回复:新人来报到,送上小小礼物
浩平「今日は走らないでも大丈夫そうだね」長森「……」浩平「……どうした?」長森「…浩平、今の誰…」本物の長森が、横で心底嫌そうな顔をする。浩平「どうだ似てただろ?」我ながら見事なまでに長森を演じきったと思う。長森「ぜんっぜん似てないよっ!」浩平「そんなことないぞ、テレビの物まね番組で長森瑞佳を披露すれば大賞間違いなしだ」長森「わたしの物まねしたって誰も分からないよっ」浩平「うーむ、確かにな…」長森「そうだよっ」浩平「だったら、その前に長森には有名になって貰わないとな」長森「どうしてそうなるのよっ」浩平「まあ、冗談だが…」詩子「こんにちは。お二人さん」校門にさしかかった時、にこやかにオレたちを呼び止める声が聞こえた。長森「えっと、詩子さんこんにちは」先週オレたちを呼び止めた他校の生徒(たしか柚木とか言ってたな)が、また校門の前に立っていた。詩子「また来たよ」長森「そう言えばわたしたちの自己紹介がまだだったね」長森「こっちが折原浩平。わたしが長森瑞佳です」詩子「ご丁寧にどうも」大勢の生徒が通り過ぎる中で、のんびりと挨拶を交わす様子は、このうえなく滑稽だった。浩平「で、この学校に何のようなんだ?」このまま放っておくと、世間話の一つでも始めてしまいそうだったので、強引に話を本題に戻す。詩子「人を捜してるのよ」浩平「人捜しか? それだったらオレらなんかよりちゃんと警察に届けた方がいいぞ」詩子「別に行方不明の家族を捜してる訳じゃないから」長森「誰を捜してるの? この学校の生徒?」詩子「うん。幼なじみなんだ。高校で別れちゃったけどね」浩平「で、その幼なじみに会うためにわざわざ来たのか?」詩子「そうだよ」詩子「でも、どのクラスか分からないから、知ってそうな人に声をかけてたの」浩平「あのなぁ! どうしてそんな無意味にまわりくどいことをしてるんだっ」詩子「まわりくどいかな?」浩平「だいいち、その『知ってそうな人』ってなんなんだっ!」詩子「言葉どおりだけど」浩平「是非その選考基準を教えてくれ!」詩子「折原君っておかしなこと言うね」長森「うん。たまにね」納得顔で頷く長森。オレかっ? オレがおかしいのかっ?詩子「運が良ければ、その友達のクラスメートに当たるかもしれないでしょ」浩平「そんな偶然あるわけないだろっ」長森「でも、分からないよ。1学年7クラスだから全部で21クラスでしょ?」長森「21分の1なら有り得るよ」詩子「そうだよね」またまた頷く長森。浩平「…だったら今すぐに判断してやろう」オレはさっさと話を打ち切りたかった。オレたちが知らないとなれば素直に引き下がるだろう。浩平「誰を捜してるんだ?」詩子「えっとね、里村茜って子なんだけど」浩平「残念、オレらのクラスにそんな生徒は存在しない」浩平「行くぞ長森」長森「え……ちょっと、浩平。里村さんって…」詩子「知ってるの?」長森「う、うん。多分同じクラスの里村さんだと思う」どうして正直に答える…長森。浩平「…いや、絶対に違うとオレは思うぞ」長森「でも、私たちのクラスの里村さんも、名前は茜さんだよね?」浩平「そ、そうだったかな…」長森「だって、浩平が里村さんのこと『茜』って呼んでたんだよ?」浩平「…いや、どうだったかな」長森「すごく長いおさげだよね」詩子「そうそう」浩平「……」長森「ほら、間違いないよ」浩平「…そうかっ、そうだったのか、これは偶然だな」もう開き直るしかなかった。浩平「というわけで、さっさと行くぞ長森」詩子「茜のところに案内してくれるの?」浩平「そんなわけないだろっ」詩子「どうして?」浩平「おまえなぁ、今から授業が始まるのに他校の生徒が校舎内を歩けるわけないだろ?」浩平「放課後にまた来い」詩子「大丈夫だって」浩平「その根拠は?」詩子「根拠はないけど」浩平「だったらあきらめてくれ」浩平「行くぞ長森」長森「え? う、うん。