの嫌だ。
たくさんだ。
もう、たくさんだ!
朋也「はぁ…はぁ…」
息が上がりきっていた。肺が痛い。
全身が、強烈な疲労感に襲われていた。
自分がどんな格好で走ってきたかさえ、わからない。
ただ、気づけばこんな場所まで来ていた。
朋也「あ…」
真っ直ぐ先に、古河が立っていた。
朋也「古河…」
俺は近づいていく。その足取りもおぼつかない。
朋也「古河」
名前を繰り返して呼んだ。
古河「はい」
と彼女は返事をした。
けど、俺は…何も言い出せないでいた。
どうしたかったのだろうか、俺は…。
古河「……?」
小首をひねる彼女。
息を切らせて立ち尽くす俺。
古河「疲れてるんですか?」
朋也「いや…べつに…」
古河「あの、それは?」
そう訊かれて、ようやくその存在を思い出した。
手にさげた、スーパーの袋を。
朋也「ああ…これか。おまえにやる」
古河はそれを受け取ると、中身を覗き込む。
そこには、顔付きのだんごたちがひしめき合っているはずだ。
古河「わぁ…だんご大家族です」
朋也「ああ、そうだ」
古河「本当に大家族です」
朋也「ああ、大家族だな」
古河「わたしも、仲間に入れてもらいたいです」
朋也「ああ、そうしてもらえ」
古河「えへへ…」
顔を綻ばせて、ずっと袋の中を覗いている古河。
その姿を見ていた俺は…
いつしか落ち着きを取り戻していた。
それからずっと、ふたりで公園にいた。
ベンチに腰を下ろし、誰も乗っていないブランコを眺めていた。
古河「しばらく、カレー画伯って呼ばれてたんです」
朋也「あん?」
唐突に言われて面食らう。
古河「自画像の話です」
朋也「ああ、昼の話の続きか」
朋也「俺はキャッチャーやらされることが多くなった」
古河「お互い災難でしたね」
朋也「まったく。絵はうまいに越したことはない」
古河「はい、そうですよね…」
古河「いつも、いつだって不器用で…」
古河「そうやって、からかわれたりすることが多かったです」
古河「それは…今もです」
古河の顔を見る。胸を両手で抑えて、痛みを堪えているような表情だった。
古河「気づいたら、ひとりでした」
それは、放課後に起こった事の話だとすぐに気づく。
古河「掃除、まだ終わってないのに…」
古河「中庭にわたしひとりぼっちでいました…」
朋也「そっか…」
俺は支えられた。こいつによって。
いや、支えられた、というのは違うような気がする。
こいつは笑っていただけだから。
でも、それを見ているだけで、俺は自分を取り戻すことができた。
朋也「おまえさ…」
なら、俺はこいつにしてやれることがあるだろうか。
もし、ひとつでもあるとすれば…
なら…
…一緒にいてもいいかもしれない。
朋也「ひとりで泣いてるぐらいだったらさ…」
朋也「俺を呼べよ」
朋也「そうしたら、ひとりじゃなくなるだろ」
古河「それは…」
古河「…迷惑です。岡崎さんに」
朋也「違うんだよ、古河」
…俺がそうしたいんだよ。
朋也「迷惑なんかじゃない」
朋也「気を使ってもらうほど、俺には都合なんてないからさ」
朋也「迷惑はかからない。どうせこっちも退屈してんだ」
古河「………」
古河「わかりました」
古河「泣きそうになったら、呼びます」
朋也「ああ、そうしてくれ」
古河「でも、呼ばないように、できるだけがんばります」
朋也「そうだな。それも大切だな」
古河「はい」
朋也「でも、呼んでもらえないと…」
…なんとなく、寂しい。
いや、でも、そのほうがいいのか。
頑張ってるってことなんだからな…。
朋也「………」
なんだかよくわからなくなってきた…。
古河「呼んでもらえないと、なんですか」
朋也「…え?」
古河「退屈ですか」
朋也「ああ…そうだな、退屈だ」
古河「では、がんばっていても、呼ぶことがあるかもしれません」
古河「そんなことしちゃっても、いいですか」
朋也「ああ、全然オッケー」
朋也「…退屈だからな」
古河「はい」
腹が鳴る頃、古河の家のほうから、ふたつの影が近づいてきた。
それだけでわかる。古河の両親だった。
秋生「渚、そろそろ戻れよ」
朋也「ちっす」
俺は挨拶をする。
秋生「お、コスモ斉藤じゃねえか」
早苗「あら、大宇宙太郎さん」
ふたりとも、一文字すら合っていない。
古河「岡崎さんです、お父さん、お母さん」
秋生「ああ、そんなちんけな名前の奴だったな」
秋生「おぅ、そうだ…そんな壮大な名前の奴だったな…」
早苗「また、遊びにいらっしゃったんですか」
朋也「えっとですね…」
秋生「男なら、力づくで奪っていきやがれぇっ!!」
秋生「といっても、渡さんがなっ」
早苗「秋生さん、誰もそんな話、してないですよ」
秋生「おっと、早とちりか。すまねぇ」
豪快な早とちりだった。
どうもこの人とは一生、まともな会話が成立しない気がする。
早苗「岡崎さん、家にあがっていってください」
秋生「そうだそうだ。こんなところで、こそこそと愛人のように会ってんじゃねぇ」
早苗「どうですか?  それとも、親御さんが心配されます?」
朋也「いや、それはないけど…」
今日は古河によって、救われたから…
朋也「帰るよ」
そうすることにした。
秋生「そっか。帰れ帰れ」
早苗「そうですか…。残念ですね」
早苗「また明日来てくださいね」
朋也「はぁ」
朋也「じゃあな、古河」
三人とも返事をした。
秋生「ちっ、俺に言ったんじゃねぇのかっ」
秋生「って、年下に呼び捨てにされて素で返事してる俺って、なんなんだぁぁっ!」
秋生「てめぇ、今度から秋生様と呼べぇっ!」
早苗「まぁまぁ、秋生さん」
秋生「秋生様だっつーのっ!」
早苗「はいはい、秋生様っ」
まったく笑える家族だった。
古河「おやすみなさいです、岡崎さん」
古河の笑顔を目に焼きつけて、その場を後にした。
TOP

回复:下了渚的剧本,却因为是日语的看不懂,泪奔ing,现在发上去,有闲人的话谁帮忙翻译一下啊,帮个忙咩~~...

幻想世界II
次の光景は、床だった。
床をじっと見ていた。
なんだっけ。何かの途中だった気がする。
『首』を縦に動かす。そうして、視界を変える。
彼女がいた。
ずっと、僕が見ていた少女だ。
少女が手を差し出していた。
僕はそれに向けて自分の『手』を伸ばした。
手が重なる。
感触はなかったけど…それでも、合わさっていることはわかる。
同時に僕は実感する。
僕は本当に、この世界に生まれてしまったんだ。
僕は存在してしまっている。
彼女に触れられる。
世界は悲しかった。
けど、彼女は優しかった。
彼女の手に触れていると、悲しさと優しさが同時に僕の『胸』を満たした。
僕は彼女を求めて、ここに生まれた。
新しい世界での暮らしや、得られるはずだった幸せ、あらゆるものを犠牲にして。
彼女は僕の手を引いて、立ち上がらせると、また離れていった。
そして、数歩先で手を叩いた。
僕は彼女に向けて、歩き始める。
そう…僕は歩く練習をしていたのだ。
記憶は淀んでいた。
努力しなければ、思い出せない。
彼女が手を叩いている。
歩こう。
けど、足は思い通りに動いてくれない。
また、前のめりに倒れ込んだ。
それでも繰り返し、彼女は僕の手を引いて立ち上がらせてくれた。
何度目の歩行になるのか。
ようやく、彼女の前まで辿り着くことができた。
彼女は彼女の背丈の半分しかない僕の体を抱き留めてくれた。
…よくできたね。
温もりだ。
この世界でたったひとつの温もりだ。
僕の求めていた温もりだ。
ガラクタの体では、体温は感じられなかったけど。
彼女の顔を見上げる。
訊きたいことがたくさんあった。
でも、僕には口がなかったから、言葉を喋ることができなかった。
僕は『顔』を窓に向けた。
いつだって、逆光が差し込んでいた窓。
外の世界が見たかった。
世界の終わりを、この『目』で確かめたかった。

4月18日(金)
………。
朝日が差すように目に痛い。
ああ…なんでこんな早くに起きてしまったんだろう。
まだ、十分始業時間に間に合う。
朋也(別に遅刻したくて、してるわけじゃないしな…)
起きて、着替える。
いびきをかく親父の体を跨いで、居間を抜けた。
風景が違う…。
同校の生徒がわんさと歩いている。
朋也(ま、これが普通なんだけどさ…)
生徒「おはよう」
生徒「おはよーっ」
挨拶が繰り返される中、じっと立ち尽くしていたが…
ひとりも俺に声をかける奴はいなかった。
ただ、皆、笑顔で俺を追い越していくだけだった。
きっと誰にも俺の姿は見えていないのだ。
だから、このまま踵(きびす)を返してどこかへ行ってしまおうと、呼び止める奴もいない。
朋也(このまま、ふけちまおう…)
声「どこにいくんですかっ?」
ぴん、と服の裾を引っ張られた。
見える奴がいたらしい。
するとそれは、仲間だ。同じ、透明の世界に住む、住人。
古河「岡崎さん、学校はこっちです」
朋也「そうだな、間違えた」
古河「間違えるわけないです。みんな、こっちに行ってます」
朋也「そういうのを見ると、逆らいたくなるんだ」
古河「ダメです。やっと、遅刻しないでいけるのに…一緒に行きましょう」
この人混みの中、女の子と並んで登校する…。
それは想像しただけでぞっとする状況だった。
朋也「おまえ先にいけ」
古河「そんなことしないです。岡崎さん、いかないなら、わたしもここで待ちます」
朋也「遅刻だぞ」
古河「構わないです」
朋也「………」
じっとしていると…登校する生徒の数が目に見えて減ってきた。
朋也「…時間やばいだろ」
古河「今ならなんとか間に合います」
朋也「そっか」
古河「はい」
朋也「………」
そもそも、誰の目にも見えないんじゃなかったのか。
誰かの目を気にするような、そんな見栄も立場もなかったんじゃないのか。
朋也「…急ぐぞ」
古河「はい」
そして今日も坂を登っていく。
変わりゆく日常の歯車を、また回すために。
………。
昼。いつもの場所でパンを食べていた。
古河「二週間後…ひとりでも、来てくれるでしょうか」
二週間後…演劇部の説明会の日だった。
朋也(いや、しかし…ビラがだんご大家族だからなぁ…)
即答できず、言葉に詰まる。
古河「岡崎さん…?」
朋也「ま、大丈夫だろ…」
朋也「おまえが校舎に放っただんご達が今、各掲示板で頑張ってくれてる。信じてやれ」
古河「ですよね。百人もいるんですからっ」
朋也(いや、それがネックだと思うんだが…)
自信たっぷりに言う古河に無言の突っ込み。
しかし、どうしてあんなものが大流行したのか。今思えば不思議で仕方がない。
それを未だに好きだというこいつの嗜好のほうが、もっと謎だが。
古河「そういえば、岡崎さん…」
朋也「なに」
古河「説明会って、何をすればいいものなんでしょうか」
朋也「………」
古河「岡崎さん?」
…忘れていた。
こいつがそういうことを、器用にこなせるタイプの人間じゃないことを。
朋也「古河っ」
古河「はい」
朋也「今から練習だ」
朋也「好きに喋ってみろ」
俺は地べたに座って、黒板の前に立つ古河にそう指示する。
古河は、部長としての自覚がある程度はでてきたようで、率先してその場所に立っていた。
少し前なら、俺にその代わりを頼み込んでいたことだろう。
前向きに頑張ろうとしている。
その姿勢は伝わってきた。
朋也(頑張れよ、古河)
心で応援する。
しかし…
古河「え、えっと…ですね…」
あたふたと手を動かしたり、視線を至るところに這わせたりするだけで、一向に話は始まらなかった。
そのまま予鈴が鳴る。
古河「あ…」
古河「………」
朋也「なぁ、古河」
古河「はい」
朋也「そんなおまえに、どうして演劇ができるんだ…」
これだけ口下手で、これだけプレッシャーに弱くて。
こんな矛盾した存在が部長だと知れたら、説明会に訪れた連中はそそくさと退散を決め込むだろう。
まだ見ぬ入部希望者…彼らの前には、ふたつの壁が立ちはだかっているのだ。
ひとつめは、だんご大家族。
ふたつめは、口下手な部長。
朋也「はぁ…」
そんな壁、誰も乗り越えてこれない。
朋也(ていうか、乗り越えたくない…)
古河「あの…岡崎さん?」
朋也「ずばり言おう、古河」
古河「はい…」
朋也「おまえに演説の才能はない」
古河「え…」
朋也「だからな、むちゃくちゃ頑張れ」
古河「は、はい」
朋也「しばらくは、説明会の練習だな…」
古河「わかりました。がんばりますっ」
やる気だけはあるらしく、手をぐっと握ってみせた。
杏「あ、朋也~」
朋也「ん?  よぉ」
藤林杏。2年の時のクラスメイトだ。
ウチのクラスの委員長の双子の姉で、俺達に平気で話しかけてくる数少ない女子…。
性格は…まぁ…悪いな…。
今は隣のクラスだ。
杏「どこ行ってたの?」
朋也「ちょっとヤボ用だ」
杏「ふーん。ひょっとしてコレ?」
ピンと小指を立ててニヤニヤと笑う。
朋也「んな色っぽいもんじゃねぇよ」
杏「?  なんか疲れてる?」
朋也「俺って意外と面倒見、良い方だったんだな」
杏「なに?  それ笑うトコ?」
朋也「…ああ…笑ってくれ」
杏「あははははははははははははは」
朋也「笑うなっ!」
杏「なによ。笑えって言ったり、笑うなって怒ったり面倒ねぇ」
ガラ…。
春原「おや、おかえり」
朋也「なんだ、教室にいたのか」
春原「ご挨拶だね。まるで僕が教室にいちゃイケナイみたいじゃないか」
朋也「いや、いちゃイケナイだろ?  目の毒だ」
杏「無駄に二酸化炭素増やすだけでしょ?  酸素吐く分、雑草の方がマシよ」
春原「あんたら言うことキツ過ぎッス!」
春原「ていうか、藤林杏!  なんでいんの!?」
杏「なによ。あたしがここにいちゃイケナイっての?」
春原「あ…えっと…そういうわけじゃないけど…えっと…もう予鈴も鳴ったし自分のクラスに戻った方がよろしいかと…」
杏「本鈴はまだでしょ。みみっちいこと言ってると、人としての器が知れるわよ」
春原「ぼ、僕みみっちいですか?」
杏「ミジンコ並じゃない?」
春原「プランクトン!!」
朋也「…おいミジンコ、あれはなんだ?」
春原「え?  あれって?」
春原「…て返事しちゃったよ!」
朋也「いいからさっさと答えろ。あの一団だよ、誰の席か知んねぇけど…」
春原「あそこは。委員長の席あたりだね」
朋也「藤林の?  何か提出する物でもあったか?」
杏「あー、きっとアレね。占いよ」
朋也「…占い?」
杏「それにしても…相変わらずの人気ねぇ」
朋也「何がだ?」
杏「椋の占い」
春原「ひょっとして、あの人だかりの中心て委員長?」
杏「そ」
朋也「…そんなにあいつの占いって当たるのか…?」
杏「………」
春原「パッとしないように見えても、なにかしら特技を持ってるものなんだねぇ」
ゴン!
春原「痛っ!  なにするんスかっ!」
杏「妹の悪口は許さないわよ」
春原「褒めたんだよっ」
ゴン!
春原「痛いッス!」
杏「あんた。現国の成績最悪でしょ」
朋也「毎回赤点だ」
春原「なんでおまえが知ってるんだよっ?!」
朋也「おまえの部屋で見た。机の奥を漁ったら大量だったぞ」
春原「ぼ、僕にプライベートはないんスか?」
朋也「はっはっはっ、今更何言ってんだろなこいつは」
杏「あはは、まったくよねぇ」
春原「ってあんたらおかしいよ!」
杏「あ、そうだ。ねぇヘタレ」
春原「誰がヘタレだっ!」
朋也「反応してる時点でおまえだろう」
春原「おまえの事かもしれないだろ」
杏「違うわよ。あんたのことよ」
春原「…そうですか…」
春原「で…なんでしょう?」
杏「あんた試しに椋に占ってもらえば?」
春原「え、僕が?」
杏「あ、別に朋也でもいいわよ」
朋也「占いねぇ…」
朋也「当たるのか?」
杏「それはやってみてからのお楽しみでしょ」
朋也「当たるも八卦…か」
春原「行くの?」
朋也「試しにな」
春原「じゃあ次、僕も行こうかな」
朋也「そうだな、おまえの場合、もしかしたら人生に希望が持てるようになるかもしれないしな」
春原「それって今どん底って遠回しに言ってますか?」
朋也「いや、遠回しのつもりはないけど」
杏「っていうか、あんた自分より下があると思ってんの?」
春原「ひでっ!  あんたら言葉の暴力って知ってます?」
朋也「ははは、何言ってんだよコイツは」
杏「事実を告げることは暴力じゃないわよ」
春原「バカにバカって言ってもそれは悪口じゃん!」
朋也「おまえ、今自分でどん底って認めたぞ」
春原「ち…ちがっ!  今のは言葉のアヤというか…その…」
杏「勉強ダメ、彼女いない、遅刻常習者、変な顔する…」
朋也「権力に弱い、弱い者には強い、友達いない、ひぃっ!て言う…」
杏「………」
朋也「………」
春原「な、なんだよ、その哀れみに満ちきった目はっ!」
杏「いや…なんていうか…ゴメン」
朋也「言って良いことと悪いことってあったよな」
春原「ちくしょう!  絶対将来おまえらよりBIGになってやるからなっ!」
朋也「あ…」
杏「いじめすぎたかしらね?」
朋也「そうだ、あいつのいいとこ一つあった」
杏「なに?」
朋也「立ち直りが早い」
杏「ああ、なるほどね」
朋也「さてと、俺は占いを受けてくるかな」
杏「うん、頑張って行って来なさい」
………。
朋也「うーん…」
杏「ん?  おかえり」
杏「ってなにその微妙な顔は?  占い変なの出た?」
朋也「いや、なんて言うんだろうな、良いはずなんだけど周りの反応が悪いというか…」
杏「………」
朋也「…なんだその顔は?」
杏「別に。で、なんて?」
朋也「『近々恋人ができて幸せ』だそうだ」
杏「………」
朋也「いや、だからなんでみんな表情を曇らせるんだ?」
杏「ま、占いは占いだから」
朋也「…?」
午後の授業の開始を告げるチャイムが鳴り、皆席につく。
杏もダッシュで、教室を出ていった。
………。
声「おい、岡崎」
授業が終わるなり呼ぶ声がしたが、担任のものだったので無視しておく。
担任「聞こえないのか、岡崎っ」
しつこい。
朋也「なんすか」
あからさまに怪訝に答えて顔を上げる。
担任は目の前まできていた。
担任「春原はどこだ?」
朋也「春原?」
隣を見る。
確かにその姿はなかった。
朋也「さぁ」
担任「探して連れてきてくれないか」
朋也「え?  俺?」
担任「そう、おまえだ、岡崎」
朋也「どうして」
担任「おまえなら見当がつくんじゃないのかと思ってだよ」
朋也「つかねぇ」
担任「そうかぁ…」
担任「なら、おまえを代わりに呼ぶことになるぞ」
朋也「どこへ」
担任「もちろん、職員室だよ」
朋也「どうして」
担任「岡崎、おまえは、自分の遅刻の数を知っているのか?」
朋也「けど、春原ほどひどくない。午前中には来てる」
担任「そういうのを五十歩百歩というんだぞ」
担任「とにかく、春原がいないんだったら、順番としてはおまえになるんだよ」
朋也「はぁ…」
憂鬱になる事態だった。
けど、今からの授業をサボれることを考えると、素直に春原を探しにいくほうが賢明だ。
朋也「わかりました。探してきますよ」
背を向けて、歩き出す。
担任「おい、岡崎っ、今からじゃないぞっ、授業が終わってからだぞっ!」
最後の言葉は聞こえない振りをした。
これで、授業をさぼったことを咎められても、担任のせいにできる。
春原は確かに、昼休みはいたはずだ。
けど、五時間目は受けていたかは定かではない。俺は一時間ぶっ通しで眠り続けていたからだ。
朋也(するとBIGになると言って出ていったきりか…)
朋也(どこに行ったかなんて、ぜんぜん読めねぇ…)
探す気力が失せてくる。
適当にぶらつくのも、そろそろ飽きてきた。
春原のいそうな所を考えてみる。
朋也「………」
見当もつかない。
正直、もう春原はどうでもよかった。
戻ろう…。
…踵を返したところで思い出す。
旧校舎には絶好の寝場所があったはず。
それは…一階の資料室。
やっぱり、授業には出ておいたほうがいいだろう。寝ているだけだとしても。
………。
放課後になっても春原の奴は戻ってこなかった。
別に珍しいことでもなかったので、気にしないでおく。
俺はひとり、演劇部の部室に向かう。
その途中で、古河に追いつかれ、いつの間にかふたり並んで廊下を歩いていた。
古河「…えへへ」
古河は懸命に、でも楽しそうに俺と歩幅を合わせていた。
古河「これから、練習ですね」
朋也「演劇のじゃないぞ。説明会のだぞ?」
古河「わかってます」
古河「それでも、なんだか、ひとつのことをするために集まるのって、わくわくします」
古河「しないですかっ」
朋也「いや…よくわかんねぇけど…」
朋也「なぁ…」
朋也「喋ることを決めておいたほうがいいんじゃないのか?」
古河「そうですね。暗記は得意ですから、それならできると思います」
朋也「でも、何を喋るか、その内容に関しては俺は手伝えないぞ」
朋也「俺は演劇についてまったく無知だ。こっちが知りたいぐらいだからな」
古河「わたしだって同じです」
古河「演劇をやりたいだけで、詳しいことなんて実は何ひとつ知らないです」
演劇部、部長の爆弾発言。
朋也「………」
朋也「なぁ、古河」
古河「はい」
朋也「どうして演劇をやりたいんだ」
古河「好きだからです」
朋也「どんなところがだ」
古河「楽しいと思いました。みんなで演技するのって」
古河「わたし、小さい頃から学芸会とか、そういうの、ことごとく欠席しちゃって…」
古河「だから、絶対演劇部に入ろうって…そう思ってたんです」
古河「三年間、演劇がんばろうって…」
古河「でも、一、二年生の頃は、それどころじゃなくて…」
古河「三年生はずっと休んじゃって…」
朋也「わかった。もういい」
つまり…
こいつの演劇への情熱というのは、要は集団生活への憧れなのだ。
みんなが力を合わせて、ひとつのことを達成する。
そうして、今まで叶わなかった夢を実現したい。
それだけなのだ。
古河「ただ、好きなだけです」
ふぅ、と小さく息をついて、古河は胸を手で抑えた。
一気に喋りすぎたのだろう。疲れたようだった。
こんなにも脆弱で、儚くて…
それでも健気に頑張ろうとしている姿。
それを見た人間が、彼女の前を素通りできるだろうか。
俺なら…できない。
朋也「…合格だ」
だから、そう告げていた。
古河「はい?」
朋也「今の演説をすればいいだけだ」
朋也「短かったけどさ…なんていうか、一番おまえの言いたいことが言えてた気がする」
古河「それは…なぐさめですか?」
朋也「違う。本心だよ」
朋也「俺は、思ったことをずばり言うほうだ」
古河「ですよね…。たまに、ぐさりと来ます」
朋也「ああ。だから、信じろ。自分の言葉を」
朋也「ただ、問題は…」
古河「はい?」
朋也「同じことが、本番でも言えるかどうか、だ」
古河「そう、ですね」
朋也「おまえさ、プレッシャーに弱くない?」
古河「はい、弱いです」
ここで俺の頭に浮かんだ疑問は、堂々巡りになる。
朋也「どうしてそんなおまえに、演劇ができる?」
それからも、古河は説明会の練習に励んだ。
古河「…ひとつのことをみんなでがんばる…」
古河「それは素晴らしいことだと思います」
古河「一緒に、がんばってみませんかっ」
そう締めくくった。
言葉は稚拙だったけど、懸命な語り口は好感が持てた。
朋也「質問っ」
俺は新入生を装って、挙手する。
古河「はい、どうぞ」
朋也「どんな演劇をやるんですか?」
演劇といっても、いろいろある(どんなのがあるかは知らないが)。
入部希望者が一番知りたいところではないだろうか。
古河「どんな演劇、ですか…」
少し考える。
朋也「童話のような子供向けの劇だとか、ミュージカルっぽい大人向けのものだとか、いろいろあるんだろう?」
古河「あるんですかっ」
朋也「帰る」
古河「ああ、待ってくださいっ」
朋也「じゃ、なんでもいいから、答えろ」
古河「はいっ…ええとですねっ…」
古河「それはそれは楽しい劇ですっ」
…むちゃくちゃアバウトだった。
朋也「笑えるのか。喜劇なのか」
古河「いえ、決して笑えるという意味では…」
古河「でも、笑えないというわけでもなく…」
朋也「泣けるのか」
古河「泣けるといいますか、泣けなくもなく、といいますか…」
朋也「笑えるのか、泣けるのか、一体どっちなんだ?」
古河「ちゅ、中間ぐらいですっ」
古河「…えへへっ」
笑顔でカバーか…。
朋也「ま、いいよ…」
古河「え、よかったですかっ」
朋也「答えようとしてたからな」
朋也「黙りこくっちまったら、不安にさせるだろうけどさ」
朋也「懸命に答えようとしてたら、少しは熱意が伝わるだろ?」
古河「はい、伝わればうれしいです」
朋也「まぁ、おまえには今のところ、それしかないからな…」
古河「……?」
それからさらに一時間ぐらい練習を続ける。
古河の声が枯れてきたので、そこで切り上げることにした。
その日も、途中までふたりで帰る。
道の先に、見慣れた背格好の男がいた。
春原だった。
朋也(あいつは、今頃、なにしてんだよ…)
隣には古河。
一番、会わせたくないふたりだった。
朋也「おまえさ、しばらく離れて歩いてくれないか」
古河「はい?」
朋也「悪いけど、他人の振りしてほしいんだ。知り合いがいる」
古河「どの方ですか。お友達ですか」
古河「岡崎さんの知り合いだったら、挨拶したいです」
朋也「結構だ」
丁重に断って、その肩を押す。
古河「…?」
頭の上に疑問符を浮かべたまま、古河は距離を置いた。
入れ代わりに、春原が俺に気づいて、近づいてくる。
春原「よぅ」
朋也「おまえな…代わりに俺がしょっぴかれるところだったんだぞ」
春原「え?  なんのことだか、わかんないんだけど」
朋也「こんなことしてると本当に退学させられるぞ」
春原「そりゃ、別に構わないんだけどね」
朋也「………」
ちらりと春原の後ろを見る。
律儀に、古河は待っていた。
俺は顎で先に行ってろ、と指示するが、まったく伝わっていないようで、小首を傾げるばかりだった。
春原「ね、腹減ったよね」
朋也「そうだな」
春原「なにかおごってくれない?」
朋也「んな金あるかよ」
春原「おまえね、こういう時に恩を返しておかなくてどうすんだよ」
春原「僕の部屋を共同で使っておいてさ」
朋也「…なにを、おごれっていうんだよ」
辺りを見回す。なにもなかった。
朋也「なにもねぇじゃん」
春原「あ、そこの自販機のでいいや。その、キャラメルジュース、ていう腹に溜まりそうなジュース」
冗談だった。こいつがそんな甘そうなものを欲しがるなんてことはありえない。
が…
他人の振りをして、その話を聞いていた古河が、その販売機に寄っていった。
そして…
ぴっ。がこん!
春原「あん?」
自販機の作動音に春原が振り返る。
その先で、古河はジュースの缶を大事そうに持って立っていた。
古河「これ、よかったら、どうぞ」
差し出す。
同時に俺は顔面を手で覆った。
春原「はい?」
古河「おごりです。わたしの」
春原「誰、あんた?」
古河「古河渚といいます。岡崎さんにはお世話になってます」
春原「そうなの?」
春原はこっちを見た。
朋也「ああ、そうだよ…」
手のひらを見たままで、答えた。
春原「妹、じゃないよな」
朋也「ああ。違うな」
春原「どういう知り合い?」
朋也「さぁ…」
古河「あの演劇部を作ろうと思いまして…それで、手伝ってもらってます」
古河「でも、岡崎さんは部員ではないです。わたしだけです」
古河「わたし部長なんです」
朋也(ぐあ…)
洗いざらい、語ってくれていた。
春原「マジ…?」
朋也「ああ…そうだよ…」
俺も開き直るしかなかった。
春原「最近、具合が悪いって言ってたのは、これね」
春原「昨日、放課後見ないと思ったら、これね」
嫌な含み笑い。
春原「しかも、演劇部ねぇ」
春原「また部活なんて忌まわしいものに興味を持つなんて、驚いたよ」
春原「おまえ、部活してる連中なんて、吐き気がするほど嫌いだって思ってたんだけど」
古河「え…?」
古河が俺の顔を見た。
俺は、春原を殴ってやりたい衝動に駆られた。
それほど、触れられたくないことだった。
春原「それが最初に、僕らが意気投合したところじゃん」
朋也「好きなもの食えよっ」
俺は財布から千円を抜き出して、春原の胸に押しつける。
春原「お、センキュー」
春原「言ってみるもんだねっ」
春原「じゃあね」
満足げに去っていく。
朋也「はぁ…」
古河「岡崎さん、今、お友達が言っていたことって…」
そういうところを気にしてしまうのが、こいつだった。
朋也「中学の頃は、バスケ部だったんだ」
朋也「レギュラーだったんだけど、三年最後の試合の直前に親父と大喧嘩してさ…」
朋也「怪我して、試合には出れなくなってさ…」
朋也「それっきり、やめちまった」
………。
どうして、こんな身の上話なんてしてるんだろう。
どれだけ、自分が不幸な奴かを古河に教えたかったのだろうか。
また、慰めてほしかったのだろうか。
古河「なら、手助けしたいです」
それは予想しえた言葉だった。
古河「また…学校生活に希望を持てるように」
古河「このわたしのように」
照れたようにして顔を伏せた。
…俺のおかげで、だと言いたいのだろうか。
今だけは、自分の行為が自虐的に思えた。
その古傷には触れてほしくなかったはずなのに。
顔の温度が上がっていくのがわかる。
朋也「そうか」
朋也「そうなるといいな…」
だから空を見上げた。
屋根の向こうに見える銀色に輝く空。
そうして、風が熱を冷ましてくれるのを待った。
…3年前。
俺はバスケ部のキャプテンとして、順風満帆の学生生活を送っていた。
スポーツ推薦により、希望通りの高校に進み、そしてバスケを続けるはずだった。
しかし、その道は唐突に閉ざされた。
親父との喧嘩が原因だった。
発端は、身だしなみがどうとか、靴の並べ方がどうとか…そんなくだらないこと。
取っ組み合うような、喧嘩になって…
壁に右肩をぶつけて…
どれだけ痛みが激しくなっても、意地を張って、そのままにして部屋に閉じこもって…
そして医者に行った時にはもう手遅れで…
肩より上にあがらない腕になってしまったのだ。