ごめんね…」オレたちはまだ何事か言いたげな女の子を無視して学校の敷地内に逃げ込んだ。今日も退屈な時間が過ぎていく…。浩平「うーっ、やっと終わった」教科書やノートを机に押し込んで席を立つ。今日の昼は学食でいいか…。そんなことを考えながら教室を出る。詩子「やっと見つけた」廊下に出たところで誰かに発見される。詩子「ずいぶん探したのよ」 …柚木だった。浩平「お前なぁ、なんでこんな所にいるんだ?」しかも、その制服は目立ちすぎるぞ。廊下を歩く生徒が全員柚木の方を振り返っている。もっとも、その本人は全然気にしていないようだけど…。浩平「頼むから、その格好で不法侵入はしないでくれ」オレの言葉に、柚木が意外そうに答える。詩子「でも、さっき他校の制服着てる子見たけど?」 …七瀬。浩平「そいつは例外だ」詩子「あと、ちょっと前に私服を着た女の子が校舎の中を走り回ってたって情報があるんだけど」 …椎名か。 …だいいち、どこでそんなレアな情報を入手したんだ。詩子「うーん…」浩平「とにかく、先生に見つかる前にさっさと出ていけ」詩子「…残念」浩平「それにお前、自分の学校はどうした」詩子「創立記念日」浩平「うそつけ」詩子「ほんとだって」 …まあ、オレにはどっちだっていいけど。詩子「それで、茜のクラスはどこ?」浩平「…ここだ」たった今オレが出てきた教室を指さす。詩子「分かったわ。ありがとう」言って、教室の中に入っていこうとする。浩平「ちょっと待て!」詩子「ん?」浩平「お前な…教室にまで入るつもりか?」詩子「だめ?」浩平「あたりまえだ」詩子「わかった。それなら出てくるまで待ってる」 ……はぁ。思わず溜息が出る。浩平「…分かったよ」浩平「オレが呼んできてやるから、話したらすぐに帰れよ」詩子「うん。ありがとう」教室に入ってすぐさま茜の席に向かう。浩平「よお、茜」茜「…はい」可愛い模様の財布をもって、茜が席を立った。ちょうど、学食に行くところだったのだろう。しかし、ふと思ったけどクラスの中で茜のことを『茜』と呼んでるのはオレだけなんだよな。考えてみたら、ものすごく意味深なことだ…。まあ、成り行きでこうなっただけで、特に他意はないけど。浩平「これから学食か?」茜「…はい」浩平「悪いけど、その前にちょっとつきあってくれ」茜「…嫌です」浩平「どうして…」茜「…お腹空いてるから嫌です」浩平「気持ちは分かるけど、ちょっとだけだから」浩平「茜の知り合いが訪ねてきてるんだ」茜「……?」浩平「いま、廊下で待ってるから」茜「…分かりました」頷いて、廊下に出ていく。詩子「あ、茜っ! 久しぶりだね」茜「詩子…」意外そうな表情で柚木を見る。詩子「相変わらず髪の毛伸ばしてたんだっ」茜「…はい」詩子「最近電話もかけてくれないから心配してたんだよ。よかったぁ、元気そうで」茜「…はい」 …元気そう…か?茜「…詩子、今日はどうしたの?」詩子「最近茜がずっと元気なかったみたいだから、心配して来てみたんだよ」茜「……」詩子「でも、すこし元気になったみたいだね。良かったっ」浩平「前に会ったのってどれくらい前だ?」茜「…1ヶ月です」詩子「うん、それくらいだねぇ」二人で頷き合う。 …なるほど、確かに柚木と話しをしている時の茜は、普段より少しだけ楽しそうに見えた。浩平(…これが幼なじみってヤツなのかもな) …と、周りを見回すと、廊下を通り過ぎる生徒が奇異の目で見ていた。無茶苦茶目立ってる。浩平「…さて、じゃあそろそろ出ていってくれな」詩子「出てけって言われてるよ茜っ」浩平「茜じゃない、お前だっ」詩子「ええっ、どうしてよっ」浩平「ここはお前の学校じゃないだろ? 先生に見つかったら大変だぞ」詩子「そんなの、黙ってたら分からないよ」浩平「絶対に分かるっ!」詩子「どうしてよぉ」浩平「それはオレの台詞だっ!」