4月19日(土)
曇り空。
気分が滅入る。
朋也(いや、天候のせいじゃないか…)
小走りで誰かが近づいてくる足音。
古河「岡崎さんっ」
古河「おはようございます」
そう言って、古河は自然に隣に並んでいた。
朋也「ああ、おはよ…」
それだけを答えた後、無言になる。
古河「岡崎さん、ひとつ提案です」
坂の下まで来たとき、古河が口を開いていた。
朋也「なんだよ」
古河「今日の放課後は、バスケをしましょう」
朋也「誰が、んなもんするってんだよ」
古河「岡崎さんと、わたしのふたりです」
朋也「はぁ?」
古河「放課後、グランドで待ってます」
古河「わたし、バスケットボール持って、待ってます」
浅はかだった。
朋也「馬鹿か、おまえは」
古河「わたし、これでも運動神経いいんです」
朋也「そういう意味じゃなくてさ…」
古河「下投げなら、シュートだって打てます」
古河「ドリブルも、立ったままならできます」
朋也「………」
朋也「…それ、運動音痴だぞ」
古河「あれ?  そうなんですか?」
朋也「そうだよ…」
朋也「だから、余計なことすんな」
朋也「おまえは、演劇部のことだけ考えてろ」
古河「でも、岡崎さんにも、知ってほしいです」
朋也「なにを」
古河「一生懸命になれることです」
俺にもっとも、似合わない言葉。
何かに懸命になるなんて、今更考えられない。
それで報われなかったのは誰だ?
吐き気がする。
朋也「やりたかったら、ひとりでやってくれ」
古河「いえ、ふたりがいいです」
朋也「俺は今日、先に帰るからな」
最後にそう告げて、俺は自分の教室に向かった。
春原の姿はない。
本当に、休む気なのだろうか…。
夕べ、あれからどうなったかは知らないが、またどこかで、たそがれているのだろうか。
また遅刻だろう。
………。
一時間目が終わると、目を血走らせた春原が現れる。
春原「やぁ、おはようっ」
春原「土曜ってさ、なんかわくわくするよね」
朋也「するな」
春原「なんたって、三時間授業受けたら、終わりだもんな」
朋也「普通は四時間な」
春原「授業終わったら、どっか遊びにいこうぜ」
春原「たまには、他校の女生徒ナンパするとかさっ」
朋也「午後から雨だぞ」
春原「えっ、嘘っ!?」
朋也「おまえは、目をつぶって歩いてきたのか」
朋也「見ろ。むちゃくちゃ曇ってるじゃないか」
春原「そんなぁ…楽しい土曜の夜のサタデイナイトフィーバーが…」
朋也「意味、かぶりまくってるからな」
授業中──…。
朋也(…なんだありゃ…?)
いつものように授業を、右から左へと聞き流しながら窓の外を眺めていた。
授業が始まってしまえば人通りなど無くなってしまう校門付近。
そこに存在する見慣れない──…何だろう…?
微妙に動いているから、多分動物だと思うんだが、いまいち該当する物がない。
猫にしては大きい…。
犬にしては丸い…。
タヌキ…だとしたら尻尾が短すぎる。
朋也(…体の模様が独特だな…)
縦縞というか何というか…。
とにかくその動物らしきものは、機嫌良さそうに校門の壁に顔…?  を擦り付けている。
移動するときに、足がチョコチョコと素早く動くあたりは、かなりプリチーだ。
キーンコーンカーンコーン…。
春原「岡崎、どこ行くんだよ」
朋也「ちょっと気になることがあるんだ」
春原「おもしろいこと?」
朋也「たぶんつまらないぞ」
春原「僕も行くよ」
朋也「邪魔だからついてくるな」
春原「そういうなよ。教室にいたって一人じゃ退屈なんだ」
朋也「おまえ…友達いねぇんだなぁ」
春原「あんたに言われたくないよっ!」
朋也「っと…確かこの辺りだったよな…」
もうどこかに行ってしまったのだろうか。
なんの動物だったのか、とても気になる所なんだが…。
春原「なにか探し物なの?」
朋也「そういうわけじゃないんだけど…」
すりすり…すりすり…。
朋也「ん…?」
何かが俺のスネのあたりを…。
??「ぷひぷひ」
朋也「………」
すりすり…すりすり…。
春原「おい、岡崎…?  それなに?」
??「ぷひぷひ」
朋也「さ…さぁ??」
な…なんだこの動物は…?
犬でも狸でもない…背中に縦縞模様の動物…。
見た感じ、まだ子供のようだが…。
??「ぷひ」
春原「か…かわいすぎる…」
朋也「ああ…犬や猫にはない魅力があるな」
春原「触っても平気かな?  噛まないかな?」
朋也「とりあえず、すり寄ってきているから敵意は無いと思うぞ」
春原「じゃ、じゃあ触ろう、撫でよう、抱こう」
春原がその小さな動物に触ろうと手を伸ばす。
??「ぷ…ぷひぷひ」
春原「逃げんなよー…」
可愛らしい小動物の背中に手が触れようとしたその時だった。
声「こらぁーーーっ!!」
春原「え?」
朋也「ん?」
??「ぷひ」
聞き覚えのある声に振り返る。
と同時に、何かが俺の目の前を通り過ぎた。
ベジン!!
春原「のほうっ!」
足元を見ると和英辞典が転がっていた。
ついでに鼻血を出している春原も転がっている。
春原「『ついで』ってなんだよっ!」
朋也「人の心を読むなよ」
春原「あーいてて、なんてもんが飛んで来るんだ」
春原「当たり所が悪かったら死んじゃうぞ」
春原「っていうか一体誰が…」
朋也「あ…」
春原「なんだよ?」
ごげしっ!
身体を起こしたところに蹴り。
声をあげる間もなく、春原は再び大地にもんどり打つ。
朋也「あぶないぞ」
春原「お…おそいッス…」
ピクピクと手足を震わせながら非難めいた声で言う。
??「ぷひぷひ」
杏「ふぅ。ったく…ウチの仔になにする気よ」
春原に体重の乗った華麗な蹴りを喰らわせた当人は、長い髪をバサっと翻させながら言った。
朋也「…ウチの仔…?」
杏「そ。あたしのペット」
朋也「って…この丸いのがか?」
??「ぷひ、ぷひ」
杏「かーいぃでしょ」
朋也「…新種の犬とか狸か?」
杏「あんたの目、フシ穴にビー玉つまってんの?  これのどこが犬や狸に見えんのよ」
朋也「じゃあなんなんだよ?」
杏「ウリンコよ」
朋也「ウンコ?」
杏「殺すわよ?」
朋也「怖いから笑顔で言わないでくれ」
杏「ウ·リ·ン·コ。それともウリボウの方が馴染みあるかしら?」
朋也「あー…えっとなんだっけかな…なんかの子供だったよな」
杏「イノシシの仔よ」
??「ぷひぷひ」
朋也「………」
杏「なによ?」
朋也「ペット…?」
杏「そうよ」
朋也「………」
??「ぷひ?」
杏「言いたいことがあるならハッキリ言いなさいよっ!」
朋也「正気か?」
杏「大マジよ」
杏「あ、名前聞きたい?  めっちゃくちゃかわいいわよ」
朋也「言ってみろよ」
杏「ボタンっていうの。めっちゃプリチーでしょ」
ボタン「ぷっひ」
朋也「うまそうな名前だな…」
杏「うん?  なんて?」
朋也「いや…なんでもないです…」
春原「うぅ…いてて…鼻ッ面が焼けるように痛いぞ」
朋也「よぅ、起きたか」
春原「ああ…ところでボタン鍋がどうしたって?  味噌なら寮に戻らないとないよ」
春原「それとさっき僕蹴られたみたいだけど、靴の底と一緒に薄い水色のが迫ってきたんだ」
春原「あれってきっとパン…」
杏「わすれろぉーっ!」
ぐげしっ!
春原「つぉぉーーっ!」
杏「はぁはぁ…聞こえた?」
朋也「聞こえなかった」
そう言うしか選択肢はない。
朋也「で、そのウリボウは何しに来たんだ?」
杏「あたしに会いに来たんでしょ」
ボタン「ぷひぷひ」
朋也「まだ授業があるだろ。どうすんだ」
杏「そうなのよねー…」
ボタン「ぷひ、ぷひ」
杏「あのね、ボタン。あたしまだ帰れないの」
ボタン「ぷひ」
杏「だから家で大人しくしといて」
ボタン「ぷひー…」
杏「学校終わったらすぐ帰るからさ」
ボタン「ぷひ…」
杏「大丈夫。家まではこいつがちゃんと付いてってくれるから」
朋也「って、なんで俺を指さす?」
杏「この仔、散歩大好きだから見張ってないとどこに行くかわからないのよ」
杏「だから監視役」
朋也「あん?」
杏「どうせ授業なんて聞いてないでしょ?」
杏「だったらちょっとは人のためになるような事した方が有意義ってもんよ」
朋也「ふざけんな。授業中は寝れるんだぞ」
朋也「それ以上に有意義なことなんてあるか」
杏「つべこべ言わない。行ってくれたら今日のお昼おごるから」
朋也「まかせとけ」
ドン、と胸を叩いて快諾する。
朋也「って…俺、おまえん家知らねぇぞ」
杏「あー、大丈夫。ちゃんとボタンが案内してくれるわよ」
杏「あんたは車とか、カラスとか、目つきの悪いパン屋のおっちゃんに気をつけてくれればいいだけ」
朋也「もしこいつに万が一のことがあったら?」
杏「あはははー、そんなの決まってんじゃない」
杏「あんたの寿命が著しく短くなるだけよ」
物騒なことを事も無げに言わないでほしい…。
朋也「昼飯はなんでもいいんだな?」
杏「食堂にあるものならね」
朋也「約束忘れんなよ」
杏「あたしが学校にいるうちに帰ってくればね」
朋也「よし、いくぞウリボウ!」
ボタン「ぷひ!」
トテテテテテテ~
朋也「い、意外と速い?!」
杏「ほらほら、おいてかれるわよ」
朋也「あ、そこで倒れてる奴の後始末は頼むぞ」
杏「5分もすれば目ぇ醒ますわよ」
朋也「それもそうだな」
ボタン『ぷひーぷひー』
杏「ほら、呼んでるわよ」
朋也「おっと、待ちやがれ俺の昼飯!」
杏「物騒なこと言ってんじゃないわよっ!」
朋也「似たようなもんだー!」
俺は叫びながら先を走る小動物を追った。
朋也「…でだ…」
走ること数分。見事にウリボウを見失った。
朋也「やっべぇ…よなぁ…」
昼飯をおごってもらうどころの話じゃなくなっていた。
ちっこいくせに足速いんだなぁ…。
多分、家までは一人…いや、一匹でもちゃんと帰れるんだろうけど…。
朋也「ま、なるようにしかならねぇか」
探したところで見つかるとは思えないしな。
とりあえず適当に時間を潰して学校に戻ろう。
四時間目が終わり、HRさえ終わり、部活のある連中しか残っていない学校に戻ってきた。
なるべくなら、杏と出会わないように…。
杏「あ」
朋也「げ…」
杏「おかえりー、ボタンはちゃんと送り届けてくれた?」
朋也「と、当然だろ」
杏「そ、ありがと。じゃあ約束だし、お昼おごったげる」
杏「あ、言ったと思うけど食堂限定だからね」
朋也「い、いや、やっぱりいい」
杏「へ?  なんで?」
朋也「途中で腹減って買い食いしたから、今はいい」
杏「今はって…日ぃ変わったらおごんないわよ?」
朋也「まぁしかたねぇな」
杏「なんか…怪しいわねぇ…?」
朋也「と、とにかくいいんだよっ」
杏「あ…」
俺は杏に背をむけると逃げるように廊下を走った。
鞄を取りに教室に戻ると、春原がひとりで待っていた。
春原「岡崎、やっと戻ってきたかよ」
朋也「お、復活してる。さすがだな」
春原「復活も何もやられてねぇっての」
春原「よ、け、て、る」
朋也「そこまで爽やかに言われたら、そういうことにしてやりたくもなるな…どうしよう…」
朋也「お願いしますって言って」
春原「お願いします」
朋也「わかった。おまえはよけてた。すごかった」
春原「まぁね」
春原「で、これからどうする?  フィーバーしにいく?」
朋也「だから、雨降るっての」
春原「よし、じゃ、どっか遊びにいこうぜ」
春原「たまには、他校の女生徒ナンパするとかさっ」
朋也「これから雨だぞ」
春原「えっ、嘘っ!?」
朋也「見ろ。むちゃくちゃ曇ってるじゃないか」
春原「そんなぁ…楽しい土曜の夜のサタディナイトフィーバーが…」
朋也「意味、かぶりまくってるからな」
担任「おい、春原っ」
担任の呼び声。
担任「今日こそは、職員室まで連行だっ」
机の間を縫って、近づいてくる。
春原「うわ、やべっ」
朋也「ここは俺に任せて、おまえは飛び降りて逃げろっ」
春原「おうっ」
春原「って、死ぬよっ!」
朋也「じゃ、俺が時間を稼ぐから、その間におまえは俺のメロンパンとジュースをっ!」
春原「おうっ」
春原「って、パシリかよっ!」
担任「捕まえたぞっ」
担任の手が春原の肩を掴んでいた。
春原「ぐあーっ、岡崎とアホアホコントをやってる間にっ!」
担任「おまえら、ほんと、仲がいいな。なんなら、ふたり一緒に…」
朋也「帰ろう…」
すでに俺は廊下にいた。
春原の『置き去りっすか!』という雄叫びを背に、その場から離れた。
曇り空を窓から見上げる。
古河は、グランドのどこかでバスケットボールを胸に抱えて待っているのだろうか。
その姿は、ここから見えなかった。
だから、じっと、空を見ていた。
…雨が降らないようにと。
せめて、それだけを祈って。
古河はいた。
胸にボールを抱いて、じっと待ち続けていた。
俺がバスケを辞めた理由なんて話したくなかった。
そしてあいつは、それを聞くまで頑張り続けるだろう。
それはとても気の重たくなる事態だった。
朋也(暗くなれば帰るだろう…)
俺は帰宅部の連中に混じって、下校した。
がちゃり、とドアが開いた。
春原「ふぅ…」
春原「うわっ、誰かいるっ」
朋也「おかえり」
春原「おまえね…勝手に人の部屋に上がり込むな…」
春原「びっくりするだろ…」
朋也「今度は死体のふりして待ってるな」
春原「こえぇよっ」
ドアを閉めて、上着を脱ぐ。
春原「ったく、みっちり絞られたよ…」
春原「ちなみに、次はおまえな」
春原「おまえ、実家こっちなんだから、訪問されるぞ」
朋也「マジかよ…」
春原「まだ、進学させる気でいるからね…」
朋也「おまえを?  ははは、無理だって」
春原「おまえもだよっ」
春原「あーあ…やっぱ、降ってきたなぁ」
春原が窓越しに空を見上げていた。
春原「これじゃ、どこにも行けないじゃん」
春原「昼間っから、男と部屋でふたりきりなんてな…」
朋也「じゃ、出てけよ」
春原「僕の部屋でしょっ」
朋也「まぁ、それでも、ひとりよりはマシじゃん?」
春原「まぁね…」
朋也「ああ、だからふたりで、裸で雨の中を走るやばい人ゲームしようぜ」
朋也「ジャンケンで負けた春原が、裸で雨の中を走るやばい人になるのな」
春原「負けた春原って…負けた岡崎はっ!?」
朋也「よーし、いくぞっ」
春原「えっ?」
朋也「ジャンケンポンッ!」
春原「よっし、勝った!」
朋也「くそぅ」
朋也「もういっちょ、ジャンケンポンッ!」
春原「よっしゃ、二連勝!」
朋也「早く負けて走れ、ジャンケンポンッ!」
春原「どうだ、三連勝!」
春原「って、僕が走るまでジャンケンを続けるだけのゲームなんすかねぇ!」
朋也「そうだ」
春原「それって、絶対イジメっすよねぇ!」
ふたり、床に寝転がって、延々と雑誌を読み続ける。
雨足が強まってきた。音でわかる。
春原「こりゃ、外の部活は全部休みだね…」
春原「ラグビー部、戻ってくるかも…」
春原「頼むから、大人しくしててくれよ」
朋也「………」
朋也(まさか…こんな雨の中で、待ってないよな…)
朋也(こんな雨の中にいたら、大変だもんな…)
朋也(………)
朋也「行ってくる」
俺は立ち上がる。
春原「え?  裸で雨の中走ってくんの?」
朋也「ああ、そんなところだ」
裸じゃないけどな。
寮の傘を借りて、雨の中をひた走る。
………。
朋也「はぁ…はぁ…」
朋也「古河…」
古河はボールを胸に抱いてじっと、待っていた。
傘もささずに濡れたままで……
朋也「馬鹿か、おまえはっ」
駆け寄る。
古河「あ、岡崎さん…」
古河「良かったです…来てくれました」
朋也「おまえ、どれだけ待ってたんだよ…ずぶ濡れじゃないか…」
古河「借り物だったのに…ちゃんと拭いて返さないとダメですね」
胸に抱いたボールに目を落とす。
朋也「ボールは風邪引かねぇだろ。自分の体のほうを心配しろ」
朋也「ほら、この傘、貸してやるから、とっとと帰れ」
傘を差し出す。
大粒の雨が、頭に降ってきた。
古河「いえ、バスケしましょう」
朋也「こんな濡れたコートでどうやってするんだよ…」
古河「無理でしょうか…」
朋也「無理だ。大人しく帰れ」
古河「ならシュートだけ、見せてください」
古河「わたし、見たいです」
古河「バスケ部だった人のシュートって、間近で見たことないんです」
古河「わたしなんかと違って、下投げじゃないんですよね」
古河「こう、かっこよく構えて打つんですよね」
古河「だから見たいです」
古河「お願いします」
ボールを俺の胸に押し当てる。
朋也「………」
やっぱり見せるしかないんだろうか…。
傘を地面に投げ捨て、俺はそれを受け取る。
何年ぶりに触るボールだろうか…。
ゆっくりと振り返り、雨に濡れるバスケットゴールと対峙する。
そう…見せてやればいいんだ。
そうすれば、こいつも納得してくれる。
朋也「………」
ボールを肩の上に持ち上げようとする。
しかし、それは途中で零れ落ちた。
濡れた地面に落ちて、泥を跳ねさせた。
拾いあげ、もう一度肩の上に担ごうとする。
それでも、力無く腕は下がり、ボールを地面に叩きつける。
古河「………」
古河は唖然としている。何もわかっていない様子だ。
朋也「あのさ、古河」
古河「は、はい」
朋也「俺さ、無理なんだ」
古河「はい…?」
朋也「見ての通り、シュート打てないんだ」
朋也「肩が上がらないんだよ」
朋也「怪我して、それからずっと…」
古河「………」
何を考えているのだろう…。
ただ、地面に落ちたボールを見据えていた。
自分の思い上がった優しさを後悔しているのだろうか。
──わたしなんかと違って、下投げじゃないんですよね。
──こう、かっこよく構えて打つんですよね。
肩の上がらない俺に対して放った言葉、それがぐるぐると頭を駆けめぐっているのだろうか。
古河「すみません…知らなかったです」
古河「わたし、やっぱり馬鹿です…」
古河「ごめんなさい…」
その場を去ろうと振り返る寸前、泣いているのがわかった。
震える頬が見て取れた。
古河は泥まみれのボールを抱えると、そのまま走っていった。
朋也「はぁ…」
これで、家に帰ってくれると思うが…
朋也(あいつ、落ち込むだろうな…)
事実を辛辣に突きつけすぎた。
次会ったとき、どんな言葉をかければいいだろうか。
春原「うお、おまえ、マジでびしょ濡れじゃん」
朋也「ああ…走ってきたからな…」
朋也「ふぅ…」
ぽた…ぽた…ぽた…
春原「濡れたまま入ってくるなっ」
春原「ほら、タオルっ」
朋也「サンキュ…クサッ」
春原「嘘つけっ、ちゃんと洗ってあるってのっ」
朋也「ああ…ちょっと偏見入ってたな…」
春原「ドライヤー使うんなら、風呂場な」
朋也「ああ…」
そして、夕方になると…
俺は、夕飯を買い求めるために、また雨の中にいた。
今度はちゃんと傘をさして。
朋也(パンか…)
朋也(夕飯にはできないな…)
ただ…
ちゃんと帰ってきているか…それを知りたかっただけだ。
ここからではわからなかった。
朋也(夕飯は、また別に買おう…)
中に入る。
秋生「お、ビッグバン山本じゃねぇか」
すでに名前ではなく、芸名になっていた。
朋也「岡崎だっ」
秋生「おぅ、そうだったな。そんなウジ虫のような名前だったな」
秋生「で、どうした、客か。今日は客なんだな」
秋生「早苗のパンを買っていくんだな。売れ残りすべてを買っていくんだな」
秋生「おら、金出せ。たっぷり持ってんだろう?  最近の親は甘いからな。ほら、ジャンプしてみろ」
まるで小学生をカツアゲする不良だった。
朋也「客じゃねぇよ。古河の奴は帰ってるか」
秋生「古河は俺だ。秋生様と呼べ」
朋也「違う。あんたの娘のことだよ」
秋生「なんだ、渚か。渚に何か用か。まだエッチなことすんじゃねぇぞ、てめ。アソコ切っちまうぞ」
朋也「その渚は帰ってるのか、いないのか」
秋生「ふん、それは教えられねぇなぁ」
秋生「どうだ、パンを買うか。買うなら教えてやろう」
早苗「あら、グランドクロス岡崎さん」
…惜しい。岡崎は合ってる。
朋也「岡崎っす」
早苗「あ、ごめんなさい。岡崎さん」
朋也「渚は帰ってるんすか」
早苗「いいえ、今日はまだです」
秋生「くわっ、早苗、簡単に口を割るんじゃねぇよ」
早苗「どうしてですか?」
秋生「えっと、いやっ…それはだなぁ…」
朋也「このオッサン、その情報と引き替えに、あんたのパンを買わせようとしてくれたぞ」
朋也「そうでもしないと売れないそうだ」
秋生「げっ…」
早苗「本当ですか、秋生さん」
秋生「ち、違うぞ、早苗っ」
早苗「わたしのパンは…わたしのパンはっ…」
涙ぐみ始める。
早苗「古河パンのお荷物だったんですねーっ…!」
だっ!と走り去っていった。
秋生「早苗っ…!」
秋生「く、くそっ…」
古河父は、売れ残りのパンをいくつも口に詰め込むと…
秋生「俺は大好きだーーーっ!」
叫びながら、その後を追っていった。
朋也「………」
俺はぼぉ~っと、アホのようにその光景を見ていた。
朋也「っと…こうしてる場合じゃなかった」
古河が帰っていない。それはゆゆしき事態だった。
俺は再び表に出る。
声「あ…」
後ろから声がした。
早苗「待ってください、岡崎さん」
朋也「はい、なんでしょ」
早苗「待ってください、宇宙と書いて岡崎さん」
朋也「いや、普通に岡崎と書いて岡崎っす」
早苗「あの子、学校にもいないんですか」
朋也「帰る姿は見たんだけど…そこからどこに行ったのかはわからない」
早苗「遅すぎますか」
朋也「そんな気がしますね…」
早苗「だったら、わたしも探しにいきます」
朋也「店はいいんすか?」
早苗「秋生さんが居ますから」
あの店番なら居ないほうがマシなような気がするが…。
朋也「じゃ、俺は学校までの道を探してみますから、ええと…」
早苗「早苗です」
朋也「ああ…じゃ、早苗さんは心当たりのある場所を探してみてください」
早苗「わかりました」
早苗さんも、傘をさして雨の中に飛び出した。
その背を見送ってから、俺も来た道を引き返し始める。
小さな傘が、道の端をふらふらと彷徨っていた。
同じように道の端まで寄っていくと、それが小学生ぐらいの子供であることがわかる。
探し物だろうか。
その脇を通り過ぎて、俺は学校を目指した。
………。
閑散としきっていた。
部室や中庭と、探してまわったが…古河の姿はなかった。
とぼとぼと俺は歩いていく。
もう探すあてがなかったから、後は早苗さん頼みだった。
また同じ場所に小さな傘があった。
足を止めて、それをしばらく眺めている。
不意に耳元できゅうんと動物の鳴き声がした。
驚いて横を見ると、塀の上に子犬がいた。
降りられないのか、ずぶぬれになって震えていた。
俺は手を伸ばし、それを抱き上げた。
首輪がついている。なるほど、と理解する。
子供のそばまで寄っていくと、その子犬を差し出した。
朋也「おまえが探してるの、これか」
子供が顔を上げる。すぐその表情が笑みで崩れた。
子供「よかった!  どこにいたの?」
朋也「あそこ」
おざなりに指さして、俺は退散を決め込む。
子供「あ、待って」
子供が俺を呼び止めた。礼だろうか。聞くのも面倒だ。無視を決め込もう。
子供「お姉ちゃん、しらない?」
しかし、その言葉で俺は振り返っていた。
朋也「誰のことだ」
子供「お姉ちゃん。こいつ探すの、てつだってくれてるの」
朋也「それは、おまえの姉貴か?」
子供「ううん、しらないひと。でも、いっしょに探してくれるって」
朋也「制服着てたか」
子供「うーん…たぶん」
朋也「どっちに行った?」
子供「うーん…わからない」
子供「でも、見つけたらね、ここに戻ってくるって」
朋也「そっか…」
子供「どうしよう…」
子供は子犬の濡れた頭を撫でながら、不安げな声をあげた。
朋也「おまえ、帰れ」
子供「え?」
朋也「もう遅いし、親も心配してるだろ」
朋也「これ以上濡れてると風邪引くぞ。その犬もな」
子供「うーん…でも…」
朋也「礼は俺から言っておいてやる。だから、帰れ」
子供「本当に?」
朋也「ああ」
子供「ありがとうって。ぜったいに、いってよね」
朋也「ああ、任せろ」
子供「じゃあね」
朋也「ああ、足元に気をつけろよ」
子供はぱたぱたと走っていった。
無邪気なものだった。
朋也「さて、と…」
いつ諦めて、戻ってくるだろうか。
後は待つしかなかった。
………。
……。
…。
どれだけ時間が経っただろうか。
濡れた手が、かじかんで痛みだす頃。
ぱたぱたと雨の中を傘もささず、走ってくる人影。
古河「やっと見つかりました。元気です」
古河「わっ…冷たい」
胸に生き物を抱えて古河は戻ってきた。
古河「この子で合ってますかっ」
その手には…
朋也「それ…」
朋也「間違ってるからさ…」
古河「え…?」
古河「あ、岡崎さんっ」
待っていたのが子供でなく、俺だと、ようやく気づいたようだ。
古河「ここに小さな子供、いなかったですか」
朋也「居たよ。もう遅かったから先に帰らせた」
古河「じゃ、これ届けないと。心配してます」
朋也「犬は見つかったよ。安心して帰った」
古河「え?  じゃあ、この子はなんなんですか?」
朋也「そりゃ、こっちが聞きたいね」
古河「でも、この子、ガードレールの下で震えてたんです」
朋也「いや、だからそれ犬じゃないから…」
古河「………」
古河「そ、そうですか…」
前屈みになる。強くウリボウを抱きしめた。
古河「…本当に馬鹿です、わたしって」
ごほっ、と咳をした。
朋也「大丈夫か、おまえ」
古河「はい…大丈夫、です…」
そのまましゃがみ込む。
朋也「………」
朋也「ほんと、馬鹿だよ、おまえは…」
朋也「帰るぞ」
その肩を抱き上げた。
朋也「おーい、誰かーっ」
………。
古河の家は無人だった。
朋也(店番すら放りだして、あの父親はなにしてんだ…)
とりあえず、寝かせられるようにと中に上がる。
朋也(つーか、このまま寝かせたら、風邪引くよな…)
全身、ずぶ濡れ。下着まで水は染みこんでいることだろう。
しかし俺が着替えさせるわけにもいかなかった。
早苗「戻りました」
そこへ早苗さんの声。助かった。
早苗「岡崎さんっ」
朋也「居ましたよ。びしょ濡れですから、着替えさせてやってください」
早苗「はい、わかりました」
後は任せて、俺は退散することにする。
これ以上、長居するのは無粋だった。
廊下から土間に降りる。
秋生「らっしゃい。って、なんだ、てめぇか」
古河父が居た。
秋生「つっか、廊下から降りてきて、客も何もねぇな…アホか、俺は」
秋生「とっとと帰れ。今日はもうやる気がしねぇから閉める」
そう悪態をつく古河父の前髪からは、ぽたぽたと大粒の水滴が落ち続けていた。
くわえ煙草の火も消えていた。
秋生「かーーーっ!  今日もクソ残っちまったなぁっ」
秋生「持って帰るか、小僧」
朋也「いらねぇよ、オッサン」
小僧と言われたお返しに、オッサンを強調してやる。
秋生「かっ、愛想のねぇ奴だな。おぅ、帰れ帰れ!」
朋也「ああ」
入り口に立てかけておいた傘を持って、軒先に出る。
秋生「おい、小僧」
また意味不明な捨て台詞を言うのだろう。俺は無視した。
秋生「………」
最後、雨の音に混じって、礼の言葉が聞こえた気がした。
………。
そして俺は…
ボタン「ぷひ…」
朋也(こいつを届けにいかなくてはならないのか…)
それを掴みあげた。
TOP