茜「…余計に目立ってますけど」浩平「…あ…」冷静に周りを見ると、いつの間にか人だかりになっていた。浩平「ぐあっ、しまった!」 …とりあえず場所を移動しよう。茜「…食堂」詩子「あ、そうしよう。あたしもちょうどお腹空いてたんだ」一人ですたすたと学食に向かう茜。そして、その後ろを当然のようについていく柚木。浩平「……はぁ」溜息をつきながら、仕方なくオレもその後ろを追った。浩平(…今日はたまたま生徒全員が弁当持参だったとか)浩平(…もしくは日替わりランチのメニューがゲテモノで、誰も学食に寄りつかないとか)浩平(…いっそのこと、学食自体が異次元の彼方に飛ばされたとか)そんな希望にすがりながら、学食へ。浩平「ぐあっ…人がいっぱいいる」そんな願いもむなしく、今日も食堂は大盛況だった。詩子「大きい学食だね」そして、当然のようにこいつは目立っていた。浩平「…もうどうでもよくなってきた」考えてみれば、こいつが先生に見つかって追い出されようが、オレには関係ない。 …逃げよう。オレは他人のフリをしながら、後ずさった。 …ぐいぐい。と、上着の裾を引っ張られる。澪「……」 …にこにこ。振り向くと、案の定澪が笑顔で見上げていた。浩平「…これから食べるのか?」澪「……」 …うんっ。浩平「そうか、オレはこれから逃げるところだ」澪「……?」不思議そうに小首を傾げている。浩平「というわけで、また今度な」詩子「あぁっ、かわいいっ!」後ろから声がした。振り向きたくなかったが、そんなわけにもいかなかった。恐る恐る後ろを見る…。詩子「わぁっ、可愛い子だね」柚木が澪の頭をなでていた。澪「……」えとえと…。澪は恥ずかしそうに戸惑っている。浩平「おい、柚木。澪が死ぬほど嫌だから止めてくれっていってるぞ」澪「……」ふるふる…。詩子「言ってないじゃない」浩平「いや、口には出してないが、心の中ではそう思ってるはずだ」澪「……」ぶんぶん…。詩子「ほら、そんなことないって」浩平「澪、嫌だったら遠慮なくスケッチブックで叩いてやれ」澪「……」 …えとえと。茜「…困ってます」見かねたように、茜が間に入ってきた。澪「……」茜の姿を見つけて、澪が嬉しそうに駆け寄っていく。そして、おさげにぶら下がっていた。詩子「茜、この子知ってるの?」茜「…はい」詩子「そうなんだ…。あたしは柚木詩子よ」詩子「そうだ、折角だから自己紹介しようよ」詩子「あたしは柚木詩子よ」茜「…里村茜です」澪「……」えっとぉ……とスケッチブックを取り出す。『上月澪』詩子「澪ちゃんね。よろしく」澪「……」うんっ。詩子「でも、ほんと可愛い子だね」そう言って、澪の頭をなでる。浩平「いい加減に離してやれって。澪は昼飯食べにきたんだから」詩子「そう言えば、あたしたちも昼食食べに来たんだよね」茜「…お腹空きました」詩子「だったら、みんなで食べようよ」澪「……」わーーいっ! と、無邪気に喜ぶ澪。茜「…はい」浩平「……はぁ…」もう、溜息をつくしかなかった…。結局オレもつきあわされて、食堂中の注目を浴びながら昼飯を食べた。味なんて分からなかった…。詩子「じゃあ、私そろそろ帰るね」浩平「もう2度と来るな…」詩子「また近いうちに遊びに来るからね」澪「……」うんっ。詩子「じゃあね」手を振って帰っていく。茜「……詩子」詩子「…ん?」茜の声に、立ち止まって振り返る。茜「……」詩子「どうしたの?」茜「…いえ、なんでもないです」詩子「…よくわからないけど、じゃあ帰るね」茜「…はい」もう一度手を振って、そして昇降口を出ていく。茜「……」その姿を、茜は複雑な表情で見送っていた。茜「…教室に戻りましょう」その言葉と同時に、昼休み終了を知らせるチャイムが鳴った。退屈な午後の授業。いや、退屈じゃない授業なんてないけど…。チャイムが鳴り、6時間目終了。浩平(…今日はもう帰るか…)ぺしゃんこの鞄を持って廊下に出る。そして、そのまま何事もなく家路についた…。