回复:下了渚的剧本,却因为是日语的看不懂,泪奔ing,现在发上去,有闲人的话谁帮忙翻译一下啊,帮个忙咩~~...

幻想世界III
僕は風が吹く大地にいた。
風は隔てられるものなく、世界の果てから吹いてくるような気がした。
こんな体でも、その力を感じることができた。
大地には、風に煽られるようにして無数の光が舞っていた。
その中に、少女は立っていた。
今、また風に煽られ、いくつもの光が大地を飛び立つ。
それを見上げる少女。
これが、僕の生まれた世界。
それは…なんて、幻想的なんだろう。そう思った。
木や草、転がる石はごく自然に受け入れられた。
それは、あるべきものだと思った。
けど、あの光はなんなんだろう。
こんな光景を僕は、ずっと知らなかったはずだ。
また風が吹いて、ひとつの光が僕の脇を抜けていった。
僕はそれを追いかけた。
すぐ目の前に浮かんでいる。
手を伸ばしてみた。
光はガラクタで出来た指を通り抜けていった。
触れることすらも、その進路に少しの変化を与えることもできなかった。
僕が呆然と立ちつくしていると、彼女が隣までやってきたのが影でわかった。
僕は光のひとつを指さした。
…なに?と、彼女が訊いた。
僕は答えることができない。
…その光が不思議?
こくん、と頷いた。
…空は?
ううん、と首を振った。
…地面は?
ううん。
…この光だけ?
こくん。
…それは、どうしてかな。
彼女は顎に手を当てて考えた。
僕も同じようにしようとしたが、肘の関節がそこまで曲がってくれなかった。
だから、不自然に腕を折った格好のまま待った。
ずっとここに住む彼女にとっては、光も僕が知る水や木なんかと同じ。
自然の一部なのだ。
でも、それだけは触れることができない。
つまりそれは…影なんだと思った。
でも影には、本体がある。
なら、それはどこにあるんだろう。
どこにも、見あたらなかった。
…つまり、と彼女は口を開いた。
…不思議と思うということは、不思議じゃない景色を知っている。
かもしれない。僕は頷いた。
僕は記憶の奥底を探ってみる。
いつか、遠い昔…
あるいは、遠い未来…
僕は違う世界にいた。
その感覚だけは覚えてる。
思い出せば、胸のずっと奥深くが温かくなる。
…そこは、どんな場所だった?
僕は首を振る。
…ここより、もっと素敵な場所だった?
きっと。
…いろんなものがあって、毎日が楽しかった?
たぶん。
…こんなにも…寂しくなかった?
………。
ずっと、ひとりで過ごしてきた少女。
僕はここが、何もなくて、楽しくなくて、寂しい場所だと知っていたから…
だから、生まれてきたんだろう。
…そうだよね。
…ここは寂しい世界だよね。
…ねぇ、きみは…
…こんな世界に生まれることを望んだ?
僕は何も答えず…ただ、彼女の手を握った。
それが…答えだった。

4月20日(日)
容態だけでも知りたかった。
午後になると、俺は古河パンを訪れていた。
秋生「いらっしゃい!」
秋生「…って、またてめぇかよ、小僧っ」
朋也「悪かったな、オッサン」
秋生「何度俺に勘違いさせるんだ。客らしいツラして入ってくるんじゃねぇよ」
秋生「客じゃないなら、もっとそれらしく振る舞え」
朋也「どんなふうにだよ…」
秋生「そうだな…」
秋生「犬のように四つん這いになって入ってこい。だったら、異様すぎて客だと思わない」
朋也「だろうな…」
秋生「で、なんの用だ」
朋也「古河の…渚の具合は。熱とかあるのか」
秋生「ちっ、一日ぐらい我慢できねぇのか。寝てるから、そっとしておいてやれ」
秋生「ちなみにうわごとでおまえの名前なんて言ってねぇぞ。自惚れるな」
秋生「言うとしたら、こうだ」
秋生「ああん、お父さん、大好き!  チョーカッコイイ!」
秋生「チョー美人なお母さんと、チョーお似合い!…ムニャムニャ」
秋生「ってなもんだ。いやぁ、マイッタ、マイッタ、と」
熱があるのは、この人のほうだった。
朋也「あのさ、俺、真剣に訊いてるんだけど」
秋生「かっ…」
煙草の煙を深く吸い込んで、吐いた。
秋生「微熱だ。大したことはねぇ。早苗がついてるから、安心しろ」
朋也「そっか…」
オッサンの言葉通り、俺は安心した。
朋也「じゃあ、明日は学校に来れるよな」
秋生「ふん、渚を学校に行かせてほしいか。渚と学校でチチクリ合いたいか」
秋生「だったら売れ残りの早苗のパンを…」
朋也「早苗さーーーーーーんっ!」
俺はここぞとばかりに店内に向けて叫んだ。
秋生「ぐわっ」
秋生「俺は早苗のパンが大好きだーーーーーーっ!!」
オッサンも、同じように後ろを向いて叫ぶ。
秋生「はぁ、はぁ…おまえ、死んでみたいか」
秋生「おまえのせいで、俺だけ夕飯は早苗のパンだったんだぞ」
朋也「なんだか嫌そうな言い方だな…早苗さーーーーーーんっ!」
秋生「ば、馬鹿っ」
秋生「やっほーーーーーーーぅっ!  今日の晩飯も早苗のパンだぜーーーーーーっ!」
秋生「ふぅ…」
秋生「…あ」
秋生「って、何言ってんだ、俺はあああぁぁっ!」
朋也「宣言したんだから、そうしないとな。早苗さん、また泣くぞ」
もう用はない。俺は踵を返す。
秋生「おい、小僧」
朋也「あん?」
秋生「タダでくれてやるから、持って帰らねぇ?」
朋也「いらないよ」
冷たく言い放って、その場を後にした。
朋也(さて、これからどうするか…)
考えるまでもなく、ただで時間を潰す方法なんて、春原の部屋で過ごす以外になかった。
寮へ向かう途中の道。
声「おい、そこのあんたっ」
………。
声「あんただよっ」
俺か…?
振り返ると、ひとりの若い男が俺のことを手招きしていた。
男「頼む、ちょっときてくれっ」
その先には一台の乗用車と、脇に作業着姿のヘルメットをかぶった男。
奥には軽トラも止まっている。
事故だろうか。
男「こっちだ。ここを見てくれ」
若い男は、車のボンネットを指さした。
顔を近づけて見てみると、中央に丸い窪みが出来ていた。
朋也「それで?」
男「それで、その場で見上げたら、この作業員のにいちゃんが居たってわけだ」
見上げた先には、梯子が立てかけられた街灯が一本。
それを修理するような仕事なのだろうか。
作業員「何度も言っているが…」
作業員「工具を落とすようなヘマはしない」
作業員「もししていたとしてもだ。それを隠すような真似などしない」
男「自分で気づかないミスだってあるでしょ」
男「ね、あんたも、そう思うだろ?」
男が俺を振り返る。
男「この人は、俺の車の真上で作業してた」
男「落としていないと言い張っているが、何かを落としたから、こうしてボンネットがへこんでる」
男「どっちが常識的か、言ってやってくれよ」
朋也「さぁね…」
男「さぁねって…あんたも、常識のない人間なのかい…参ったな…」
正直、どっちでもよかった。
こんなことに巻き込まれるなら、ついてこなければよかった。
男「じゃ、あんたの会社に電話させてよ。事情説明するから」
もう、俺は用なしのようだった。
作業員「修理代を払えというのなら、払ってもいい」
作業員「けどな…いつかは振り返って、もう一度よく考えてみてほしい」
作業員「あの時の電気工が言っていたことは、偽りだったのかどうかを…」
作業員「それを、あなたがもっとも、気の許せる場所で」
作業員「そう、あなたが愛する人のそばでだっ」
男「え…?  何言ってんの、あんた…」
作業員「人の日常とは、傷つけ合いの繰り返しだ」
作業員「他人を疑うことも無理はない」
作業員「けど、何もかも信じられなくなったら…そんな悲しいことはない」
作業員「誰の言うことも信じられなくなるなんて…それは、他人の愛を感じられなくなることと同じだ」
作業員「ひとりきりになることと同じだ」
作業員「なぁ…俺たちは、たったひとりで、一体何ができる?」
作業着の男が、車の持ち主ににじり寄る。
作業員「人は、ひとりきりで、どこまで歩いてゆける?」
作業員「あんたは…ひとりきりで辛い思いをしてはいないか?」
作業員「卑屈に生きていないかっ?」
作業員「素直に笑えているか!?」
男「……は、はは…たぶん…」
乾いた笑いで答える男。
作業員「ふっ…そうか…」
作業員「なら、あんたは、愛されているな」
作業員「じゃあ…」
作業員「その愛が消えてしまわないよう、強く生き続けてくれ」
男「あ、ああ…」
なんて、寒いセリフを堂々と言ってのける人なのだろう…。
ヘルメットを被ったままで…。
作業員「今日も愛を照らし続けるよう…俺は働こう」
梯子を登っていこうとする。
男「って、待てっ、電話番号っ」
作業員「む、そうだったな。事務所の電話番号だったな…」
男「ああ、そうだよっ…」
作業員「名刺でいいか」
男「ああ」
朋也「あのさ」
俺はボンネットの上に手をかざして、窪みを覗き込んでいた。
朋也「猫みたいなんだけど」
男「………」
作業員「…なにが」
作業員のほうが反応した。
朋也「このへこんでるのさ。この角度で見ると、足跡が見える」
朋也「この塀の上から飛び降りたんじゃねぇ?」
男「………」
顔を見合わせるふたり。
先に作業員が俺のそばまで寄ってきて、同じように覗き込んだ。
作業員「…本当だ」
男「えぇっ…」
後からきた若い男も並んで、目を細める。
男「…あ、本当…」
作業員が男の肩をぽんと柔らかく叩く。
作業員「まぁ、こういうこともあるさ」
男「はは…濡れ衣きせちゃって、悪かったね…」
若い男は運転席に乗り込むと、逃げるように、車を走らせていった。
朋也「………」
作業員「ふぅ…」
作業員は深く息をついて、腕時計を見た。
作業員「ん…こいつは、まずいな…」
作業員「あんた、暇か」
俺を見て、訊いた。
朋也「え?  まぁ…」
作業員「よし、手伝ってくれ」
朋也「何を?」
作業員「もう一本、街灯を向こうに押っ立てる」
朋也「はぁ?  なんで俺が?」
作業員「時間がないんだ。それにそれだけ若いんだ。力も有り余っているだろう?」
作業員「ちゃんと、金も払う。小遣い稼ぎにはいいだろう」
朋也「ただじゃないんなら…ま、いいけど」
手伝うことにした。
朋也「でも、修理していたんじゃなく、設置していたんだな」
作業員「ああ」
ずっと通い慣れた田舎道だ。
その姿が変わっていく。そのことに少し抵抗を覚えた。
朋也「そもそも街灯なんているのか…?」
そう言うと作業員は、不思議そうな顔をした。
作業員「あったほうが安全だろう」
作業員「この辺りは、日が暮れれば真っ暗になる」
朋也「そうだろうけどさ」
作業員「町は人が住む場所だからな、人にとっていい姿に変わっていくべきだ」
朋也「横暴じゃねぇ?」
作業員「またおかしなことを言う」
作業員「道自体、人のためのものじゃないか」
朋也「そうだけどさ…なんとなく」
作業員「じゃ、手伝うのやめるか?」
朋也「いや、やるよ」
そもそも俺は、そんなことを気にするような人間でもなかったはずだ。
作業員「よし。じゃ、早速始めよう」
………。
……。
…。
作業員「お疲れ。助かったよ」
…腕が上がらない。
ずっと街灯を支えていたせいだ。
それどころか梯子の上に乗っているだけで、不安定な体勢が体力を削る。
腿はパンパンに張り、ふくらはぎも痛みすらある。
俺は地面にへたり込み、息を整えるのが精一杯だった。
体力には自信があったけど、風体を気にする余裕すらない。
朋也「そもそも、二人でやる作業なのか、これがっ」
俺は息も絶え絶えにそう吐き捨てた。
作業員「働くのは初めてか。なら、無理もない」
作業員「どんな仕事だって、これくらい普通だ」
俺よりもよっぽど辛い作業をやっていたはずなのに、男は涼しげな顔で言った。
それにより、俺は思い知らされた。
いかに自分が、ぬくぬくと暮らしてきたかを。
小さな悩みとか、そういうことをうじうじ考えていることが馬鹿らしくなるほどにしんどい。
社会に出る、ということは、そんな日々に身を投じる、ということなのだ。
想像はしていたけど…想像以上だった。
目の前の男だって、俺とさほど変わらない歳の若い男だ。
その男にいとも簡単に、『これくらい普通だ』などと言われれば、ショックもでかかった。
作業員「どうした、落ち込んだような顔して」
朋也「い、いや…」
作業員「でも、結構使えたよ、あんた」
気にするなとの気づかいか、俺の肩をぽん、と叩いた。
作業員「初めての奴と組むと、もっと手間取る。体力あるほうだ」
朋也「そうっすか…」
なんの救いにもならない。
作業員「ふぅ…後、今日は二件か…」
男は音を立てて、首を回した。
信じられない。今のような作業を後、二回こなすというのだ、この男は。
しかも、午前中だって、同じことをしてきたのかもしれない。
作業員「後で、もう一回戻ってくる。手当はそのときに渡す」
朋也「はぁ…」
作業員「お待たせ」
朋也「いえ、一度戻ってましたから」
作業員「ほら、バイト代。悪いな、半分しか出なかった」
作業員「一日働いてないのに、丸々出せるかって言われてな」
男は灰色の封筒を差し出した。
下の方に、何やら会社名が書いてあった。
俺はまだ痛みが残る腕で、封筒を開けた。ひのふのみの…
朋也「これ、間違いじゃないんすか?」
作業員「ん?  そんなことないと思うが」
俺は男に封筒を渡し、見てもらった。
作業員「違わない。そんなに少なかったか?」
いや、逆だ。どう考えても多い、と思った。
話では、これでも半分の額だと言う。
もし満額もらっていたのなら。
この額ならば、自分の力だけで食っていける…。
けど、それは甘い考えなんだろう。
俺のような、冷めやすい性格の人間に、勤まるような仕事じゃなかった。
きっとすぐに嫌気が差して、投げ出してしまうに違いなかった。
じゃあ、俺は、どんな場所に収まれるというんだろう…。
俺はかぶりを振る。
そんなことを今から、考えていたくなかった。
きっと、なるようになる。
今は、今を楽しんでおこう…。
作業員「そういや、自己紹介もまだだったな」
作業員「名刺、渡しておくよ」
作業員「芳野だ」
朋也「岡崎っす」
名刺を受け取る。そこには電設会社の名前と、芳野祐介という文字が記されていた。
作業員「じゃあ、急ぐんでな」
作業員は荷物を持つと、向かいに止めてあった軽トラへと歩いていく。
中に乗り込み、最後にこちらを見て片手を上げると、低いエンジン音と共に去っていった。
朋也「………」
手に持った名刺にもう一度視線を落とす。
朋也(…よしのゆうすけ)
朋也(どこかで見たことのある名前だな…)
どこだったっけか。
うまく思い出せない。
朋也(春原にでも訊いてみるか…)
朋也「どっかで聞いたことあるんだよ、その人の名前」
腰を落ち着けると、早速俺は、作業員の話をしていた。
春原「そりゃあ、狭い町だからな、出会っていても不思議じゃないだろ」
朋也「いや、顔に覚えがあるんじゃなくて、名前に覚えがあったんだよな…」
春原「へぇ、なんて名前なの」
朋也「ええと…忘れた」
春原「思い出せよ。ほら、名刺とかもらってないのかよ?」
朋也「もらってるよ」
春原「出してくれ」
朋也「おまえが出してくれよ」
春原「どこから」
朋也「俺のズボンのポケットから」
春原「超不精者っすね!」
朋也「わかったよ…」
俺はサイフを腰から取り出すと、札と一緒に入れてあった名刺を引き抜く。
朋也「ああ…これだな。芳野…祐介」
春原「芳野…祐介?」
朋也「ああ、ほら」
俺の手から乱暴に名刺を奪い取ると、それを春原は食い入るように見た。
春原「どんな顔してたっ」
朋也「え?  どんな顔っつっても…目つきが悪いぐらいしか…まぁ、男前ではあったな…」
春原「他には」
朋也「後…とても、寒いセリフを堂々と言っていたな」
朋也「卑屈に生きていないか、とか、素直に笑えているか」
春原「ぐはー」
春原「それ、伝説のMC。本物だよ…」
春原「なんだよ、今は、こんな町で電気工なんてしてんのか…」
朋也「今はって、昔はなんだったんだよ」
春原「この人、プロのミュージシャンで、CDとか出してたんだぞ」
朋也「マジ…?」
春原「ああ。カリスマ的な人気っていうの?  テレビも出ないのに、かなり売れてたんだぜ?」
春原「おまえも、ラジオとかで耳にしてたんじゃないの?」
朋也「そうかもな…」
春原「たぶん、探せばテープあるよ。聴いてみるか?」
朋也「ああ…」
春原がダンボールの底から、一本のカセットテープを掘り当てる。
春原「妹が好きだったんだよ」
朋也「妹っ!?」
春原「ああ、妹だよ。いるって、言ってなかったっけ?」
朋也「訊いてねぇよ…詳しく教えろよな、こらぁ」
春原「待て、話題が変わってないか?」
朋也「ああ…そうだったな」
そもそも春原の妹だ。妖怪みたいな奴に違いない。
そう考えると、すぐ興味は失せた。
春原「ほら、これで聴いてくれ」
朋也「ああ」
ポータブルのテープレコーダーにカセットをセットし、イヤホンを耳に押し込んで、再生ボタンを押す。
朋也「………」
妖怪じみた春原の妹が好きだというわりには、普通のロックだった。
いや、普通じゃない。なかなか良かった。
いや、なかなかどころではない。かなり良かった。
歌詞まで聴いていると、激しい音なのに、涙が出てきそうになる。
なんなんだろう…。
これを共感、というのだろうか。
俺はイヤホンを外した。
春原「なかなかいいだろ?」
朋也「そうか…これを聴いて人間に憧れを抱くようになったんだな…」
春原「誰が?」
朋也「おまえの妹」
春原「最初から人間だよっ!」
朋也「わりぃ、想像が飛躍して、おまえの妹、妖怪になってたよ」
春原「飛躍しすぎだ…」
春原「で、音楽のほうはどうだったんだよ」
朋也「ああ、よかったよ」
春原「な、イカスだろ?」
春原「妹が好きだったんだけどさ、僕も聴いてるうちに悪くないなぁって思うようになってさ…」
春原「ま、ボンバヘッにはかなわないけどね」
春原「これ、妹が僕のために作ってくれたベストなんだぜ?」
キュルキュル…
朋也「んっ?  テープがヘンな音を立てているぞ?」
朋也「あ、絡まって、回ってら」
春原「え?」
朋也「取りだしてみよう」
春原「やめてくれぇーーーーーっ!!」
レコーダーの蓋を開け、テープを掴んで引っぱりあげる。
しゅるしゅるしゅるーーーーーーっ!
海藻をぶちまけたように、辺り一面にテープが舞う。
春原「うおおぉぉぉぉーーーっ!  妹が作ってくれたベストがあぁぁぁーーーーっ!」
春原「なんてことしてくれるんだよおぉぉーーっ!」
朋也「まぁ、落ち着け。本人がこの町にいるじゃないか」
春原「だから、なんなんだよっ」
朋也「気休めにならないか?」
春原「ならねぇよっ!」
春原「くそぅーっ、おまえの宝物も壊してやるーっ!」
春原「なんのベストだぁ!  エロベストかぁーっ!  最初のインタビューのところだけ集めて編集してあるエロベストかぁーっ!」
朋也「まぁまぁ、落ち着け。そんな無意味な部分だけ編集しないから」
朋也「ほら、本人がこの町に居るんだからさ、CD借りれるじゃん。それ借りて、同じベスト作ればいいだろ?」
春原「本人に、CD借りるのか…?」
朋也「ああ。持ってるはずだろ?」
春原「そりゃ、持ってないわけないだろうけど…」
春原「でも、本人に借りるってすごい発想だな…それ盲点だよ…」
朋也「ああ、でも、本人が居るんだよなぁ…もっといいようにできそうだな」
春原「サインとかもらってやったら、妹の奴、喜ぶだろうなぁ」
朋也「うん、そうだろ。そうしとけ」
春原「…あからさまに茶を濁しにかかってんね」
朋也「んなことねぇって。おまえの妹の喜ぶ声を俺も聞きたいんだよ」
朋也「ケケェーーーーーッ!てな」
春原「んな喜びかたしねぇよ!」
朋也「ほら、今から会いにいこうぜ。まだ近くにいるかも」
春原「ったく…頼むぞ、本当に」
立ち上がり、すぐさま行動に移す。
春原「思い出したんだけどさ…」
寮を出たところで、春原が足を止めていた。
朋也「ん?  なにを」
春原「今、音楽のことを本人に切り出すのはまずいかも…」
朋也「どうして」
春原「今はもう、見ての通り、音楽活動はしてないんだけどさ…」
春原「最後は、かなり荒んだ状況だったって聞いたことある」
春原「そん時のことを知ってるファンだったら、絶対に声はかけられないようなさ…」
朋也「でも、俺たち、ファンじゃないじゃん」
春原「おまえ、恐いモノ知らずだね…」
朋也「つまり、どんな対応されようが、知ったこっちゃない、ということだ」
春原「おまえはそうかもしれないが、僕は結構気にするよ…」
朋也「どうして」
春原「サイン、もらってやらなくちゃいけないからな…」
朋也「おまえ、シスコンだったのな」
春原「違うよっ、恩を売っておきたいんだよっ」
春原「後々、便利じゃん?」
朋也「そういうことにしておいてやろう」
春原「だから、な。こっちから切り出すのはやめよう」
朋也「じゃ、どうすんだよ」
春原「うまく様子を探ってみようぜ」
朋也「どうやって」
春原「そうだな…僕たち、バンドやってるんですって言って、反応を見てみるとか」
春原「話に乗ってきたらさ、好きなアーティストに芳野祐介の名を挙げてみる」
春原「わだかまりがなかったらさ、正体明かしてくれるよ」
春原「実は俺…その芳野祐介なんだよ、ってさ」
春原「そしたら、サインもらえるよ、きっと」
朋也「そうだな…そううまくいけばいいな」
春原「おまえも、ちゃんと協力しろよ」
春原「そもそも、おまえが僕のテープをパーにしてくれたところから話は始まってんだからさ」
朋也「どうすりゃいいんだよ」
春原「話を合わせて、おまえも一緒にバンドやっていることにしてくれればいいよ」
朋也「担当は、トライアングルってことでいいか」
春原「いまいちバンドっぽくないね」
朋也「じゃ、次の小節の歌詞を教える役」
春原「即興の合唱じゃないんだから、そんな奴バンドにはいないでしょ…」
朋也「じゃあ、なにがいいんだよ」
春原「ドラム」
朋也「できねぇって」
春原「できなくても、嘘でいいんだよ。かまかけるだけだからさ」
朋也「向こうは元プロだぞ?  突っ込まれたらバレるじゃないか…」
春原「別にこっちは素人なんだからいいんだよ」
春原「何質問されても、ドラムってモグラ叩きに似てますよね、って答えておけよ」
朋也「本当にそれでいいんだな…」
春原「ああ。そして、僕はギター」
朋也「あの人もギター弾いてたんだろ?  同じ楽器にするとやばくねぇ?」
春原「逆だ。同じ楽器にしておかないと、話が盛り上がらないだろ」
朋也「弾けない奴が、話、合わせられるのかよ…」
春原「どうとでもなるさ。まぁ、見てろって」
やる気を取り戻し、歩き始める。
朋也「さっきは、ここで会ったんだよ」
春原「いないね…」
朋也「軽トラで走り去ったからな」
春原「じゃ、いるわけないよね」
朋也「だな…」
朋也「いないなぁ」
春原「車に追いつくって、無謀じゃない?」
朋也「でも、まだ仕事があるって言ってたから、町のどこかにはいるって」
春原「町のどこかって…んな適当な…」
春原「ウォーリーより難易度高いっての」
さらに歩き回る。
駅前まで出てくるのも、もう三度目だ。
春原「やっぱ、いないね…」
朋也「いや…」
今まではなかった軽トラが停めてある。
その向こう側に、人の動く気配。
朋也「いた」
春原「えっ…どこどこ?」
朋也「いくぞっ」
俺たちはその軽トラに近づいていった。
春原「あ、あの作業服の人?」
朋也「ああ」
春原「やべ、緊張してきた…漏れそ」
朋也「ちっす」
荷台に荷物を乗せ終えた作業員に声をかける。
芳野「…ん?」
芳野「おぅ、さっきはサンキュな」
俺の顔を見て、そう返してくれた。
春原「どうも」
俺の背後から春原が顔を出す。
芳野「ん?  誰だ?」
春原「僕、岡崎くんの友達で、春原っていいます」
芳野「なんだ。あんたも手伝ってくれんのか」
春原「いや、僕は今、腰を痛めてて…イツツ」
芳野「そうなのか…そりゃお大事に」
春原「でも、現場の仕事って興味あるなって思って」
芳野「ふぅん…」
春原「それで、いろいろと話を聞きたいんですけど、いいですか」
芳野「まぁ、仕事もキリがついたところだし。暗くなるまでな」
春原「うっす」
うまく取り入ることに成功していた。
春原「僕ら進学校に通ってるんすけど、勉強サボッてて、すでに進学諦めてる組なんすよ」
ベンチに並んで腰かけて、話を始めていた。
芳野「ふぅん」
春原「だから、高卒でも就ける仕事を探してて…」
芳野「まぁ、ウチの仕事なら、そりゃ学歴なんて問わないが…」
芳野「でも、まだ一年あるんだろ。進学諦めるには早すぎやしないか」
その質問に春原は来た、とばかりに身を乗り出した。
春原「…今は、勉強じゃなく、音楽をやってたいんすよ」
芳野「音楽?」
春原「僕たち、バンドやってるんす」
果たして、どんな顔をするだろうか…。
『最後は、かなり荒んだ状況だったって聞いたことある』
本当に、そうなら…
芳野「へぇ…バンドか…」
………。
芳野「そいつは、いいなっ」
むちゃくちゃ好印象だった!
芳野「楽器は何やってんだ」
春原「僕、ギターっす。こいつはドラム」
芳野「へぇ、あんたドラムやってたのか。なかなか難しいだろ」
朋也「ドラムってモグラ叩きに似てますよね」
芳野「………」
むちゃくちゃ怪訝な顔をされているが…。
芳野「まぁ、叩くという行為は同じだけど…似てるかね…」
芳野「で、あんたはギターか」
春原「うっす。ギターッス」
芳野「指、見せてみろ」
春原「指っすか…」
春原の手を一方的に掴むと、その先を自分の指で揉んだ。
芳野「………」
芳野「…本当に弾いてるのか?」
春原「え…」
…見ろ、バレてるじゃないか。
春原「むちゃくちゃ弾きまくってるすよっ。毎日練習漬けっす」
芳野「そうか…」
芳野「どんな練習だ」
春原「えっと…こう、ガガガッと…」
右手を上下にストロークさせた。
芳野「まだ、コードだけか」
春原「コ、コード?  コードというと?」
芳野「和音だよ、和音」
春原「わ、和音っすか…和音は難しいっすねっ」
芳野「今の持ち方だと、パワーコードか」
芳野「ま、最低それぐらいはできないと、何もできないもんな」
春原「そうっすね。パワードスーツぐらいっすね…ははっ」
単語、変わってないか。
春原「あのっ」
芳野「なに」
春原「芳野さんはギターに詳しいっすね。もしかして弾けるんすか」
核心に近づいていく。
芳野「そうだな、多少は」
春原「じゃ、見せてくださいよっ、是非聴きたいなぁ!」
芳野「おまえな…」
芳野「人に頼む前に、自分の聴かせろよ」
春原「えっ!?」
芳野「明日ギター持ってこい。聴いてやるから」
芳野「アドバイスぐらいは、してやれると思うぞ」
春原「………」
固まったままで、芳野祐介の乗った軽トラを見送る春原。
朋也「最悪の展開だな、おい」
朋也「そもそも、おまえギター持ってないじゃん」
春原「はは…なんとかするさ…」

4月21日(月)
朝。
目が覚めてからも、俺はベッドの上でうだうだとしていた。
古河の熱は下がっただろうか。
また、俺を通学路で待っているだろうか。
でも土日で起きた出来事は、ふたりの間に深い溝を作ってしまっていた。
俺がそれを感じているのだから、俺以上に人間関係に敏感なあいつが、同じことを思わないはずがなかった。
あいつはその二日で、他人を傷つけるだけの努力をしてしまった。
そして、自分を馬鹿呼ばわりした。
それに対して俺はなんて言った。
朋也(ほんと、馬鹿だよ、おまえは…)
無神経な奴ならいざ知らず…。
滅法打たれ弱い奴だからな、あいつは。
結局俺は、あいつを傷つけるクラスメイトの連中と変わらなかった。
それをあいつも悟っただろう。
…午後から授業に出よう。
そう決めて、布団に顔を埋め直した。
昼休みの間に着けるよう、俺は家を出た。
声「岡崎っ」
坂を登ろうとしたところで、呼び止められる。
…聞き覚えのある声。
春原「よう、奇遇じゃん」
春原だった。
こいつも、今から登校なのだ。
春原「一緒にいこうぜ」
そもそも…
事の発端はこいつの一言だった。
こいつに悪気はなかったのだろうけど…あの乱暴な一言が。
朋也(いや、そもそも…俺だってそうだ…)
そういうことを簡単に言ってしまう人間だ。
そんな奴らの中に割って入って…
それでひとり勝手に傷ついていれば、世話ない。
最初から、俺は忠告していたはずだ。
ロクでもない、不良生徒だって。
春原「桜、全部、散っちゃったねぇ」
ああ…それでも…
それを知っていて、中に入ってきたのが、あいつだったんだ。
そんな奴、あいつしかいなかったんだ。
春原「メシは?」
朋也「食ってねぇよ」
春原「なら、鞄置いたら、学食行こうぜ」
朋也「ああ、そうだな」
春原「じゃ、急がないとね。食う時間なくなっちまうよ」
ふと、窓の外を見た。
青と緑のコンストラスト。そのまま視界を下げた。
そこに居た。
朋也(古河…)
朋也(来てたのか…)
一生懸命に、パンを食べていた。
初めて見た時のように。
朋也(………)
先週は、その隣に居たのだ、俺は。
今はもう、見下ろす側に居た。
春原「おい、岡崎、急げよ。昼休み終わっちまうぞ」
春原の声が聞こえた。
朋也「あ、ああ」
その時、古河がこっちに気づいた。
俺だとわかっているだろうか。
パンを口から離し、膝の上に置いた。
古河は今にも泣き出しそうな顔で、こっちを見ていた。
土曜の出来事を思い出してるのだろうか…。
顔を伏せた。
朋也(古河…)
立ち去るべきだった。これ以上、見ていたくなかった。
けど、俺は動けないでいた。
春原の呼ぶ声が何度もした。
でも…じっとしていた。
………。
古河がもう一度顔を上げる。
そして…
片手をあげ…
俺へ向けてそれを振った。
頑張って、笑顔を作っていた。
………。
…報いてやりたい。
あいつの精一杯の努力を。
まだ俺を必要としてくれるなら。
朋也「春原、これ、頼むっ」
春原に鞄を投げ渡すと、廊下を走っていた。
俺も懸命だった。
古河は食事を再開していた。
その隣に俺は腰を下ろした。
朋也「ふぅ…」
食う物がなかったから、待つしかなかった。
古河「………」
古河「良かったです…」
古河「勇気出して…」
いつの間にか、古河がパンから口を離していた。
古河「がんばって手、振って、良かったです」
古河「岡崎さん、降りてきてくれました」
朋也「ああ、安心しろ。俺は呼んだら来るって、そう言っただろ」
古河「でも、あんなことがあった後だから…」
古河「わたし、岡崎さん、傷つけてしまいましたから…」
朋也「おまえ、泣きそうだったからな」
朋也「さっき、泣きそうだったろ?」
古河「はい、泣きそうでした」
朋也「なら良かったよ。これで泣かないで済むだろ」
古河「はい、良かったです。不安だったですけど、すごく安心できました」
ぐす、と鼻をすする音がした。
見ると、古河は泣いていた。
涙がぼろぼろと頬を伝って、顎から落ちて、それが手に持ったパンの食い口に吸い込まれていく。
ずっと、気を張っていたのだろう。
寝込んでいる間も、ずっと思い悩んでいたのだろう。
無粋な自分を俺は呪った。
古河の手から、パンを奪うと、涙が染みた部分を千切った。
そして、それを口に放り込んだ。
古河「あ」
古河はそれをどう見ていただろうか。
俺はただ、古河の涙を飲み干したくなっただけだ。
それは、俺が流させたものだったろうから。
朋也「おまえは馬鹿だろうけどさ…でもそれでいいと思う」
古河「そうでしょうか…」
朋也「俺もそうだからな」
朋也「同じ場所に居る」
朋也「世渡りがうまかったり、巧妙に駆け引きする奴らから遠い場所だ」
口の中のパンを噛みしめる。
古河の涙は、なぜか懐かしい味がした。
それは、俺が小さい頃に流した涙と、同じ味だった。
………。
………。
そういえば…、と気づく。
隣がいない。
寮に戻ったのか、それとも遊びに出ていったのか。
結局、サボるつもりなのだろうか。
そえいえば…、と気づく。
隣がいない。
教室に戻ってきた時には、ひとりだった気がする。
また、どこかでたそがれているのだろうか。
三時間目が終わっても、春原は現れない。
朋也(退屈すぎる…)
春原がいないと、ストレスの発散もできない。
気分転換のために、教室を出る。
朋也(ジュースでも、買ってこよう…)
閑散としきった学食。
自販機で80円の紙パックのジュースを買い求め、それを飲みながら教室に戻る。
もちろん、廊下での飲食は禁止だから、教師に見つかれば咎められるのだが。
教室に戻ってくる。
教室についたところで、ちょうど飲みきり、そのままパックをゴミ箱に捨て、自分の席へと戻った。
春原「ふわぁ」
春原も戻ってきていた。呑気にあくびなんてしている。
朋也「どっかで寝てたのか」
春原「まぁね」
春原「で…」
春原「…六時間目って、なんだっけ?」
朋也「見ればわかるだろ」
春原「あん?」
教室は女子の姿が消え、男子の更衣室と化していた。
春原「体育ぅ?  移動だるぅ…」
生徒A「今日、なにやるって?」
生徒B「サッカーだってよ」
生徒A「えぇ~…だるぅ…」
春原「おっと、これは…俄然やる気が出て参りましたねぇ」
朋也「元サッカー部員の唯一の見せ場だもんな」
春原「はっ、格の違いってもんを見せてやるさ」
体育の時間は授業というより、勉強の間の息抜きといった感じで、適当に試合をさせられるだけ。
ボールを追わずにだべっていても、教師も何も言わない。
なんとなく3年の体育の授業は、野球の消化試合に似ていた。
春原「よっしゃ、ハットトリックゥゥーーッ!」
進学を諦めた馬鹿の声だけが、元気よくこだましていた。
春原「帰ろうぜっ」
朋也「おまえの高校生活は、ワンダフルだな」
春原「うん?」
朋也「一生に二度と訪れない時間だから、堪能しておけよ」
春原「当然。そのためにも、どっか寄って、遊んでこうぜ」
春原「当然」
春原「さて、今日の本番はこれからだな…」
朋也「ああ、頑張って楽しんでこい」
鞄を持って、先に教室を出る。
春原「おい、一緒にいかねぇのっ!?」
朋也「野暮用だ」
背後からの声にそれだけを答えて、廊下を歩き出す。
事件は放課後に起きた。
いや、それまでに起きていたのだろうけど、俺たちは自分たちのことで精一杯で、その時間になるまで気づけなかったのだ。
古河「岡崎さんっ」
ずっと探していたのだろうか。俺の元へ、古河が慌てた様子で駆け寄ってきた。
朋也「どうした」
古河「校内のだんご大家族がっ…ぜんぶっ…」
しどろもどろで、何を言いたいのか、よくわからない。
単語から、推測してみる。
だんご大家族が…校内を…占拠。
朋也「だんご大家族が校内を占拠したっ!?」
それは確かに、慌てふためく事態だ。
古河「違いますっ…だんご達はそんなことしませんっ」
古河「だんご達は、自分たちの生活に一生懸命なんですからっ」
古河「大家族だから、大変なんです。ほんとに…」
古河「兄弟喧嘩とか、堪えないんです」
朋也「いや、だんご達がそんなことをするかどうかは置いておいて…」
古河「置いておいて、じゃなく、しないんです」
朋也「ああ、わかった。しない」
古河「………」
古河は自分の胸を押さえて、しばらく黙り込む。
そうして、自分を落ち着かせているようだ。
俺も黙って、待つ。
古河「だんご大家族のビラが…ぜんぶ剥がされてるんです」
その一言で、ようやく事態が把握できた。
古河「どうしてこんなことに…」
俺は大体の予測がついた。
あまり古河を不安がらせないよう、黙っていたことがある。
すでに部員募集の期間は終わってしまっているということ。
朋也(見過ごしてくれると思ってたんだけどな…)
しかも、演劇部は廃部していて、顧問も部員もいない、という状態だ。
それだけ厳しく取り締まられるのであれば、部の活動を認めてもらうことだって難しいかもしれない。
古河「………」
古河は落ち込んでしまっている。
そこへ、校内放送が鳴り、古河の名を呼んだ。
『…至急、生徒会室まできてください』
そう伝えて、放送は鳴りやんだ。
古河「なんでしょう」
古河が俺を振り返っていた。
その顔には不安の色もなく、まるで身に覚えがない、といった感じで小首を傾げている。
今からお咎めを喰らおうなどとは、夢にも思っていないのだ。
朋也(そういう事態にならないようにするのが、俺の役目じゃなかったのか…)
今更後悔しても遅い。
ここは、正直に教えてやったほうがいいだろう。
朋也「あのな、古河」
古河「はい?」
今の事態の悪さを簡単に話して聞かせた。
古河「そうだったんですか」
朋也「ああ。そんなに厳しくないと思ってたんだ。悪い」
古河「いえ、岡崎さんは何も悪くないです」
古河「責任は、すべて部長のこのわたしにありますから」
朋也「その部長にもなれないかもしれないんだぞ」
古河「………」
固まる。
古河「いえ、大丈夫です。きっと、ちゃんと説明すれば、わかってくれます」
朋也「だといいけどな…」
朋也「生徒会室って言ってたから、生徒会が仕切ってるんだな」
朋也「話のわかる生徒会だといいな」
古河「生徒の代表として選ばれた人たちですから、いい人たちに決まってます」
朋也「だな」
これ以上不安がらせないでおこう。
古河と同じように、楽観的に考えればいいんだ。
朋也「そういや…まだ購買、開いてるかな」
古河「どうしてですか?」
朋也「とにかく、ついてこい」
俺は購買で売れ残ったあんパンを買い占める。
古河「あんパンですか…?」
朋也「これ、持っていけ」
古河の手の中に押し込める。
朋也「これで頑張れっ」
古河「とてつもなく、不安になってきましたっ」
朋也「いいから、いけっ」
背中を押すと、あんパンがひとつ床に落ちた。
それを拾おうと前屈みになると、別のあんパンが転がり落ちる。
古河「あの…こんなに持っていけないんですけど」
朋也「落ちたのは俺が拾っておいてやるから、いけ」
古河「じゃ、お願いします」
とてとてと歩いていった。
その間も、いくつか落ちた。
朋也「………」
…心配しすぎだろうか、俺は。
その場で古河の帰りを待つ。
10分ほどして、古河は戻ってきた。
朋也「早かったな」
古河「はい」
朋也「で、どうだった」
古河「困りました」
朋也「どんなこと、言われたんだ」
古河「部員の募集と、活動を一切禁ずるって」
…全然ダメじゃん。
朋也「おまえ、それ素直にわかりましたって答えたのか」
古河「いえ、相談してきますって」
朋也「誰と」
古河「岡崎さん」
…何者なんだよ、俺は。
朋也「代わりに俺が行ってくるよ」
古河「えっ…いいんですか」
朋也「ああ、どうも、頭の固い連中みたいだしな」
古河「申しわけないです…」
朋也「いいって」
俺は古河をその場に残し、生徒会室に向かう。
生徒会室。そのプレートが掲げられたドアの前に立つ。
俺のようにぐうたらやっている人間にとって、生徒会なんて無縁のシロモノだった。
生徒会長の顔も知らなければ、それがいつ決まったかも知らない。
朋也(はぁ…)
なんだか気が重くなってくる。できれば、ずっと無縁でいたかったものだ。
朋也(でも、あいつの作った、だんご大家族の奪還を果たさないとな…)
俺はノックもせずに、ドアを開け放った。
会議用の長い机が四角形を作っている。
その一番奥の席で、男がひとり、ワープロを叩いていた。
その隣にはあんパンが山積みになっていた。古河が食べきれない分を、お裾分けしたのだろう。
男子生徒「今度は誰ですか」
男子生徒「ん?  誰ですか」
男が顔を上げた。
なんていうか、生まれた時から生徒会やってます、というような顔だった。
朋也「代わりだよ。さっきここにきた古河という生徒の」
男子生徒「代わり?」
朋也「ああ、俺が話をする」
男子生徒「あなたの名前は?」
朋也「岡崎」
男子生徒「待ってください」
机の上からビラを拾い上げ、それに隅々まで視線を這わせた。
男子生徒「これには、部長·古河渚、と署名があるだけです」
朋也「ああ」
男子生徒「つまり、この件の責任者は、古河渚、という生徒だということです」
朋也「ああ」
男子生徒「お引き取り下さい」
ワープロの画面に目を戻した。
朋也「こらっ、待てよっ」
朋也「てめぇ、こうしてわざわざ来てやったのに、どんな扱いだよ、そりゃ」
男子生徒「わざわざもなにも、お呼びした覚えがありません」
朋也「俺は古河渚の代わりだって言ってるだろ」
男子生徒「代役は認められません」
朋也「どうしてだよ」
男子生徒「話がこじれるからです」
男子生徒「話し合いとはそういうものですよ。間に入る人の数が多いほど、話はこじれ、時間を無駄にする」
相手は俺の威圧的な態度にも冷静に対応し続けた。
こういう相手は骨が折れる…。
朋也「じゃ、隣にあいつを連れてくるから、それでいいだろ?」
男子生徒「あなたに立ち会う権利はありません」
朋也「なんでだよっ」
男子生徒「わかりました。では、立ち会うことは認めましょう」
男子生徒「しかし、発言は認めません」
朋也「だったら、同じだってのっ」
男子生徒「我々は責任を持つ人間とのみ、話し合うと決めているのです」
男子生徒「部員の意見は、前もって、その責任者がまとめておくべきなのです」
朋也「あいつは口ベタなんだよっ」
男子生徒「そんなことは私が知ったことじゃありません」
朋也「………」
口では勝てる気がしなかった。
朋也「ちっ…」
朋也「知らなかったよ」
男子生徒「なにがですか」
朋也「この学校の生徒会はてめぇみたいな冷たい人間が仕切っていたなんてな」
男子生徒「ええ」
男は認めた。
男子生徒「一部の生徒にそう思われるのは致し方ありませんね。悲しいことですが」
その他大勢の生徒には支持される生徒会である、と言っているのだ。
もう、どうでもいい。
俺は身を翻す。
朋也「あ、あとな…」
思い出して、振り返る。
朋也「ちゃんと、そのあんパン、食えよ」
そう言い残して、部屋を後にした。
中庭まで降りてくると、古河が駆け足で寄ってくる。
古河「どうでしたかっ」
朋也「あのな、古河」
古河「はい」
朋也「あんなの無視して、やっちまおうぜ」
古河「無視するって、そういうのはよくないことです」
朋也「だろうけどさ。それに見合うだけの、生徒会でもねぇよ」
古河「でも、生徒会の言うことですから…」
朋也「俺は認めないって言ってるんだよ」
朋也「本当に助けるべき相手がわかっちゃいないんだ」
朋也「そんな正しくない生徒会の言うことを守らなければならないのか?」
朋也「なぁ、古河」
朋也「それに俺たちは、不良生徒、だろ?」
その日、俺たちは部員募集のビラを校内に貼り直して、下校した。
並んで坂を下りる。その先に、頭の黄色いのがいた。
古河「あれは…岡崎さんのお友達の方ではないでしょうか」
朋也「だな…」
そいつは近づいてくる。
春原「なにやってたんだよ、岡崎っ」
朋也「なんだよ…」
古河「こんにちは」
春原「ほら、見ろよ、これっ」
古河の挨拶も無視して、春原は肩から掛けていたものを指さした。
それはエレキギターだった。
小さなミニアンプもストラップに付いている。
春原「知り合いに借りてきたんだぜ」
朋也「なんのために」
春原「おまえね…昨日の話を忘れたのか?」
春原「芳野祐介が僕のギターを聴いてくれるって、そういう話だっただろっ?」
朋也「そうだったな…」
朋也「でも、ギターなんて持っていったら、おまえ…絶対に弾けないのバレるじゃないか」
春原「いや…こいつの持ち主に、ひとつだけ技を教えてもらったんだ」
春原「素人の僕にもできるってよ」
朋也「ふぅん、そんなのがあるのか。やってみせろよ」
春原「ああ、待てよ…」
アンプのスイッチを入れ、音が鳴ることを確かめる。
春原「いくぞ…」
朋也「ああ」
春原「必殺…ギタースケラッチ!」
弦にピックを押しつけると、それをネックのほうへと滑らせていった。
ギュイイイィーーーーンッ!
春原「どうだっ、弾ける奴っぽいだろ」
朋也「いや、ぽいっけど…弾いてはないよな」
朋也「後、スケラッチじゃなくて、スクラッチだと思うぞ」
春原「ふん…ちゃんと考えてあるさ。僕が今の技を繰り出した後に、すかさずおまえはこう言ってくれ」
朋也「なんてだよ」
春原「…さすがだ春原。だが、もうやめとけ。後はおまえのファンのために取っておきな」
春原「ってな」
春原「すると、どうだ。実はすごくうまいんだけど、もったいぶって弾かない奴に見えるだろ?」
朋也「見えたらいいな」
本当にこんな作戦が通用するのだろうか…。
春原「ほら、いくぞっ」
そう言って、俺の手を引く。
朋也「ちょっと待てっ」
古河を振り返る。
古河「がんばってきてください」
朋也「あ、ああ」
古河の見送る中、俺は春原に引きずられていった。
春原「必殺…ギタースケラッチ!」
弦にピックを押しつけると、それをネックのほうへと滑らせる。
が、あまりに強く押しつけすぎたせいか、指で弦を擦ってしまったようだ。
春原「アチィッ!」
ピックを取り落とす。
春原「うわっ、弦の跡、ついたよっ!  ふぅーっ、ふぅーっ」
そこですかさず、俺は言った。
朋也「さすがだ春原。だが、もうやめとけ。後はおまえのファンのために取っておきな」
芳野「………」
芳野「おまえら…」
芳野「バンドじゃなくて、お笑いコンビだったのか…」
芳野「悪いが、お笑いはわからないんだ…」
立ち去る。
ひゅるるるぅ~…
春原「はっ」
春原「おまえのせいで勘違いされただろっ!」
春原「サインどうしてくれるんだよっ」
朋也「追いかけろよっ」
春原が走っていって、必死に弁解する。
どう言いくるめたかは知らないが、芳野祐介は複雑な表情のままで、ベンチまで戻ってくる。
芳野「確かに漫談で、楽器を使う、というのは見たことあるがな…」
春原「だから、違うっす」
春原「僕ら真剣っす」
芳野「…でも、まったく弾けないんだろ」
芳野「後、スケラッチじゃなくて、スクラッチ、な」
朋也「はは…実は、こいつ始めたばっかで、虚勢張ってたんすよ」
朋也「俺も、本当はなにもやってないし…」
芳野「だろうな…」
芳野「ドラムはモグラ叩きなんかに似ていない」
春原「ですよねっ」
おまえが言えって言ったんだろうが。
芳野「けど、まぁ…」
芳野「約束だな」
春原「え?」
芳野「俺のギター、聴きたいんじゃなかったのか」
芳野「それとも、もう、いいのか」
春原「いえ、お願いしますっ」
春原のギターを受け取り、ストラップに頭を通す。
容姿のせいか、それともかつての彼の活躍ぶりを知ったためか、ギターがよく似合って見えた。
芳野「どうでもいいが、これ、通販の2万円で買えるギターだな…」
春原「なんか、足りないっすか」
芳野「いや…十分だ」
一弦ずつ指で弾きながら、音を合わせていく。
春原「え…今、弾いてるんすか。なんか味のある曲っすね…」
芳野「馬鹿…チューニングだ」
芳野「よし」
ピックを持つと、ようやく、曲を奏で始めた。
春原の鳴らす雑音とはまったく違う、美しい旋律だった。
低い音で和音を鳴らしながら、高い音でメロディを弾いている。
目をつぶると、まるで二本のギターで弾いているように聞こえる。
不思議で仕方がなかった。
春原「むちゃくちゃうまいっすね…」
春原「その曲、歌はないんすか」
春原が訊く。
確かに、歌声も聞けるなら、生で聞いてみたかった。
芳野「歌なんてない。適当に弾いてるだけだ。別になにかの曲を弾いてるわけじゃない」
芳野「そろそろ終わらせるぞ」
最後に高音を響かせて、曲を終わらせた。
春原「あの…」
春原「プロとか…目指さないんすか」
春原はまだ口を割らせようと、頑張っていた。
芳野「プロか…」
芳野「そんなの、どうだっていい」
芳野「俺はただ、歌いたいときに歌う」
芳野「そうしてるんだ」
やっぱり、壁を作っていた。かつての自分に対して。
…春原はどうするだろうか。
触れてはならない部分に触れようとするだろうか。
春原「こ、こうっすか…イテテ…指つりそうっす」
…純粋にギターを教わっていた!
芳野「しばらくは指先も火傷したように痛くなるぞ」
芳野「でも、それを越えれば、皮も固くなって、楽になるからな」
春原「そうっすか。頑張るっす」
春原「へへっ」
芳野「もう、この場所で仕事するのも今日が最後だ」
芳野「もっとうまくなったら、また聞かせにこい。聞いてやるから」
言って、春原にも名刺を渡した。
春原「はいっ」
春原「ありがとうございましたっ」
芳野「じゃあな」
俺にも微笑みかけた後、芳野祐介は軽トラに乗り込み、走らせていった。
春原「僕…なんか、感動したよ…」
春原「あんなすごい人に、ど素人の僕が、ギターを教えてもらえるなんて…」
春原「めっちゃええ人や…」
朋也「結局サインはもらえなかったけどな」
春原「んなのどうだっていいんだよ」
春原「これからは僕が上達するたび、その成果を芳野さんに聞いてもらえるんだからさっ」
朋也「おまえ…ギター、マジで続ける気か?」
春原「ああ…」
春原「やるよ、僕は…」
春原「待っててくれよ、芳野さん…」
芳野祐介の去った後を、春原はじっと見つめていた。
夜は、いつものように、春原の部屋へ。
朋也「ふぅ…今日は疲れた」
春原「ああ、興奮したね。エキサイティングだったね」
ぺちぺちと音にならない音を立てながら、春原はギターを練習していた。
春原「そういやさ…」
朋也「ああ」
春原「おまえ、あの演劇部の子と付き合ってんだな」
朋也「待て」
俺はがばっと身を起こす。
朋也「何見て、そう思ったんだよっ」
春原「何って…昼休み、一目散に駆けていったじゃないか、おまえ」
春原「見てたら中庭であの子と落ち合ってた」
朋也「馬鹿、それだけで勘違いするな」
春原「泣いてたじゃないか、あの子」
春原「おまえ必死でなぐさめてさ、ひとつのパンをふたりで食ったりしてたじゃないか」
春原「それで彼女じゃなければどんな関係なんだよ」
朋也「演劇部の部長と、その手伝いだ」
春原「んなわけあるかよっ」
春原「むちゃくちゃわけありなふたりに見えたっつーのっ」
春原「それに考えてみりゃ、放課後の野暮用ってのも、あの子と会うことだったんだな」
春原「それに放課後も、一緒だったじゃん」
春原「考えてみりゃ、放課後の野暮用ってのは、あの子と会うことだったんだな」
春原「そもそもおかしいと思ったんだよ、おまえが部活動に精を出すなんてさ」
そう言われると、何も返せない。
実際は、たくさんの出来事があって、今に至ってるのだけど。
あいつを手伝っているだけでなく…
俺も、あいつの存在によって、救われていることとか。
それらひとつひとつを説明しようとも、納得させられないだろう、こいつは。
だから俺は嘘をつくことにした。
朋也「実はな…」
春原「なんだよ」
朋也「あいつの家な、パン屋なんだ」
春原「それがどうしたんだよ」
朋也「それがな、ものすごくイケてるパン屋なんだ」
朋也「雑誌やテレビにも取り上げられたことがある。それ目当てで遠方からも客が訪れる」
朋也「俺も食ってみたが、これがやたらと美味いんだ」
春原「へぇ」
朋也「あいつと仲良くしておくと、そのパンが食い放題なんだ」
春原「マジかよ…」
朋也「ああ。気さくな親御さんでな。あいつの友達はパンが無料で食い放題なんだ」
春原「へぇ…そんな裏があったのか」
春原「確かに。おまえがあんな地味な女を気に入るとも考えにくかったからな…」
朋也「まぁな。俺にはあいつが歩くパンに見えるってわけだ」
春原「ふむふむ、なるほどね…」
春原「よし、僕もその話に乗っていいか」
…しまった。魅力的に語りすぎた!
春原「いいだろ?  僕もご相伴に預かりたい」
朋也「駄目だ。あいつはおまえが大嫌いなんだ」
春原「マジかよ、ちょっと会っただけなのに?」
朋也「金髪はゴキブリの次に嫌いらしい」
春原「これか…」
脱色した前髪を引っ張る。
朋也「あと、春原という読みにくい名字も無性に腹が立つらしい」
春原「ほっとけよ!」
朋也「まぁ、そういうわけだ」
春原「ちっ…まずは好かれることからか…」
まだ諦めていないようだった。
厄介なことにならなければいいが…。
TOP

回复:下了渚的剧本,却因为是日语的看不懂,泪奔ing,现在发上去,有闲人的话谁帮忙翻译一下啊,帮个忙咩~~...

冈崎:医生,这里有个傻子……

说什么翻译啊,直接玩汉化游戏去啊,都是游戏里提取的东西
潜水中
TOP

回复:下了渚的剧本,却因为是日语的看不懂,泪奔ing,现在发上去,有闲人的话谁帮忙翻译一下啊,帮个忙咩~~...

看到LZ发的剧本长长滴长长滴拉下来~
然后看到扑君的话~

偶也很想说:
杏,这里有淫要字典清醒一下...

PS:要不你勤攻日语~要不你就玩游戏去...
汉化组翻这个也不知要多久...有的话那淫这的超有空...


「自身が ”コワレテ”いるのを自覚する
ことは できない」


嵐子、まだ会えるかな...?

“如果没有遇到她,也许我依旧不幸;
但遇到了她,我才知道这不幸才是幸运。”
TOP

回复:下了渚的剧本,却因为是日语的看不懂,泪奔ing,现在发上去,有闲人的话谁帮忙翻译一下啊,帮个忙咩~~...

这个人一定是想在MP4,手机==设备上想看……
但是……
就算从汉化版把文字从里面逆转回来……也要……上年的时间了吧
RESTT
TOP

回复:下了渚的剧本,却因为是日语的看不懂,泪奔ing,现在发上去,有闲人的话谁帮忙翻译一下啊,帮个忙咩~~...

这不就是游戏剧本吗。。。。。。。lz去下了汉化版,然后自己抄下来吧[:-_-b:]
。。。。。。。。。。。回归。。。。。。。。。。。
TOP

回复 4F luyuanlinclanna 的帖子

如果有翻译时间的话,估计lz的J文都快过2级了。

努力去啃生肉吧。[:Yeah:]
TOP

回复:下了渚的剧本,却因为是日语的看不懂,泪奔ing,现在发上去,有闲人的话谁帮忙翻译一下啊,帮个忙咩~~...

神   
为什么要我路过这里!!
不懂日文者路过留言[:Cry:] [:Cry:] [:Cry:]
TOP